配慮なき対応
「なんかヴィオナ変わったね」
「……分かりますか?」
「まあねー。いっつも何かで頭を悩ませてのに、表情が明るくなったというか、なんというか……。とりあえず前より良くなった! いいことでもあった?」
「そうですね……ヤナイが寝坊して出立の時間を遅らせたということならありましたが」
「悪いことじゃん! というか私のことはどーでもよくて!」
「今後の方針を決めたのです。だからかもしれませんね」
「それ、僕が影響してる?」
「真希様が気負うことは何もありませんよ。勇者として立つと決められたことは喜ばしいことです。ですが、今回は私自身のことなので」
「ねえ、何を決めたの?」
「考えるばかりではく、行動に移そうと思いまして。具体的なことは秘密です」
「何それ、気になる!」
「ヴィオナはやりたいことがあったんだね……」
「真希様の補佐役は降りず、できることです。私はお側を離れるつもりはありませんよ。……基盤を生かせばいいだけですし」
「何か言った?」
「はい。真希様のお陰で私も変われた、と。貴方様が覚悟なされて、私も何か行動しようと思えました」
「そっか。……僕が手伝えることがあったら言って。ヴィオナにはいつもお世話になってるから」
「では勇者の務めを。貴族や官吏をお一人でなされるようにはして欲しいですね」
「うっ。それは難しい、かな」
「真希は直ぐ不安になるんだから! まずは普段からシャキッと、勇者なんだからね」
「ヤナイも勇者一行として、ちゃんとしてほしいところですが」
「私は盗賊だからいいもーん!」
勇者一行は歩く。
日照る空合いは街道を輝かしく見せていた。
*
「私達が勝ったのに、なんか損ばっかりだよね」
私はむすっとしながらぼやく。場所は魔国にて、第二の故郷の村である。
一緒になって帰国した双子達がリュークと無邪気に遊んでいるのを視界に収めるが、やさぐれた心まで癒すには至らない。
「ヴィオナにはしてやられたって感じ……」
「そう言えるのも命があっての物種だな。生きているだけも十分だと思うが」
「私もそう思いますよ、主。あんなにもボロボロな姿を見たときは肝を冷やしました」
「そうだけど、そうだけど……」
ロイとハルノートは騎士や衛兵に、リュークを巡った勇者一行との諍いについて詰問されていた。私という当事者が途中で消えるという、敵に牽引される形で逃亡と見なされたものだから、二人は身動きが取れなくなったせいだ。
リュークの焦り様から私の状況を察し、振り切ってまで駆けつけてくれたのは事が済んだ後だ。傷は回復していたが、衣服は修復しようがなかった。
ロイが体の隅々まで異常ないか調べつくされたのは、ちょっとしたトラウマものである。あれはやばかった。勿論、その場でなく室内で行われている。
「ロイとハルノートは処罰されることがなくて良かったよ」
騎士と衛兵に関してはヴィオナが手を回したと思われる。二人を引き留めることも処罰されなかったことも、ちらともだ。
私にもその配慮をしてくれればいいのに。ヴィオナは私には無慈悲だった。
「なんで私は指名手配されるのかな……」
「闇魔法が決定的だったのだろうな」
キシシェさんがずばり言う。
若きの至りなんだよ。闇属性に一番適性があるせいで、感情のままに発露するとそうなってしまう。
ともかく私は母同様、お尋ね者の仲間入りになった。魔王様に続き、二人目の闇属性持ちというのが脅威とされたのだろう。対となる光属性持ちの勇者に拘泥するのだから納得はできる。
うぅと唸っていると、ぐいぐいと衣服を引っ張られる感覚があった。地面に直に座りうだうだしている私に、しなだれかかりつつそうするのはノエである。
「ごめんなさい」
「ノエが悪いことなんてないから、謝らなくていいんだよ」
頭を撫でると、ノエはもぞもぞとし丸くなる。なんだか小動物に懐かれたみたいだった。
ロイの目力が強くなっているので、苦笑しながらおいでと手招きする。ピンと伸びたり、ゆらりゆらりする尾がおもしろい。
ノエはシャラード神教の暗部としてなるために育てられた子どもだった。又、戦闘に秀でた者を人工的に作る実験の果ての子どもでもある。
ドーピングを行っていたそうだ。瓶ごと渡された欠片を噛み下し、摂取していたという。原料の魔石により身体能力を強化し、その副作用として破壊衝動に加え中毒症状が生じる。
ノエは常習だったので、聖女ヴィオナであってもその中毒の進行を止めることはできなかった。彼女は目をかけて治療を施していたそうだが、長期治療を必要するのに対し、その時間を確保できなかったことによるらしい。
