暴虐の少年 前編
少年の名前をネオ→ノエに変更しました。
空は群青と茜色で混ざり、地上に影を落としていた。前世に纏わる話をし、門限ギリギリでの出発になりそうである。私はハルノートとロイと若干距離を空けながら歩を進める。
「おい、いつまでも恥ずかしがってんだよ。俺らが気にしてねえのに引き摺りすぎだろ」
「……私が気にするんだよ」
か細い声で、情けない私を更新する。目がぱんぱんに腫れるぐらいに大泣きしたが、別の意味でもまた泣きそうだ。もうやだ、消え去ってしまいたい。
それができる現状であったら、私は逃避行でもしていたかもしれない。そのときはリュークを連れ、完全に居場所を知られないようにしよう。顔を両手で覆いながらしみじみと思う。
「主、見てください」
「ごめん、ロイ。私今ちょっと精神的にできなくて……」
「そう言ってる場合じゃねーぞ。門見てみろ。衛兵の数が異常だ。しかもありゃ騎士までいやがるぞ」
羞恥は一瞬にして捨て置き確認すると、確かにそうだ。外に通じる門前には約八名程がいる。
「……嫌な予感がする。やっぱり話は後だったんじゃない?」
「最優先じゃなかったが、俺らにとっては大切なことだったんだ。割り切れろよ」
「向かってきますよ。逃げますか?」
「奴等相手にやったら疚しいって言ってるもんだろ」
「もう勇者相手に行っていますので、どの道同じでは?」
「確かにな」
「ガウー」
「うぅ、皆ごめん……」
歩む騎士と衛兵のためと道端に寄っても、向かう先が私達であったので一切反駁できない。彼等は剣呑な様ではないので、一先ずは話を聞くと目配せに意志疎通する。
ハルノートは堂々たる立ち振舞いで、まあ普段通りなのだが「なんか用かよ」と先手を打つ。私は目立たぬよう矢面に立つ彼によって隠れるような位置に立っていると、突如として手首に痛みが発生する。次に腕から体をもっていかれる感覚が起こった。
それまでに私は何もしない訳がなく、魔法を発動している。だが反射的なものでは分銅鎖は断てなかった。そう、分銅鎖である。手首を巻き取られ、道の真横にあった隘路の奥先へと引き摺り込まれる。
直ぐ様二度目の氷魔法による急激な温度差にて、分銅鎖の拘束からは逃れる。ただその間にも別に攻撃がなされる。いくつもの投げナイフを投擲され、そして敵の接近を許した。
「私を殺すの?」
「いや」
迫撃する相手に杖を振るうが、阻まれた。
「結界……っ」
壁を殴ったような衝撃が腕を伝う。動く脚にて退避しようとするが、腕を掴まれ捻られる。痛みに耐え魔法にて反撃すると、呆気なく解放された。私の腕に枷を填めて。
「他愛ないな」
男の独白は私の頭を沸騰させるが、視界にちらついた紫紺から状況を理解させられる。
私は駆け出す。元の道にはあの男以外にも複数人が立ち塞がり戻れない。追い込まれていると分かっていても反対の道を進む。
その間私はどうにかきて枷を外そうとした。魔石が埋め込まれ回路が組まれているこれは、罪人に用いられる魔法封じの魔道具だ。
膨大な魔力を押し通して回路を焼ききろうとするが、腕が焼けただれるに至った。これでは回路を壊しきるまでに手首より下を失うことになる。諦めざるを得なかった。
魔法が使えない。
偽装の魔道具でさえ作動していないことに、胸中焦りばかりが募る。後方からは先程の者達による追手がかけられている。身体強化ができず鈍い私を嘲笑うかのように、距離を空けて迫り立ててくる。
私だけでは太刀打ちできない。リュークに念を送るが、あちらもあちらで事が起こっているらしい。どうすればいいと考えを巡らせ、夜禽に思い至った。
「――秘鑰を呈示する。名はクレディア。絶無を実在に、隔離せし次元を一環より引き寄せろ」
