私はクレディア
おそらく、わざわざ真王様が私を呼び出したのは詳しい報告のためではなく、母と父に合わせるためだったと思う。理由は心配だったから。
添島くんと会い、私の精神状態が不安定になると考えていたのだろう。実際その通りで、私は諜報活動にのめり込むことで一時的な対処をしていた。
前世の記憶を忘れてしまいたい。そうなれば心は軽くなる。前身の両親からの冷めた愛情を経験しなくて済み、添島くんに罪悪感を抱かなくなるんだろうな。
難儀な性格をしているのだと自分でも思う。母は抱え込まず打ち明けて欲しかった旨を告げたが、それでも私はそう簡単に言えなかっただろう。
悪い想像が過り、心の内を開けなくなるのだ。森の中での生活で、半魔として襲われた後には深刻になっていた。幸せから地獄に落ちると慎重になる。ラャナンを死なせたことで二度となれば、慎重に慎重を重ねることになる。
だから、リュークの叫びを聞いたときは最悪の状況が過った。
契約の繋がりから強い感情が伝ってくる。混乱と恐怖、そしてごめんなさいという謝罪がされた。
それはラャナンの最期の『ごめん』と重なり、私は顔から血の気が引く。
そんなこと、言わないでよ。
「ウルさん、町の上空まで私を連れていってください」
「緊急事態でしょうか」
「はい。無茶を承知でどうかお願いします」
「それはこちらの台詞ですよ。お気をつけください」
昼間という明るい時間帯、効力は低くなるがウルさんが人目につかないよう闇魔法を付与する。次に元々町外れで降りるところを、リュークとの繋がりを辿り得た場所にて飛び降りた。体が空気と摩擦を起こす。
「ねえ、何してるの?」
聖女であるヴィオナと盗賊のヤナイがいた。外套にて顔まで隠している者は添島くんだろうか。
風魔法によって私は体が浮く感覚を味わう。衝撃を殺して着地し、ヤナイの腕の中にいるリュークを確認した。
「リュークに、何してるの」
応えはいらなかった。問うたのは胸中が漏れただけだ。
風で砂利を巻き上げ迎撃する。勿論リュークには当てはしない。反射的に目蓋を閉じたようだが多少は痛むようで、ヤナイの腕の力が緩んだ。その隙を狙ってもう一度風を叩き込み、私は彼女へと踏み込む。
「落ち着いてくれ!」
取っ払った腕から落下するリュークには間に合わなかった。やはり残りの一人であった添島くんがヤナイの前で立ち塞ぐ。リュークは再度彼女の腕の中に戻ることになり、彼は抜剣していた。
相手がやる気とはちょうどいい。リュークを襲ったことを後悔させる。
剣によって一旦退いていた私は、それに杖を揮う。応戦して見せる彼は、私が想像していた以上の実力を持っていた。これは勇者招喚の効力なのだろうか。認識を改め、魔法も用いていく。
「待ってくれ! 話を聴いてくれ!」
「何を話すっていうの? 意味ないよ、リュークにした行為はなくなったりしない」
彼は手加減はしているのだろう、男性の全力にしては些か弱い。魔力があるのに身体強化を経ていないはずがない。私はこうやるのだと、振武して剣を杖で真っ向から叩きのめした。
剣を握る腕が震えていた。一時硬直している隙を狙おうとし、魔法が展開されるのを察知してその範囲から逃れる。
「これは精神を鎮静化させるもので、攻撃の意図はありません」
聖女の魔法を受けなかったが、一先ず冷静になる。精神魔法は難度が格段に高いものだ。私もできはするが、熟練かと言われれば否定せざる得ない。それを広範囲で、詠唱をしていなかった。
「リュークを捕らえている時点で、害を及ぼす気はあるよね?」
矛を収めて反駁する。流石に高実力者を複数相手にするのは困難だった。
「話に応じてくれるなら直ぐに解放するよ」
「そう。……リューク、もう我慢しなくていいよ」
「ガウっ」
「うへぇ!?」
リュークは植生していた葎を急成長させ、また魔法にて強度を高めた。ヤナイの足に群生したものを纏わり付かせ、驚愕する間に腕から脱出した。
私とリュークは対等な契約をしているが、公的には私が使役し使役される関係になっている。そうでないと龍とはいえ魔物とどこでも共にはいられない。だからその登録しているものご剥奪されぬよう、人に攻撃しないよう憚っていただけだ。
私が攻撃をした中、リュークが遠慮する必要はない。
「ガゥー」
「ううん、いいの。リュークは何も悪くないよ。ああ、怪我をしてるの」
「私が癒しを」
「いいよ。信用ならないから」
出血はしていないがズキズキとした疼痛を私が治癒する。元気になったリュークは頬にすり寄ってくる。仲直りできたのは嬉しいが、このような形でだとは不本意だ。
どうしてくれようか、と深々とした視線を向ける。それでは、と去るのには憤懣やるかたなかった。
「申し訳ありませんでした。故意ではなかったとはいえ、私共に非があります」
「……アンクレットは見えなかったの? 野良の魔物とでも思ったから、このように?」
「いいえ、私達はただ」
