相乗効果
「行ってどうするんだ?」
ハルノートが疑問を投げたのは、確か魔国領でのことだったか。
当然のように私に付いてきてくれると約したのはリュークは勿論のこと、ハルノートとロイのいつものメンバーである。
「会って話をする」
「その次は?」
「分からない」
「おい」
「だから、そのときになって考えるよ」
ただ知りたいと思う。悪を重ねる半魔の対応は、それからだ。
諜報員が私一人と、本当に一任してくれることをいいことに勝手にやっているとは私自身も思う。
最終的に彼は呆れつつも「しょうがねえな」と言った。そうして私達の現状は、復讐の舞台へと赴いている最中である。
「リュークは髪の毛ふわっふわだね」
朝支度で人化したリュークの容姿は本当に可愛らしいものだと思う。親子とはいえベリュスヌースの場合は傾国の美女と雰囲気は異なっているが、目元など似ている部分はある。
「う!」
「お手入れする側も楽しくなります。普段から人化していてもいいのですよ?」
「ううー」
「疲れるし、魔力も消費することになるからね」
又、人化の魔法の未熟さもあって、肌の表面には鱗が現れている。竜人がおりはするが、珍しい種族である。服で誤魔化しが利くので、その支障は出ていないが。
だからといって目一杯着飾りにかかる私とロイを、「さっさとしろ」とハルノートは促してみせる。
「ったく、魔国ではノエに、人国ではリュークに構い倒しやがって」
「冒険者としての時間が全然取れないでいるのは申し訳ないと思うよ」
魔国には冒険者の概念はないにしろ、共に魔物狩りや様々な場所を巡るようなことはできていない。
シャラード神教の暗部だったノエはドーピングの副作用が酷いものだった。最初の頃なんて、一日中側から離れることもできぬ程である。
現在は落ち着き、シュミットさんが村に滞在して介抱してくれることから、こうして旅立てている。懐く、という表現は語弊があるだろうが、そんなノエに慣れてしまった私は感傷的な気分である。
まあ、ノエは対称的にそんなことないようだが。一時別れの際、私に代わって母にべったりとしていた。
物寂しいが、不自然なことではない。治療のため一緒の家で暮らしていた訳だし。それにお母さんは包容力があるからなあ。
指名手配も加え、やむを得ないにしろ私が一因になっていることに変わりはない。ハルノートに「ごめんね」と謝罪すると、なぜか頭を抱えている。
「そう取るのか……」
「?」
「俺から言うもんじゃねえけど、お前ほんと鈍いよな……」
「何が?」
「ハルノートの言うことなど、どうせ下らないことですよ。それより見てください、主! どうです、かわいく仕上がりました!」
「ロイはいっぺんくたばれ。鈍さに荷担すんじゃねえ」
「朝から喧嘩しないの」
いつも通りの仲の悪さはさておき、スカートか……。
リュークはどうどう? とくるくる回って、鱗を隠すための長い裾が翻る。
嫌がってはいないらしい。誰かが喜ぶようなことを共に喜ぶ、おおらかな性格だ。
「まあ似合ってるし、いっか」
「いや、やめてやれよ。同じ男として見るに耐えねえ、可哀想過ぎる。お前も嫌なら嫌と言ってやれ」
「あう」
「そんなことないよ、だって」
「言葉の意味分かんなら、自分で言えるようになんねえのか? これじゃあ小龍のときとなんら変わんねえぞ」
「今は名前呼びを特訓中だよ。自分で話せないことに弊害を感じていないせいか、全然捗ってないけど」
「主の名前、言えますか?」
「あうあ!」
「……なるほどな。取り敢えず、スカートはやめてやれ。余計変な野郎が寄ってくる」
人目がある場所では私とリューク、ロイとハルノートと別行動することになっている。彼等は賞金稼ぎによる監視されたりしているのだ。指名手配の私との接触を狙われている。
冒険者ギルドに顔出したので、今は余計その目が多い。一攫千金といった夢を見るのが冒険者なので、賞金稼ぎはその中に大多数がいる。
そんな訳でリュークと行動していると、人に絡まれるのである。私が弱そうに見えるそうで、郊外では賊もやって来て襲われた。まあ返り討ちにしたのだが。
大陸では有数になった奴隷制のあるウォーデン王国なので、人攫いも多かった。
ロイは渋々「残念ですがその通りですね」と別の服を取り出す。その数様々である。
従者として身の回りのことをしてくれるロイには、無理矢理にでも給金を渡してはいる。だが、その使い道が私のお世話道具やら、今回だとリュークの衣類だ。魔法の鞄で容量の限界が高まり、最近はその勢力が増している。
香油とかさ、もっとロイ自身のことに使えばいいのに。これが職業柄ってもの?
「また絡まれるんだろうなあ」
上部にケープを身に付けているので、リュークは相変わらず可愛らしい。
そして場所を転々と移っているから、相手側が懲りることもない。
「主は麗しいですし、相乗効果ですよね」
「そうだね」
ロイの賛美には慣れているので、軽く受け流す。
「……主、適当に言ってませんか?」
「そんなことないよ。毎日ロイが手入れしてくれるからね」
「元の素材がいいからですよ」
「そうだねえ」
「あーるーじー?」
「……だって、自分で自分が綺麗だって思うのは恥ずかしいでしょう?」
自惚れになることを想定すれば、認める訳にはいかないではないか。綺麗とか、その実感もないことだし。
「実感がないのは、嫋やかで儚い雰囲気のせいで常人には近寄りがたいからです。主はとびきり美人ですよ。……そうですよね?」
「ああ」
「……リュークと歩くときは男装姿なんだけど」
「変わらねえよ。どっちも綺麗だ。……ほら、準備できたんなら出るぞ」
「う、うん」
ハルノートは時々さらっと褒めてくるから反応に困る。右往左往と視線を落ち着きなくする私を見て、ロイが小さきながらも舌打ちするのが聞こえた。
行儀が悪いよ、と思考を逸らすのは、そうしないと顔がより火照りそうだからである。
ハルノートの視線を感じ、顔を背ける。こっちはロイ以外に慣れていないのだから、やめてほしい。ほんとに。
ハルノートとロイとは時間差をおき、リュークと部屋を出る。二階が宿屋で、一階に食堂の構造だ。
朝食は自身の部屋で取っていいと許可は得ている。こっそり一つの部屋に運び込み、集って食する。
そんな朝をあの復讐の地で過ごす。私達は既に件の目的地に到着していた。