使い潰す、という言はまさにその通りだった。
成り行きで預かったノエであるが、その責任を持って日々治療に当たっている。私の魔法では役不足であるので、父の知り合いである伝手を頼っている。シュミットさんだ。ロイが父との初対面のとき恐怖させた話に登場した研究仲間である。
対価として半魔である私の爪や血、髪、魔力などを要求されるが、元々顔見知りで分かっていたことだった。人体に魅了されている方だ。これでも父の娘だからと遠慮している。
体を掻っ捌かせて、と言われたら他を当たるつもりだったのでその判断でよかったとしみじみ思う。魔王城勤務だから実力は折り紙付きだが、道徳面が怪しすぎるのだ。
絶対裏でいけないことに手を付けている。証左はないが「どこからこの部位を手に入れたの……?」「秘密さー」とへらへらと胡散臭い表情で返されれば疑いは増加する。
「これからどうなるんだろうなあ」
「ハルノートは冒険者稼業をやる気満々でしたよ。『指名手配ぐらいで辞めてたまるか』って。主が心の内を打ち明かしての矢先ですから」
「冒険者は剥奪されてはいないと思うけど、表立っては難しいよね。姿を変えても疑われるだろうし」
「それでも付き合ってはやれ。今以上にハルノートは拗ねるぞ」
「だからあの人、最近主に突っかかっていないのですね」
「機嫌直してくれるかなあ」
「それについては問題ないだろう。故意ではないし、クレア自身に怒りはないようだからな」
「前から思っていましたけどキシシェさん、ハルノートと仲がいいですね」
「一方的に愚痴を聞かされる仲だがな」
「……もしかして私のことで?」
「まあ、色々だ」
嘘でも否定して欲しいと思いつつ、私は何も言えず黙り込む。
そして時が過ぎ、ウォーデン王国にてヒューと相対する。
「もーさあ俺、頑張ったんだよ。ぼっこぼこに手酷くやられたんだから」
「はあ、それはお疲れ様です」
「全く心がこもってないね! というか俺、もしものために事前に救援の手紙送ってたんだけど、見た?」
「そんなことしてたのですか?」
「ちえ。あの狼人の少女に握りつぶされたかな……」
「もしそうだとしても、私は助けに行かなかったと思いますよ。その義理はありませんし」
「……なんか皆して俺への態度ほんとひっでえよな」
「まずこうして解放されているのでいいじゃないですか。そもそもヒューはわざと捕まったのでしょう?」
「あ、分かっちゃった?」
「そう簡単に私と貴方の繋がりは漏れるとは思いませんので。欲しい情報は手に入りましたか?」
「それはもうばっちりとね! いやあ、クレアがいい感じに敵を引き付けてくれたから楽だったよ。……ちょ、何々、なんで近づいてくるの? って、いったあッ!」
「契約を結びなおしているだけですよ」
「いやいや、結びなおすだけでも一方的に契約をなすんだから痛いに決まってるよ! 廃人になるって! なんで魔道具作用しないのさあッ」
そうはいいつつ、契約の変更内容は受け入れているのだろう。精神状態に異常なく元気に騒いでいる。
ちなみに何の魔道具かは知らないが、予定では眠りの魔法をかけてから行うことにしていたのだ。眠っていない以上、その魔法は防げている。ノエの件で精神魔法は嫌でも上達せざるをえなかったので、効かなかったことに私としても驚いている。
流石お金持ち。効能高い魔道具を使っているね。
「か弱い俺を手籠めにするなんて……」
「酷い言い草ですけど、ヒューが悪いんですよ。なんで私が魔女だって広まっているのですか。指名手配の髪にも書いてあったのですよ。この分じゃあ、他にも私のこと言ったに違いありません。もっときつく契約しなおさないと」
「でもこれじゃあ前よりもクレアのこと何も言えないじゃないか!」
「敵に繋がりが知れた以上、もう必要ないことでしょう。代わりに私が受け渡す情報を多くしたのでいいじゃないですか。いっぱい地球のことが知れますよ」
「それも知りたいけどっ、今世のクレア関係について俺は知りたいのさ!」
「何十年か経った後ならいいですよ」
「魔法使いと小人の寿命の差を分かって言ってるよね!? はあ、まあいいや。その話は今度として、今日はご機嫌直しにいい情報を持ってきてあげたんだよ」
ご機嫌直しという割には、「どう、知りたい?」という態度である。
なすべき契約は終えたし、帰っていいかな?
そんな私をヒューは慌てて止める。その様を楽しんでいるようなのが彼の厄介なところだと思う。
「もうすぐ来る頃なんだよ」
「何がですか」
「クレア以外の世に言われる半魔さ。数十年に一度の、波旬の復讐が起こるよ」
第七章、完




