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半魔はしがらみから解放されたい  作者: 嘆き雀
波旬の復讐

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かつての理想郷から

「波旬の復讐、か」

「うん。お父さんは何か知っている?」


 コトリ、と机にコップを人数分置く。私お手製の薬膳茶だ。研究室に籠る父のため、薬屋で働いていた頃の記憶を呼び起こした。


「美味しいです……」


 料理下手な私だが、薬膳は皆に好評である。今回の場合は付き添いのロイだ。初めて振る舞ったからね。


「なんでこれが料理に発揮されないのですか……? いえ、私が作るのでいいのですが」


 薬膳茶は薬イコール調合のイメージが強いから?

 私の認識ではそうで、スノエおばあちゃんから指導を受けたことも影響しているかもしれない。はちみつで甘味を加えたことも、おばあちゃんから助言を受けたままである。


 普段の料理は人に習っても、改良してしまうのでまずくなる。薬と違って、料理はアレンジがきく。味の追及をしたくなるんだよね、私がすると逆方向になるけど。どうしてだろう。



 閑話休題。波旬の復讐についてである。

 過去、私は母から説明を受けたが、幼かった私向けに噛み砕いた内容だったらしい。


 新たに述べると、五百年前にウォーデン王国の従前で興っていた国があった。今と変わらず人族と魔族が乖離していたが、その時代にはもう魔族に理性があった頃である。

 そんな魔族の有り様に理解を示したとある領主が、魔物や魔族との勢力争いに負け、流離っていた魔族を受け入れた。

 賢明な領主と名高かったため、布告されることにより移民の彼等は領民にも受け入れられた。今の現状からすると信じられないが、本当らしい。時代の変遷って凄い。


 暫くは共存した日々が続いたというが、元々素行が悪いひとりの魔族が人を殺した。魔物の本能が強く、平和に耐えきれなかったからだ。

 そしてやはり魔族とは相容れない、とのことで人族は排除の方向へ。紛争に発展したことで領内の事件が国家レベルでの問題となり、国軍を派遣。魔族は生きるために遁走する。人族との間に生まれた、半魔を置いて。


 残された半魔は殺され、奴隷にされた。隙を見計らって解放に成功した後には、話題になっている復讐である。



 現在も数十年に一度で続いていて、波旬の復讐と称している。ヒューが言った「もうすぐ来る」とは、そのことだ。予告があったという。


「私はそんなに知らないが」

「知っている範囲内でいいよ」


 流石お父さん、と喝采する。魔王様が自身の政務を手伝わせる気持ちが分かる。

 そう告げると、渋い顔をしていた。いつも無表情が基本なので、よっぽど嫌なんだろうな。


「当時のことはよく覚えている。風の噂で聞き、興味深かったからな。堂々と人国に入れる、と往った経験がある」

「すみません、ちょっと待ってください。失礼ですが、父君は今おいくつで……?」

「知らん」

「数えてないんだよね」

「ああ」

「そのぐらい長生きしてるのですね……」


 スケールの大きさに圧倒される気持ちは分かる。私も最初聞いたときはそうだった。

 父は興味ないようで、労ることなく滔々と語る。


「人国の植物採取のためだったが、理想郷はああいう場なのだろう。復讐以前の有り様は些事はあれど、種族間の差異を受け入れ共に過ごしていた。だが、紛争が起きたのには納得できる。歪だったからな」

「歪? どういうところが?」

「闘争の場がなかった。人族にとってはそれが普通なのだろうが。闘争本能は、主に魔物にのみ向けられていた。人族は受け入れてはいたが、実際は容姿などの表面的なものだった。よくもまあ統治が数年も持ったものだ」

 

 当時の共存は、私が描く夢――誰も傷付かない世界その通りだったのだろう。魔王様が目指すのもそれに近いもので、だからこそ父は理想郷と称した。

 それも容易くなくなってしまったのだが。夢の実現はそれ程までに難しい。


「私は波旬の復讐も、紛争も目にはしていない。人国産の植物を欲したのは、魔国産のものと対照を目的としていただけだ。私の他に当時を知る者の当てもない。そもそも勢力争いに負けた者達のことだ。探しても、当事者は見つからないだろう。遁走しつつ魔物の脅威から生きながらえたかも怪しい」


 父は私の頭に手を伸ばし、触れる。

 そんなに表情に出てたかな。気持ちよさに目を細めていると、「だが想像はできる」 と確言する。


「人族も、魔族からも見放された半魔の想いは凄絶なものだろう。親が共に居残ったとしても、当時の情勢だ。恨みつらみは身近な人族に全部向かい、波旬の復讐は形作られている」


 寿命の観点からして、当時の半魔もその魔族と同様生きていないと思われる。それでも尚復讐が続いていることが、父の言の証左になるだろう。


「行くつもりなんだろう」

「うん」

「カデュアイサルはなんと?」

「誰かしら派遣するつもりだから、丁度良かったって。私に一任もしてくれた」

「そうか」

「うん。……ねえ、お父さんは半魔についてどう思う?」


 父と視線が合わさる。黙考はコップを傾け、嚥下する間だけだった。


「哀れとは思う」


 それは他の魔族に訊いたものと、代わり映えない答えだった。


「応援はする。だが、なによりも己を第一に行動しなさい。同種のために動けるお前を、父として誇りに思う」

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