作られた聖女 前編 ※ヴィオナ視点
「神の御配意からの縁により、日々を快適に過ごすことができました」
「それはそれは嬉しいことですな! こちらも勇者様の高名により、領内は繁栄が訪れました。今日までと言わずとも、この先も滞在していただい欲しいものですが……」
「その申し出はありがたいことですが、勇者様の祝福を必要とする方がおりますので」
「いやはや、 神の祝福を一身に受けられたことは羨ましいことですが、大変でありますな」
ええ、本当に。
その大変さを半分も理解していないだろう御仁に対し、長きにわたった話を「神の祝福が常しえにありますように」で締めてその場を後にする。
神の祝福などいらないであろう過度な煌びやかな装飾を視界の脇に置きながら、貴族の本邸を歩む。当てられた客間に入れば、椅子に横になって寝そべる女性が目に入る。
「お疲れー」
「だらしないですよ」
「んー、誰も見てないからいいじゃん」
「私がいます」
「仲間内は別枠だから」
ヤナイという女性に苦言はもろともしない。いつもながら杜撰な態度だと思いながら、「予定通り、市明後日にはここを出立します」と告げる。
「あーあ、押し負けっちゃったかあ。時間的に粘ってたからイケると思ったのに」
「……次の目的地までは遠出になります。事前に申していたのですからしっかり身支度はしておいてください」
「はいはい、りょーかい。にしても、勇者の旅路の内実ってシビアだねよえ。金集めに奔走するとか、私、今でもおかしくって笑っちゃうよ」
勇者一行が添えられるだけで華やかな印象になる旅路だが、国の後見を受けていても、受けているからこそ弱者に救いを齎すという理念を隠れ蓑に、様々な意図を持って行動している。
「魔物退治だけでも苦労なのに、人気取りや信者集めもだなんて。あーあ、やになっちゃうよ」
「言葉が過ぎます」
「心の内に秘めとけってんでしょ。否定しなくなったところに聖女の襤褸が出てきてるよね」
「それがどうしたというのです。何か貴方にとって好ましいとでも?」
「うん。仲良くなってきたなあって」
脅す方面を考えていたので、想定外の言葉に何も言葉が出てこなかった。
何も準備はしていなかったのだろう、ヤナイはさっそく身支度のため町に赴き一人になったところで扉続きにある部屋を軽く叩く。返事はないので「失礼します」と部屋に入ると、カーテンを閉め暗い状態で片膝に顔を埋める彼がいる。
「真希様」
「……ヴィオナ?」
そろそろと上げた顔にはクマができている。夕食時前にはまた癒しをかけなければならないと考えながら、身をかがめて視線を合わせる。
「ずっと考え事をしていたのですか?」
「そう、だね。多分、そうだ」
覚束ない勇者の精神状態に元より持つ危機を強く感じる。人前では勇者に取り繕えているが、このままではいつ彼の本性が露見してしまってもおかしくはない。
交渉などは私が前面に立てばいいが、勇者の立場だけは聖女であっても代わりにはなれないのだ。勇者の旗印があることで、融通を利かさせたり寄進を募る意味は出てくる。
来たる聖戦という名の魔族滅亡のため、私たちが正義である言い分を通すには勇者は必須である。精霊が力を与える形にはなるが、光の能力を持つことも彼を必要とする理由になる。
とはいえ、言葉を尽くしきって今の状態である彼に、私は何もなしえない。
ただ魔法で癒しをかけて体の状態が精神に及ばさないようにする。これ以上の悪化だけは阻止しなければならない。
「彼女を敵と思うように言ったのは間違いでしたね」
独白し、一人対策を考えこむ。だが簡単に思いつくようなことなら既に実行している。
勇者にも、味方にも表明しなかった彼女には心を許してはならない。そのための言葉だったが、敵と表したのは不適切だった。
この本低の主である貴族から縁筋などに渡って円滑に寄進を募れ、有事の際にも手を貸すと言質が取れたことだけは幸いか。人目が集まる町より外の方がまだ真希様の負担は少ない。
