焦れったい ※ハルノート視点
恋というものは厄介だ。初恋ともなると、なお余計に。
窓の奥、ずっと先の存在に目を奪われる。
色も髪も容姿も装いも変え、受ける印象は通常とは異なる。だが、根本的に抱く感情は同じだった。
透かすように見通してしまいそうな切れ長の目元までわざと隠す長い前髪。さらりとした横髪は白皙である頬に触れている。
細い体付きは華奢と感じさせ、元が女であることが滲み出ている部分だろう。それが中性的な様となり、粗野のない振舞からも麗しさが現れている。
そんな男に扮しているクレアは群衆に違和感なく紛れ込んでいる。
深く被る帽子もあるが、闇魔法でも展開して気配を薄くしているのだろう。注視しているからその効果が発揮されていないだけで、少し意識を外すと見失いそうになる。
「似合わねえ」
綺麗ではある。が、どうしてもその所感が拭えない。理由としては、諜報のために装っているからだろう。
なんて似合わないことをしているのだと思う。お前はただの魔法使いとして、研究したり魔法をぶっ放しているほうが合っているだろうに。
冒険者と兼業していることには文句はない。いや、共にいられる時間が減っていることを慮れば、小言は出るか。
だがそれよりも、現状においてあいつの胸中を占める憂いになっているのが、俺は気に食わないでいる。
「……途中で苦しむぐらいなら、今のままでいいだろうが」
クレアが諜報を行うのは事を成し遂げたいがためだ。だからこうして一人愚痴る。
本人に言ったところでどうにもならないし、負担になるだけだ。ユレイナの件で一度やらかしているので二度はしない。
頬杖をしながら、冒険者とは別の仕事をしに行く彼女の姿を見えなくなるまで眺める。そこに無粋な声が邪魔立てした。
「いつにも増して酷いですね」
「……好きな女見るぐらい、普通だろ。てかお前に言われたくねえ」
渋々意識を移すとリュークと共にロイがいる。冷ややかな目線を遣られるのは常であり、慣れたものだ。
「私の場合は従者としての行いですから」
逡巡することなく言葉を返してくるのはいっそすがすがしい。
鼻を鳴らし、構ってとばかりに近づくリュークにどこにクレアがいるか聞く。一瞬目を離した隙に、姿を認識できないでいた。「ガウ」と示したのは建物がある方向である。もう見れない、か。
「執着しすぎでは?」
だからお前が言うな。
ロイは筋金入りのクレア大好き獣人である。出会った当初からそうで、数年来の想いはとてつもなく重い。クレアに関することであれば過激で、メイドなんかの格好であるにも拘わらず不遜な態度だ。
又、最近ぼそりと呟かれる「さっさと玉砕すればいいのに」は、俺の恋慕を勝手に打ち明かしてしまいそうな不気味なものがある。俺が戦闘能力以外でやべえと感じる、稀な人物だった。
だからこそ通じるものがある。
「なあ、今日のクレア変じゃねえか?」
抽象的な問いに、ロイは腕を組んだ。
「勇者が原因ではないですよね」
肯定は当然だと言わんばかりに省略して考え込む。
勇者とはついに邂逅を果たしている。遠目から、こいつにはクレアを渡さねえと誓ったのは昨日のことだ。
正直、パッとしない野郎だと思った。悠然とした立ち振る舞いはいいが、容姿は勇者に相応しくない平凡なもの。
いつまでも尋ね人として追いかけているシャラード神教の信徒の同類だから、どんな奴かと思えば拍子抜けだった。群衆に表情を綻ばせて見せ、仲間に女二人を侍らしている。
仲間の盗賊が勇者の腕を取り抱きしめていたときは、野郎どもの恨めしい視線が猛烈に突き刺さっていた。直ぐにするりと抜け出していたが、再びより頑固に拘束されていて血の涙が注ぐ。流石に不憫だった。
ともあれそんな攻撃的なものは極一部なので、全体的には勇者一行は好意的に受け入れられていた。聖女と盗賊は容姿端麗であるし、勇者も優しげな風貌で且つ武功を上げているので手を振れば歓声が上がる。
クレアは彼らを蕭やかに見ていた。表情からは何も読み取れなかったが、様子が変である原因とは違う気がする。少なくとも直接的に何かされたわけではない。
クレアの様子が変、より具体的に述べるとしたら挙動不審だと気づいたのは今朝からだ。