魔法の鞄に手を突っ込み、号笛を探り当てる。魔力を必要とせず詠唱だけで物を取り出せる仕組みでよかった。とある緩急をつけ二度に渡り吹き鳴らし、キシシェさんの元に向かってもらう。
異常が生じているのは分かっているだろうが、私がこうとまで緊急事態に陥っているとは思ってはいないだろう。
不服で且つ緊迫感を噛み締める状況だ。油断はしていなかったが、騎士と衛兵に意識を取られすぎていた。
また攻撃を受けるまで気付けなかった程の手合と、私一人のためだけの徹底的な作。ありとあらゆる戦術がなされていると考えていい。だから頭上からの迫撃に気付くことができた。
「っ」
衝撃が体を打つ。地面を穿った大槌であるが、余波だけでこの様だった。壁にぶつかって呻いていると、身の丈を越える大槌を握る襲撃者の少年と目が合う。身の毛がよだつ狂喜が渦巻いていた。
「避けた、避けたね。すっごおい、ねッ」
体を捻り、前身を使って大きく振りかぶる。頬を吊り上げ見せた満面の笑みは、純朴なまでに楽しいことこの上ない様子だった。
「あはっ。避けるの上手!」
軽々しく大槌を扱う様は既視感しかなかった。どこにそんな膂力があるのだ。身体強化でも限界があるだろう。私は擦過傷を増やしながらも、致命傷はもらわないよう立ち振る舞う。
逃げることはできなかった。おそらく、いや確実に追い込まれた先の終着点がこの場所だ。大槌を思いっきり振り回しても問題ない開けた空間、幾人による監視の視線。
大槌相手では杖では打ち合えず、回避だけを選択する。ベリュスヌースから受けもらった杖であるので頑丈であるが、粉々にされるのが目に見えていた。
「嬉しいな、楽しいねっ。だからもっともっと耐え抜いて。もっともっと頑張って。いっぱいやり合おう!」
少年は笑みを絶やさない。その片手間に暴風のような攻撃の連鎖を行ってくる。風圧と壁と地面に亀裂を入れ、瓦礫が弾け飛ぶ。
私は極限なまでに集中する。動きは読める。大槌は小回りが利くものではない。一撃が当たれば瀕死だが、恐れ只管回避だけでも結末は同じになる。
転がるようにして回避する傍ら、地面に溢れかえる瓦礫の一つを少年に投擲する。大槌にて打ち返してくるのは想定内だ。魔法に頼らない身体能力により、ピンポイントで私に狙ってくるのは想定外ではあるが、覚悟は決めている。
避けはしない。身体強化なしで少年に迫撃するには最短距離を突き進むしかない。枷のある腕で防御する。鋭い痛みが発生するが、元々焼け爛れていたものだ。反対の腕にて杖の先端を少年に差し向ける。
少年は大振り後であるが反応してみせた。まだ本気ではなかったのか。最大速度で迎え撃ってくる。
ええいままよ! 私は構わず飛び込み、杖を少年の顎に繰り出す。次に私が攻撃を受ける番だ。真横からの薙ぎ払いに、体がみしりと嫌な音を立てる。そのとき杖を手放した。
「はっ」
息が漏れる。受け身はとれた。
少年以外の敵に警戒しながら、彼を見遣ると痛む箇所を押さえてふらつきつつも立っている。
威力が足りなかった。魔法が使えない私自身の能力に過不足を感じつつ、腰元に備えている回復薬の無事を確認する。仰ぐ暇は与えられそうにない。その隙を狙われる。
「おねーさん、すごい、すごいね。頭痛いや、ぐらぐらする。は、はは、あははははは! ……あー、ぶっ殺したい」
どこまでも少年は笑う。苦しさよりも楽しいのか、何かがおかしいのか。兎にも角にも、明らかに狂人の様相だった。
「落ち着きなさい」
シャン、と清澄な音が鳴る。錫杖が媒体となり、魔法が展開される。
「聖女……っ」
「ヴィオナ、とお呼びください。勇者様のことは名前で呼んでいらっしゃるでしょう」
「そんなのどちらでもいいよ。まさか聖女ともあろう者が裏でこんなことするなんて……」
「意外ではないでしょう。驚いてはいないのですから予想していたのでは? 半魔のクレディア、魔に属する者よ」