「貴方に聞きたいことがあったんだ! だから、」
「だから、何? 勇者一行だからと、何でも許されると思っているの?」
「っ」
「私にも監督不足があるよ。でもね、 無理矢理はよくない。私は勇者一行だとは知っているけど、リュークには関係ないの。珍しいのは分かるけど、知らない人から寝ている最中に抱えられるのは驚くし、逃げても捕まえてくるとなったら怖がる。リュークは利口だからいいけど、普通の魔物だったら攻撃されていてもおかしくはないんだよ?」
私は滔々と指摘していく。途中でリュークが勇者の顔ぐらい覚えていると主張するが、余計なことは言わないように。
知らない人でも警戒心なく甘え上手なリュークであろうとも、この際事実と違ってもいいのだ。こういうのは相手自身も認める非を次々と、口も挟めないように責めていくのである。私はそう教わった。
「そういえば過去に勇者の仲間で龍がいたね。箔が付くからリュークが欲しかったの? そんなの駄目だよ、絶対にダメ。そもそも私とリュークの繋がりは誰かから切れるものじゃない」
「それは確かにその通りです。言葉なくその子の事情を知れ、親密な仲ですから」
「でしょう?」
嬉しくなり微笑んでまでしてしまうが、相手に乗せられてはいけないと己を律する。
厳しい顔を意識するのだ。コホンと気を引き締める私は、まあ理由ぐらいは聞いてもいいかなと思うぐらいになっていた。
え、絆されてないよ、相手の言い分をきちんと知っておくべきかなって思っただけだもん。さっきと言ってることが違う? むう、リュークはどっちの味方なの? 私? ああ、そう……。
緩む口元は結んで、彼らに理由を尋ねる。怪訝そうにされるが、リュークとの会話で心が落ち着いただけだ。憤懣はまだ残っているので、簡潔に話してほしい。
「さっきまで殺しそうな勢いだったのに……」
「殺そうとはしてないよ」
「やばっ、聞こえてた」
反省させるため、ちょっとぼこぼこにしようとしただけだ。リュークは生きており且つ魔王様の意向もあるので、いくら冷静でなくともそうはしない。
「リュークから紫木さんと話ができないか思っただけなんだ。僕は貴方が勇者になってくれない理由を知りたかった」
息が止まった。私が関わっていることは分かりきっていたが、私自身のことばかりで彼のことを等閑にしすぎていた。それがリュークを巻き込むことに繋がった。
「誰かと私を間違えているよ。私は紫木なんかじゃない」
勇者にならないというか、なれない理由はなんにせよ内容からして説明はできない。今度こそきっぱりと否定すれば納得してくれるだろうか。してくれないだろうな、生半可な理由でも、そうである気がする。
「否定しないでくれ。貴方はそうなんだろう? ずっと探してきたから分かるんだよ」
「それ、どういう意味? 場合によっては勇者といえども距離を取らせてもらうけど」
「あっ、その違うんだ! 不審者とかじゃなくって――」
あたふたと弁論する様からして、まだ始原の精霊から詳しい情報を交わすに至っていないと判断する。「ええと、だから」と口どもる彼の代わりに、ヤナイが開口する。
「あんた仲間にならない?」
思いもよらず、頭がはてなで一杯になった。私は自分自身を指差すと「うんうん」と首肯される。
「私は既に仲間がいるから」
「そこをなんとかならない? 今さあ、魔法使いがいないんだよね」
だろうなと思う。元々ユレイナさんがいたが追放している。
「ごめんなさい」
答えは明瞭と告げる。だが、ここで引かないのが彼だ。
「本当にどうにかならないの? 勇者だけじゃなく、仲間としても駄目なのかい? 僕が、至らないから?」
違うよと言えたらどんなにいいか。だが、例え相手が私を紫木静奈と分かりきっていても、認めたりはできない。
「紫木さん」
「私はクレディアだよ。他の誰でもなく、紫木でもない。クレディアなんだよ」
ねえ、分かってよ。これはどうにもならないの。
「……勇者の旅路は命を落としかねない大変なものでしょう? きっと紫木という人はそういうのが嫌いなんじゃないかな」
「紫木さ」
「だから、違うの!」
「主」
「ロイ、」
「あの子達からここにいると聞きました。話は御済みになられたのですか? ならば帰りましょう。ハルノートも待っています」
「……うん」
元々この場所に最初にいて遊んでいたという二人の子どもがおり、不安そうにこちらを窺っていた。人が滅多に来ない場所であるから他に人はいない。
口止めして秘密にするようお願いしたが、広まってしまうだろう。勇者一行の名前とリュークを使役する私という組み合わせはあまりに珍しいものである。もうこの町を出ていった方が得策かもしれないな。
私は添島くんに向き直る。
「私はクレディアで、貴方は勇者だよ。……決めたならこれ以上押し付けないで」
勇者にならない選択肢を提示したにも関わらず、選ばなかったのは貴方だろう。私は最後の言葉は勇者にだけ聞こえる声で、厳かに拒絶した。