諜報関連で昨日仮眠をとっていたので「勇者の元に出向くのか?」と訊くと、「まだだよ」である。いつかは相対するつもりなのが気に障ってイライラが再発してくることはともかく、諜報活動の際に何か聞いたりしたのだろうか。独りで何事か呟いたり、キョロキョロと辺りを見渡している。
「情報屋の可能性は? あの方、以前も突発的に湧いてきたようですし」
「あの馴れ馴れしい奴か」
いつの間に関係を持っていたらしい、ウザさ全開のチビである。俺なんかよりクレア自身を知っていそうなのがとてつもなく気に食わない。ああ、マジでくそ腹立たしい。
なんで俺がこんなに焦れったい思いをしなくてはならないのか。よくよく考えれば、クレア自身がいけない。いつになったら隠していることを言うのか。
以前追及しないでやるとは言ったが、なかなかの苦痛である。俺が「なにやってんだよ」と訊けば「な、なにもしてないよ!」とはぐらかされるし、ほんと何なんだよあいつ。焦らすの好きすぎだろッ。
「でもそんなところ含めて好きなんだろう?」
本人のいないところで答えは出るはずもなく、又知ってそうなリュークも説明はするが言語が通じないので、再び一人の時間を過ごしていた。そんな考えに耽こんでいたときのに現れたのがサラマンダーである。
もう一方の契約する小精霊とは違い、サラマンダーは気ままに具現する。力が強すぎるのも玉に瑕だな。
「ふん」
「苦難な道を選ぶよね。まずあの子に恋愛感情を求めるのは酷だよ。今が大変な時期だから、恋にうつつを抜かしている暇はない! て感じ」
笑いながら言うあたり完全に他人事だ。
だから現状に甘えてんだろうが、と思いながら俺は人目のある所にでも行き、サラマンダーの冷やかしから避けようとする。
「外かい? いいね、僕も行く」
「……隠してやらねえからな」
「全く、つれないなあ」
と言いつつも、自分で勝手に死角に潜んでついてくる。やけに構ってくるな。
仕方なく人気の少ない道に移動すると、サラマンダーは先頭に躍り出て思うがままに進んでいく。
「ハルノートは安穏は好きかい?」
「なんだよ急に」
「いいからいいから。僕の退屈しのぎと思ってさ」
「お前は違いそうだな」
サラマンダーは口端を上げて、肯定を示す。俺も同意な考えなのは、一生を日々同じ時を繰り返すだけで終わってしまいそうな里に嫌気が差していた過去があるからだろう。
「そうかい」
共感されて嬉しそうにする様子は無邪気だ。くるりくるりと跳ね回り、そして行く方向を大きく転ずる。
「世の中はもっと鳴動すべきだよ。停滞や緩慢なんてつまらない」
薄暮冥々たる中、隘路を選んだサラマンダーの姿はより明瞭になる。灯なんかよりも鮮烈に炎で照らし、旭日のような眩しさが目を焼く。
「過激だな」
「精霊だからね。エルフの君も長生きするんだし、将来思うようになるよ」
「そんなもんか」
「そんなもんさ」
精霊の感覚だ。話半分に受け取っておく。
「だからね、君と契約して本当によかったよ」
姿が崩れ落ち、杳が満ちる。あまりの気まぐれさに溜息を溢していると、視界で誰かが横切った。フードを被り、顔を隠している。
ここで俺の直感が、その者を追いかけることに体を突き動かしていた。魔都で見たときの姿や纏う雰囲気が似ていたからだ。諜報活動中なのは知らされていたが、頭からすっぽり抜けていた。
だが、今このときは深くは考えず、「クレア」と呼び掛けた。ピタリと動きを止めて驚いている気配が伝わってくるが、それ以上は背を向けたままだ。
じれったい時間が幾ばくか流れ、ふと彼女はフードに手をかけた。パサリと落ち、その長い髪が現れる。予想外の姿がそこにはあった。
「黒髪……勇者?」
黒髪は異界人を表し、つまり勇者だ。だが勇者は男であるはずだし、振り向かれた顔の形象も異なる。
クレアではなく別人だったことに頭が混乱し、今度は俺が動きを止める番となっていた。
「……誰だ」
絞りだしたのは誰何だった。真っ先に思いついたのがそれだった。
「――静奈」
「セーナ?」
「うん」
それだけ言い去ろうとするので腕を動かし止めようとすると、相手から両手で包み取る。
「またね」
そう言われれば追えるはずない。
後には包まれた手の熱だけが残った。




