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半魔はしがらみから解放されたい  作者: 嘆き雀
勇者一行

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暴虐の少年 後編

 キシシェさんは順当に敵を追い詰めていた。聖女の支援により時間を要するが、二つの死体からそう窺える。

 私も同じことをしなければならない。


 敵は暗器を得物し、ゴズはあの分銅鎖だった。私が最初に魔法にて破壊したものであるが、短くなったものでも器用に使いこなす。

 私は絡み縛ろうとするそれを最大限に警戒し、避けるか手早く弾く。他の敵も連携して次々と仕掛けてくるのにも油断はできず、息を整える暇はない。連戦続きに体が疲れを訴えているが、私よ、気合いだ。

 だが精神論でもどうにもならないもので、膝ががくりと力が抜ける。その隙を狙い、一人が私を組み敷こうとした。それは私を侮ったのか、あまりに直結な様だった。私は崩れた体勢で短剣を引き、突く。


「ふっ」


 肉を裂く生々しい感覚が伝ってくる。全体重を乗せた心臓への一撃だ。相手は回復の余地なく倒れる。その際、相手の執念によって短剣を握る右腕を道連れに引きずられる。

 感傷に浸る余裕もない。

 諜報関連で人を手にかけるのは初めてだ。特務工作として殺害するのでなく、正当防衛で且つシャラード神教の信徒である彼らに対して恨みがある私だ。深い感慨まではなかったが、心の折り合いをつける一息の時間もなく対処に追われることになった。


 右腕を死した者から引き抜いたときには、分銅鎖を首にかけられていた。仲間の死に表情を変えることなく締め付けてくるのに、私は身を丸め蹴りつける。痛みに動じず力を入れ続けるゴズに、私は手段を変えた。

 短剣のある右腕は真っ先に脚で押さえつけられているので、左腕を振り立てる。命に別条はないと思ったのか避けはしないが、甘い。


 枷を顔面に叩き込む。魔力を流し込んだ高熱の金属は眼球を焼き――男は力も弱まらない。

 ほんと、どうかしている!

 視界がぼやけ、耳鳴りが起こる。意識が薄れゆく中、必死に抵抗すると不意に拘束が緩む。この機会は逃さず、再度枷で攻撃する。

 私とゴズ、どちらともなく肉の焼ける異臭が鼻につく。押しのけることに成功し、私が見たのはキシシェさんが双子を肩に乗せながらゴズに迫撃する様だ。


「目を閉じておけ」


 おそらく私も含め言ったのだろうが、閉ざさなかった視界は全てを映した。夥しい鮮血が弾け出る。ゴズは袈裟懸けに引き裂かれていた。

 壮絶な光景に、遅まきながらに顔にかかった血を拭いながら肌で視界を覆う。魔力を枷に押し通すと、もう痛みはなく枷は砕け散った。


「すみません」


 戦闘で迷惑をかけたこと、諜報で覚悟が伴っていなかったことの両方に対してだった。


「無理はするな」

「しますよ。借りは返さないと」


 私は魔法を展開する。ヴィオナ除き、風の刃で斬りつける。

 成果は半々で、攻撃と同時に彼女が回復を施したために、半数が生き残っている。キシシェさん達の後を追っていたネオもそこに含まれた。


「あはっあははははははははは! ぜんっぶ、殺す!」

「もう無理だよ」


 なんせ枷はもうなく、魔力も潤沢だ。少年の大槌そっくりに、魔法で氷の大槌を作る。意趣返しだった。

 二挺が合わさり、勝ったのは勿論私だ。大槌は彼方に飛んでいく。

 ノエはまだ諦めておらず、無手で挑んでくる。私は即席で今度は杖を作る。


「殺す、殺す、殺したいんだよぉ。どうしようもなく、途方もないぐらいっ。だから死ね! 殺す殺す殺す殺す殺す殺すから、死んでッ!」

「貴方はどうしてそんなに、」

「おねーさんには分かるもんかッ。僕だけしか知らない、僕しかいなくなった。殺しつくしてやるッ!」

「全く要領が、得ないっ」


 接近戦を耐えきった私は、ノエに氷柱を穿つ。貫いたままの形を保つ氷柱を引き抜こうとするが、その前に終わらせる。杖を喉に振り下ろそうとし、私は驚きで動きを止める。

 笑いながら泣いている。笑みも、獰猛であったものから物静かに綻ぶようなものだ。


「ひどいよ」


 ノエは杖を奪い、自分自身に突き立てる。何度も何度も突き立て、その度に癒える。

 定時発動し続ける癒しなのか。キシシェさんはヴィオナを相手にしているので、その方面に切り替えていたのだろう。


 私は呆然としていたが、あまりに見るに耐えなくノエから杖を取り上げる。氷柱での傷を抉りながら「殺したい!」と叫ぶので、それは自分自身までも対象となるのだと戦慄した。