勇者効果により活発化している町の在り様からしつこく引き留められはしたが、ヤナイのように気ままに過ごす以外に有益なものはなく去るに限る。この場に居続けてしまえば、彼女を想起する要因にもなるのだから。
貴族との応対に、そして情報収集に専念して真希様の単独行動を許してしまったのが失敗だった。
クレディアという真性の勇者の筆頭候補がこの町に来ていると知り、多勢をそちらに動員した。勇者との旅路から暗部の指揮を担うようになったとはいえ、己の不出来さに嘆く。
だが、時間の無駄を嫌い、即座に気を取りなした。
「ゴズ」
「ここにおります」
暗部の頭は姿を見せ控える。
「経過報告を」
「本部から連絡が届きました。亡骸はあるそうです」
「なれば、魔物の線は消えましたか」
レイスの可能性は実体がある時点で除外されている。
やはり人の身に転生しているのだと、己の中で確定事項にする。そして、クレディアという女性がただ偶然に町に居合わせたのでないのだと結論を出す。
かつて私自身が神託したが、あれは予言だ。神聖魔法とは名ばかりで、実際はただの占いである。ただ魔法に基づいて結果を出しているため、一般的な占いなんかよりも真実を穿つ可能性は高いだけだ。
治癒も行えるがそれは神聖魔法とは別の、水魔法である。近親婚を行い、代々希少魔法持ちを排出してきた一族の血に水魔法持ちを交配した。そうして神聖魔法の今の形が作られている。
「捕らえるように、とのことです」
「そうですか」
考えていた範疇の命令だ。ただその実行は難しい。
真希様の前に現れたとき、彼女は前身の姿のままであった。だからこそ魔物かと可能性として挙げたが、真性の勇者となれば光属性の適性を持っていると考えた方が合っているだろう。光魔法は姿を偽装できると、歴代勇者の情報と照らす。その根拠の確証を上げるために、魔物でないと墓を暴いてまで裏付けしたのだから。
となれば、勇者招喚である力の付与には成功しているということだ。彼女は魔法使いであるというのだから、魔法の才に恵まれたのだろう。接近戦が妥当、か。適した要員を一人思い浮かぶ。
「あの子を使いましょう」
「捕らえるばかりか殺すかもしれませんが」
「彼女の能力を買います。勇者ならば耐えうるでしょう」
「耐えれない可能性を見過ごすのですか?」
「止める暇なく死んだとあれば、それは勇者になれる存在ではなかったまでです。それに即死でさえなければ癒せます。……私の能力を疑うのですか?」
「まさか」
ゴズが覆面越しに嘲笑う。
「聖女様の力は我々がよく知っています。疑うなどするものか」
ふとゴズとの過去を想起した。
至るところに血溜まりがあり、その上にて足や指を欠陥しているこの男を。私は無慈悲に癒しを与えた。
『絶対に許さない』
殺してくれなかった憎悪があった。暗部の者を作る過程にて、その者同士に死闘させていた。死よりも生が絶望を齎すものだった。
ゴズは今でさえ頭にいる程であるが、昔は弱かった。だからこそ痛みの味わいと癒しの回数は多く、人一倍に私に憎悪を持った。眼差しだけで殺してきそうな男に対し、私は何と答えたのだったか。
現実のゴズは言う。
「思えば、彼女も同類ですね」
彼女とはクレディアのことだろう。そして、私は思い出した。
『同類なのに? 私だって作られた』
皆が皆作られた。かの国に、かの宗教によって人為的に、そして意思に役目を押し付けられた。
私は聖女の数多ある一族の一人だ。最も神聖魔法に才があったから聖女になった。聖女となり苦しむのは私だけでいいと思ったから、そうなった。
だって母体となった方が、他の者にはまだ救いとなるから。二択しかない選択肢の中、私は犠牲になる方を選んだのだ。
私は聖女になるため辛い思いをしてきた。限界まで魔力を使うことになり、死を彷徨ったこともある。
だからゴズに許さないと言われ、物寂しくなったのを覚えている。




