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半魔はしがらみから解放されたい  作者: 嘆き雀
勇者一行

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勇者と私と添島くん

「私のこと、始原の精霊から聞いていないの?」


 痛む手を庇いながら、私と同級生であったという彼にずっと疑問だったことを訊く。


「フォティから? 何を?」

「……今、始原の精霊を呼べる?」

「極度の人見知りだからどうかな……」


 最初には私の前には姿を顕してくれたので期待して待つ。暫くして添島くんは苦笑いをして首を横に振った。


「する必要がないって」


 人見知りという言葉を真に受けるならただ恥ずかしいからだろう。だが、本当にそうなのだろうか。

 添島くんが私の情報――魔族側に与していることを知らない。始原の精霊と契約する者ならばおかしいことだ。私を尋ね人とし探し求めていたのなら、なおさら。


 サラマンダーがあまねく炎から知悉できるならば、フォティとて光からできるに違いない。実際、フォティ自身ではなかったが、あのいたずら好きな使者が応じてくれた。


 人見知りは隠れ蓑か。

 契約相手にその能力自体あるとさえ知らせていない状態なのは、彼が知るに相応しくない故ではないだろう。予想できるのは彼を守るためか。


 圧倒的な力を始原の精霊はもつ。それを隠匿することで異界人以外の価値をもたせないようにした。添島くんがこれ以上利用されないために。

 おそらく予想は間違っていない。



 添島くんは弱い。

 身体的能力はともかく、精神的に高邁でない。だからこそ私の罪状がより重いものとなる。


 彼は沈黙していた。俯き、垂れる前髪で表情を隠していたが、彼我の身長差から苦痛に歪む様が見えてしまっている。

 再三の謝罪の言を口にしようとし、止める。


 申し訳なく思うなら、私は勇者なればいいのだ。始めはともかく、私は彼の存在を知った後も意図的に接触を避け、身代わりにさせ続けてしまった。

 この罪状は勇者になり贖うことができる。だが、そのつもりがないならいくら謝罪したって慰めにもならない。


 私は勇者にはならない。なにより意志が、そしてまず半魔であることが阻害する。シャラード神教は魔の者を認めない。

 だから彼は一時だけだったろうが、勇者としてあり続けることになる。彼の勇者である名声は既に取り返しのつかない程に大陸中に広まっていた。


 だが、そんな彼の憐憫さに私は構わない。少なくとも、これ以上は。


「勇者招喚は賢者が行ったの?」

「うん。でも一人じゃなくて、その場にはたくさんの魔法使いがいたから大勢でやったと思う」

「具体的に何人?」

「大体十人ぐらい? あ、賢者は除いてで」


「ウォーデン王国はまだ戦争は続けるつもりなのかな」

「どうだろう。止めるとは聞いていないけど。魔王の脅威が隣り合わせだし、そのせいで魔物が他国より多く発生してるみたいだから大変だよね」


「貴方は仲間のことをどう思ってる?」

「どう……? 皆、凄いと思う。強いし、確固とした自分の意見があって言える。僕にはできないことだ」

「……聖女はどう?」

「優秀だよ。優しくて、よく僕を助けてくれる。なんで?」

「有名だからね。他の人にはない、特別な魔法があるんでしょう?」

「うん。神聖魔法っていうらしいよ」

「確か神託なんだよね」

「そう、だね」

「私を見つける手掛かりになったんでしょう?」

「……まあ、うん」


 歯切れが悪くなってきた。私の率直な下手な訊き方が原因だが、話の誘導の仕方はまだ指導はされていない。ここが限界かな。

 添島くんは警戒を帯びている。同郷の私なら彼の支えになりえたこともあり、胸が痛む。

 ずっとそうだった。だが私は諜報員として、魔王に組する者としてここに来ている。勇者から情報を得るために、添島くんと話をすることを許された。


「これからどうするの?」


 最後の問いだ。体に力を入れ機敏に反応したのを、私は見逃さなかった。


「勇者になることを拒否した私が訊くなんて、と思うだろうけど」

「っ!」

「でもだからこそ、訊いて知っておかないといけないことだと私は思うから」


 最初の彼が逼迫し詰めた在り様は逆転し、今度は私が詰め寄る。


「一生、勇者であり続けるの?」

「……紫木さんは本当に勇者になってくれないの?」

「ならないよ。逃げないで答えて。貴方は勇者でいたい?」

「……いやだ」


 絞り出すような声だった。そして私は強烈に惹きつけられることになる。


「勇者でなんかいたくない。怖いんだよ! 情けないかもしれないけどさ、魔物と命のやり取りをさせられるんだ。元は平和で、戦いとは無縁だった生活から、いきなり! 今でこそフォティがいるからいいけどさ、何度僕は死を覚悟したか。他にも人には好奇な目で見られるし、重圧はかけられる。頼れるのは紫木さんだけだった。今日をずっと期待して待っていたんだ」


 彼は膝を折り、乞う。


「それなのに、僕を見捨てるの?」


 ずるい。

 一瞬、その感情が過る。良心の呵責が私を追い込んだ。


 そうじゃないの。見捨てたくはないんだよ。

 だけど私は本当は心優しい魔族を知ってしまったし、立場というものがある。親や友達を裏切れない。自分の叶えたい夢を諦めるとしても、それはできないの。


 だから私は元から用意していた言葉を引き出す。


「私と一緒に来る?」


 予想だにしなかったことだと思う。

 最初は理解できなかったようで薄ら口を開けて、それから「無理だ」と言った。


「逃げられない」

「何から?」

「勇者を必要とする人が逃すはずない」

「できるよ。貴方にはその力を貸してくれる始原の精霊がいるし、なにより私がそうできる」

「でも、」

「何を貴方を迷わせているの? これまでよくしてくれた人を裏切ることになるから?」


 添島くんは黙考する。私は静かに待ち続け、ついに彼は開口する。感情が抜け落ちたように呆然とした様が妙に気になった。


「それもある。だけど、僕はそれ以上に()()()を置き去りにすることができないんだ」


 彼は私と目を合わせた。苦し気に表情を歪ませているのに、真っ直ぐな瞳が印象的だった。


「僕、行けないや」

「……その人も、一緒に連れていくよ?」

「近くにいる人ではないから」


 勇者一行の誰かかと思ったが違うらしい。誰かと尋ねても応えてはくれない。明確に私を拒絶していた。始原の精霊が何かを言ったのか、私に対する態度が変わっている。


 私はその場を後にした。心のうちにつかえるものを抱えながら、合流を果たした諜報員の一人に告げる。


「失敗しました。勇者は味方にはならない」


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