ヴィオナが首から下げる十字架は光輝を放っている。私が魔の者だと示す証左だ。
「投降しませんか?」
「嫌」
「即答ですか」
「当たり前だよ」
「このまま抗っても、より多くの痛みを味わうだけですが」
「どうせ先か後かの話でしょう」
「確かに安全は保証できませんが命までは取りませんよ」
「信じられない。どうせ最後には殺すつもりなくせに」
「貴方は真性の勇者でしょう。光属性の適性があれば殺されないはずです」
「なら余計に無理だね。私は違うから」
「風、氷の適性で姿を偽る術があるということですか?」
「さあ、どうだろう」
闇属性持ちだと知れたら絶対に殺されるだろうな。
これは予想だが、勇者招喚により付与されることになる光は半魔であることから闇に転化した。ならばなぜ半魔の器に転生したのか。普通、勇者招喚がこの世界に合致する体に作り替えるというのなら人族が妥当だろう。なのに半魔である。
これについては私自身が確証になる。半魔であること、今の母の元で生まれることが幸せに繋がるからだ。私に転生体を選んだ記憶なんてものはない。だが、分かる。
前世では得られなかった家族からの愛情を得られるからだ。人族で生まれついていれば光属性持ちとして勇者立たされることも挙げられるが、なによりの理由はそうだろう。
「……なんであれ私のすべきことは変わりませんね。クレディア、貴方を捕らえます。再度尋ねますが、投降はしますか。今後の待遇に影響することでしょう」
「しない」
「そうですか、ノエ」
「なあに、せーじょ様。話終わった? 殺していい?」
「いけません。あくまで捕らえなさい」
「はあい」
ノエという少年はヴィオナによって癒しを得ている。私だけが重症を負った中で、戦闘は開始される。
「ああ、言い忘れていましたが仲間は来ません。関わっているかは知りませんが魔族も同様なので、時間稼ぎは無駄ですよ」
「ご親切にありがとう。でもね、来ないとしても抗わない理由にはならないんだよ」
懐から短剣を取り出し、宣言する。
「私はシャラード神教を憎んでいる。大切な人を殺したその信徒に、私は靡かない」
戦闘は圧倒的不利な状況で展開された。痛む体は先程までのように動けはしない。
「あーあ、つまらないの」
「……」
「声も出せないんだね、かわいそうなおねーさん」
為した本人がよく言うよ。
壁を背にして私は座り込んでいる。倒れ込んでいる、の方が正確かか。魔法だけでなく物理耐性もあるローブでも、ネオの攻撃は全然消しきれていない。血反吐は何度も吐くことになった。おそらく骨は粉々になっているだろうし、体内はいたる器官は出血だらけであるはずだ。
「ゴズ、枷を」
「はっ」
あの男だ。もう片方の腕にも枷を填めようというのか。
……片手を犠牲にするしかない。枷が一つの内に、魔法を使えるようにする。そして、反撃だ。
ヴィオナの言葉に反して味方が駆け付けることに希望を持ち続けたが、本当に来ないならば自分で対処するしかない。
枷に魔力を押し通す。やるなら一思いにだ。
ゴズが異変を感じて意識を刈り取ろうとするが、私の方が速い。手首に留まらず、片腕全体にまで熱は広がる。腕が消滅し、ゴズに闇魔法が及ぶ。その直前、「ドカーン!」と幼い声とその轟きが鼓膜を振るわせた。
「ぎりぎり間に合った、か」
砂煙が舞う中、キシシェさんが私を庇い立つ。彼の肩からチルンとフランが飛び降り、甲斐甲斐しく回復薬を飲ませた。
【メモ】
15年前:第一次聖戦終了、クレア誕生。
メリンダは魔国側にて防衛に参加、
ウォーデン王国で諜報も一時行
3年前:第二次聖戦終了、勇者招喚は失敗済み。
メリンダは魔国側にて防衛に参加。
クレアはセスティームの町で暮らしている。
※勇者招喚はウォーデン王国にて行われている。
メリンダは諜報時にクレアを身籠った。