「やめて!」


 敵だというのに、氷柱を退かせるために魔素に還元させる。ノエは動ける身になったことから私に牙を向ける。

 腕を(かじ)られるが、えぐえぐと涙を流す様ために私は反撃できない。しかも服の上からなので痛くなく、敵対意識は鳴りを潜める。だが、敵はそうではない。


「捕えなさい!」


 ノエはヴィオナの言にびくりと体を揺らし、命令を遂行しようとする。

 魔法にて従属させられているのか。疑うが、おそらく違う。自身の意志によるものだ。それが脅しによるものか、誘導されたものかどうかは知らない。


 手加減できず、気を失うに至ったノエは成人に達していない年齢に見える。双子よりは上であるが幼いことに変わりなく、誰かの庇護下にいるのが普通である。


「どこまでも、どこまでも貴方達は……っ!」


 人のことは言えない。暗部や諜報などが国などの表立ってできないことを担うものだってことも分かっている。

 だが理屈なんて等閑に、感情が荒立つ。


 夜の帳が下りたことで、満ちる夜陰が蠢く。

 ここは私のテリトリーだった。闇魔法により敵は全て陰に浸り、動きを封じる。回復され覚醒したネオも、他の暗部に属する者も、ヴィオナだってそうだ。


「クレア!」


 制止の声なんか知らない。彼女も味わえばいい、私やノエのような不遇なものの、痛みの一端を。

 私も彼女達と同様、殺すつもりはなかった。暗部なら公にできぬ存在なので影響はないが、聖女は勇者同様価値がある。


 致死に及ばない痛みを与えるはずだった。羽交い絞めにするための闇が流血沙汰にする。思わぬ人物がヴィオナを庇い立ったせいだ。


「っゴズ」

「聖女様は、逝かせはしない」


 袈裟懸けの傷もある上に、腹部に穴が空く。これでも死せずにいて、どんなに溢れた生命力だろうか。


「もういい。奴等に害意はない」

「…………はい」


 双子がじいっと見つめる中、キシシェさんの言に抗うことはできなかった。陰の封じを解除するが、いつでも再び拘束はできるようにしておく。



 力は示した。魔法が扱える状況下では敵わないことで、皆が武器を収める。


 私はノエに足を向ける。敵の会話は聞きたくなかった。死が救いだろうと傍観するヴィオナに、過去のことだと癒しを求めるゴズ。

 畢竟、生かすと決めた彼女が治癒することを、私は見過ごす。情けでその場にいる全員私達にも回復させ、持つことになった感情もそ知らぬ振りをした。


 同情を買うよう、語り聞かせるようなゴズの声は遮断する。

 聖女ヴィオナでさえ命令を逆らえぬ立場の事情なんか関係ない。そう、思えたらいいのに。この戦闘が、敵の死が無意味になる。


 魔族を厭うためではなかったのか。私が過去に相対した者は偶然にも狂信者だったというのか。


「あの人たちはいい人」

「皆そうだったらいいのにね」

「……奴等は例外だからな。他の者は盲目的に排除してくるぞ」

「そうですか」


 安堵した。互いに自らの意に沿わない戦闘など、これ以上したくはない。なにより憎しみの矛先がなくならない。

 私はノエの元まで辿り着く。


「同族を幾人も死に追いやれる実力者がいると噂はあったが、その正体がこれとはな」

「いやだいやだいたいこわいよぉ、聖女様いたい助けていたいいたいいたいいやぁ」


 ノエは頭を押さえ、震えている。戦闘時とは別人の有り様だった。顔は青白くなり、尋常でない汗や涙を流している。


「傷はないのに、なんで」

「聖女、様……? おねがいいつもみたいに助けてっ。はやくはやくいたいからぁ、癒してよぉ」

「落ち着いて。どうか暴れないで。もう私は傷付けたりしないから……」

「いやあ! いたいいたいいたい苦しい、たすけ……っ」

「大丈夫だから、ね。ゆっくり呼吸をするの。息を吸って、吐いて。ほら、もう一度」


 私が無属性の治癒を施してもどうしようもなく、精神魔法をかける。

 背中を摩りながら柔らかい声で、意識を誘導させる。目を合わせ微笑むと、ノエは急速に落ち着いていく。

 最終的に少年は私のローブを掴み、微睡んでいった。


「ノエはクレディア、貴方に預けましょう」

「無責任だね」

「私の元にいれば使い潰される未来しかありませんから。沈静化できるのなら問題はないでしょう。ゴズ、例のものを」

「これは……魔石?」

「原料にはされています」


 渡された瓶は、小さな欠片が入っている。なんともいえぬ、混ざった色合は魔石にしかないはずだが、人工物なのだろう。


「ノエのような者をこれ以上生み出さないためにも、己の身は大切になさい。忠告は以上です」

「このまま帰すとでも?」

「貴方達はそれ以外に何かできることでも?」

「キシシェさん……」


 見遣るが頭を振られる。強気なヴィオナに含む感情を持っていると、彼女は首から下げる十字架のネックレスに手を添える。


「――我等の行く末に幸あるか?」


 錫杖を手放すと宙に数秒浮き、地面に落下する。シャンと、心地よい音が鳴った。


「天啓です。私達は相交わらぬことでしょう」

「全くもって分かっていたことだね」

「最後まで聞きなさい」

「信じてもない女神の天啓を告げられてもね」

「安心してください。私が祈るのは初代聖女であって、女神シャラードではありません」

「じゃあ神託は言葉の綾?」

「そういうことにしておいて結構です」


 雑だなあと思いつつ、流石に話が進まないので胸中に留める。


「私達は相交じりはしませんが、栄光の光はあります。互いに良き未来を掴みとれるといいですね」


 ヴィオナは慈愛の笑みを浮かべる。背景に死体がある中でそれは、ちぐはぐな印象を受けた。

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