お尋ね者の魔女
噪音へと足を踏み入れる。酒盛りの場は乱雑に人が入り乱れていた。
客はジョッキを交わし、呼び声に給仕はあちこちと駆け回って愛想を振り撒く。
吟遊詩人の軽快な調には、踊り子はくるりくるりと軽快に躍動する。ときには扇情的になって客を魅了し、もて囃す声が上がった。
その様を私は瞬時に把握する。どこに誰がいるか、人数は、などと観察し、記憶する能力は諜報時にて鍛えることになった。
座を構えれば、給仕が伺いにくる。酒を一杯と軽食を頼むと、手早く持ってきてくれる。
酒に呑まれぬよう、いつも通り解毒の魔法で酒の味わいなしにただ喉に滑らせる。ハルノートみたいに酒豪だったらよかったのにな。直ぐに酩酊してしまう私は酒醺を味わえない。
「おにいさん、一人? 席空いているのなら借りたいのだけど」
「いいよ、一人じゃ物寂しいところだったからね」
「じゃあ失礼するぞ」
雑多に繰り広げられる話に耳を傾けていると、二人同席することになる。
にこやかに話しかけ且つ指を絡めてくる女性に対し、睨んで圧をかけてくるのが男性である。男装して姿を偽る私は受け流しつつ、冒険者であるという二人の苦労を聞く。
「斃しても斃しても切りがねえんだよなあ。うじゃうじゃと魔物は湧いてくる」
「最近なんて多いものね。やっぱり魔族が裏で手を引いているのかしら。ここら辺は昔っからそうらしいし」
魔族が悪しく言われるのは常だ。魔族の関与は事実無根だと確認している。
「どうだろうね、魔素が多い土地柄というのもあるし」
「あら、理論的ね。学者か魔法使いだったりする?」
「まあそんなところだよ」
声を大にして魔族の真実を叫びたいところだが、異質なことはできない。目立つ行為は避けなければならない。
話は二転三転しながら進む。思潮調査は十分なので、そろそろ個人的にも調べたい内容について訊きたいが、ここからどう話を誘導するか。
難しいなあ、とうまい話術の仕方について悩んでいると、ちょうど運良く近場の席で話題が上がった。
たまたま耳にした風体で、私はその言葉を拾う。
「半魔、だって。もうそんな時期だよね」
「波旬の復讐だろ? なんだっけか、血みどろな予告が届いたんだよな」
「え、私は痛め付けられた死体が出たからって聞いたけど?」
「ばあか、そりゃあまだ早いだろ。そしたらもっと馬鹿でけえ騒ぎになってらあ」
「まあ、ひっどい言い種。これだから野蛮な人は。ねえ?」
「あはは……」
はぐらかしていると、男から「なよっちい野郎よりかはましだろ」と舌打ちされた。
「なよっちい」
女の体を基盤に偽装している弊害か。
男装姿は男性と判別できるようだが、弱々しく見えるらしい。
姿を調節する? でも魔力節約したいしなあ。
「あんなの間に受けなくていいわよ。僻みよ、僻み」
考え込んでいると、ショックを受けたように捉えたらしくフォローされる。
「だが学者だか魔法使いだか知らねえが、男なら筋肉はつけとくべきだろ」
「なくても私は好きよ? 麗しくていいじゃない」
「お前の好みはともかく、噂の『魔女』なんかには狙われそうな顔だよな。線が細いからって、そんときゃあ簡単に押し倒されんじゃねえぞ。二つの意味で食われちまうからな!」
「はは…………」
魔女の噂、知らない内に凄い尾ひれついてない?
魔国に逗留中に波旬の半魔の影響もあり、同じく半魔である私のことまで知れ渡ってしまっている。
疚しくなってつい視線を真っ正面から逸らすと、偶然にも壁に張られた指名手配書を見つけてしまう。
桁の外れた懸賞金はまだいいとして、十五である私の容姿より格段に大人に描かれた姿絵だ。男を誑かしますよ、といういかにもな悪顔である。こりゃそんな噂が広がるよ。
張り紙を破り捨てたい衝動は抑え、宿に戻る。誰もいないことをいいことに寝台に顔を埋め沈黙していると、ドンっと腹部を中心に衝撃が起こる。いたいよ!?
一切の容赦なく、ぐりぐりと頭を押し付けてくるのは三、四歳程の幼子だ。私は体を起こし、溜め息をつく。
大きな瞳に睫の影が差していた。又、緩い巻き毛の髪質によりふわふわとなっており、可愛らしげである。こんな女の子のような容姿だが、実際は男の子である。
「何か言うことはないの、リューク」
幼子の姿を取るリュークは光輝を放ち、それが収まった頃には人化の魔法がとけた、いつもの小龍になっていた。
疲れたあ、と私の台詞を奪うように伝えてくるので、ペイと寝台に投げる。「ガウ!?」みたいな悲痛な叫びなんか知らないよ。
「何荒れてんだ?」
「魔女の噂、聞いた?」
「ああ、なるほどな……」
今度ヒューに会ったらしばき倒してやる。あの男のことだから、ほとぼりが冷めるまで来はしないだろうけど。
リュークに続き来訪した仲間は袋を差し出す。じゃらりと音が立つそれは、私の働き分の報酬だ。
「ギルドはどうだった?」
「やはりどこであろうとも、主のことは把握していますね。毎度訊ねられます」
「噂を鵜呑みにする野郎どもはともかく、職員は同情的だな。登録場所はヘンリッタ王国だし、はぐれなのは分かってるみてえだ。それに俺らもお前もランクB以上と見なされていたしな」
つまり優秀な成員を失ったから、半魔といえども同情されているのか。
各国で展開されているギルドであるから冒険者を剥奪されていないものの、私は迂闊には姿を現せない。
こうして共に行う仕事関係は任せっきりになり、又一目があるところでは行動が別にならざる得ない。宿部屋もいつも同じだったロイとは別だ。他にも諜報時の男装姿で過ごしたり、リュークは目立つからと堅苦しい人化をすることになっている。
どれもこれも、私がお尋ね者になったせいである。しがらみばっかりだ。
私だけでなく、仲間にも迷惑をかけることになり心苦しい。慣れっこだ、と二人が泰然としているのは幸いか。過去私関係で振り回されてきたことによるのが、なんとも言えない思いになる。
「二人には感謝してもしきれないや」
「光栄の至りに存じます」
「あったりめーだ。今さら知ったのか?」
「……流石エルフ、厚顔ですね」
「なんだよ。やんのか?」
いつも通りの仲の悪さに安心するのは、それ程までに疲れているからだろうな。
私への接触を期待して賞金稼ぎなどに動向を見張られる、酒場だったからとリュークを預けていた苦労などあるだろうに。
今度お礼をしよう。
心に決め、一先ずは片付けるべき案件である波旬の復讐に考えを耽る。それは魔国に逗留時まで、時を遡ることになった。




