乱入する者 後編
ユレイナさんは歩ける程度には回復したのか、駆け寄り歓喜の声を上げた。
「お爺様! 助けに来てくれたの?」
「ユレイナ、今はおちおち語らう時間はない。が、覚悟はしておきなさい。お前は一線を越えてしまった。これが終え次第、処分を下す」
彼女は反駁するが、相手にされなかった。
呆然とする姿は同情を禁じ得ない。
だが、先程の私への執拗な意地を見た後だ。
報いが来たのだと淡白な感情も持ち合わせることになった。
「ウンディーネ、時間を稼げるか」
「まーね。でも短くよ」
「ああ。頼む」
おそらく、いや確実にそうである始原の精霊は海に干渉した。
潮がうねり、リヴァイアサンという巨体を浚う。
浜から追い出した手腕に見惚れていると、軽い咳払いで正気を戻す。
いつしか身近に来ていた老夫が挨拶を始めた。
「私はモアーヴルだ。今回は孫であるユレイナの不始末をつけに参上させてもらった。だから信用できぬとも、ただ静観してもらえるとありがたい」
それだけを告げ、背を向ける。
そしてウンディーネと二言交わし、絶大な魔法を繰り出した。
「ハルノート、あの方とは……」
「育ての親だ。間違っても敵じゃあねえ」
「なら心強いね」
「過去、勇者と共に魔王を討ち取った英雄だからな」
始原の精霊と契約し、空間魔法が転移の域に達している御仁だ。
魔力量も並々ならず、ただ者ではないと思っていたので納得する。
「でも、だからといって任せっきりにはできない」
私は戦場へ足を進める。
それを止めるのが彼だった。
「ジジイがやるっつってんだ。任せときゃあいいだろ。俺達は何もできなかったんだからな」
呑まれた精霊のことを言っているのだろう。
萎れた様子はとてもらしくない。
「怯えているの?」
「んな訳ねーだろ」
「なら、立ち止まってはいけないよ」
例え時間が経過し、小精霊の安否が望み薄だとしても。
「行こう。一緒に戦おう」
「……勝手に行動しといて、そう言うのかよ」
「お互い様でしょう。ほら、私達にもできることはあるのだから」
もう「行こう」の言はいらなかった。
ローブを翻す。
見たところ戦況は芳しくはない。かと言って悪くもないが。
モアーヴルさんが押してはいる。
だが、斃すにしろ追い返すにしろ、決定的な一撃を与えられず魔力を消費することになっていた。
私は初手に潮を凍らせる。
モアーヴルさんは潮を退けて立っているので必要ないだろうが、私達には足場として不可欠だ。
「助力します」
モアーヴルさんは眉を曇らす。
「私の不始末でもありますから」
「そのようなことはないだろうが……助かる」
「俺達も手伝うぞ」
「足場が安定しているなら、陽動ぐらいできるからな」
「バンヌさん、ルスイさん」
「ならば頼めるか。ウンディーネが海水を用いる戦法なので、全範囲の凍結はよして欲しい。いいだろうか」
「海に落ちることがなければいいぞ!」
「はい。全力で支援します」
「ジジイ。小精霊は……」
「あの子は吸収された」
ウンディーネが答えた。
「呑まれたときにはもう手遅れだった」
リュークの甲斐はなかったのか。
突如、肌が粟立つ。
ウンディーネの憤懣が伝播し、私にまで及んでいた。
「正直殺してやりたいところだけど。生態系が狂うのは得策ではないもの」
高波がリヴァイアサンを覆う。開戦の幕開けだ。
私は駆けるバンヌさんとルスイさんの足場を先んじて作っていく。
「お前は火を防げ」
そのときリヴァイアサンは潮から体躯を覗かせていた。
「口から火吹くとか、どんな化け物だ」
「魔物なんてそんなものだよ。一々深く考えても意味がない」
具現するサラマンダーが攻撃を打ち消す。
前線に躍り出ていたルスイさん達が余波を受け、何か叫んでいるが根性だ。どうか頑張って欲しい。
そして、バンヌさんが剣を振るう。
隙間なく並べられた鱗のせいで弾かれるが、叩きつけるような攻撃あってリヴァイアサンが軽く上がる。
あの巨体相手に通じるとは。なんて剛勇の持ち主だ。
ルスイさんはそのような力は持っていないが、身のこなしは軽やかでリヴァイアサンの視界の中を移動する。
見事に陽動を務めていた。
私はそんな二人を宣言通り支援する。
危ういときには風で強制回避させ、その場その場での連携は何とか形にはなっていた。
「これ、追い返すのですよね」
慢性的な状況から私は尋ねる。
「ああ。ウンディーネが一太刀浴びせて躍起にはなっているが」
「おい」
「私の眷属が消されたのよ。報いは絶対に受けさせる。だからもっと隙を作って」
おそらく追い返すだけなら簡単なのだろう。
モアーヴルさんは一考する。
「ならば動きを止めるか。ハルノート、空間魔法で敵を固定しなさい。私も合わせる」
「……なんで俺が空間魔法を使えるって知ってんだ。どんだけ監視してたんだよ」
「あれだけ里で練習しておけば気になりもなる。できるな」
「まあな。てか俺としてはジジイができることが意外だったが」
「お前より何十倍も生きている。おかしくはないだろう」
魔力が練られる。
私はそれに反応するリヴァイアサンに氷塊を浴びせた。
想像以上に堅い。傷一つつかなかった。
「盾にはなれそうにないです」
「十分だ。注意は引いている」
ハルノートが集中して詠唱するのに対し、モアーヴルさんは余裕があった。
魔力が多い種族故に長きを生きるエルフだ。
歴代勇者の仲間なのだから経験も豊富だろう。
話が聞きたい。
勇者はどんな方だったのか。
その時代の魔王は理性より本能が強かったのか。
どんな旅路を送ったのか。
「ハッ、やってやったぞ」
魔法が完成する。
だが、二人がかりであっても巨体の動きを封じるには足りたい。
リヴァイアサンが暴れ解こうとし、潮が荒れる。
バンヌさんとルスイさんが避難した、そんな手が空いた間に私は唱えた。
「――拘引せし支配」
重力魔法だ。海水に沈む程の威力は空間魔法の兼ね合いがあり出していないが、リヴァイアサンの動きが更に少なくなれば十分である。
これで準備は整った。
「さあ、報いを受けなさい」
海が轟く。潮の激流がリヴァイアサンを打ち付け、呑み込み、呑み込ませ、高所から叩き落とす。
安らぎの時間を与えない。有らん限りの攻撃だった。
しぶきが降り注ぐ。渦が巻く。津波が迫る。
「ちょっと待ってちょっと待って!?」
「やべえッ。俺らも呑まれるぞ!」
「ウンディーネったら見境ないなあ。よっぽど頭に来てると見た」
「んなこと言ってる場合じゃねえぞ!? ジジイなんとかしろ!」
「おそらく大丈夫だろう。おそらくな」
「信用なんねえッ」
だが、モアーヴルさんの言う通りになった。
津波はぎりぎりのとおりで止まり、逆再生のように戻っていく。
そしてリヴァイアサンの攻撃に使われた。
無駄がない魔法だ。意のままに水を操るウンディーネは流石始原の精霊に相応しかった。
「次同じことをしたら容赦しない。一生顔を合わせることがないよう、今までのように大人しく生きていくことね」
猛攻が収まったところで、ウンディーネが警告する。
リヴァイアサンは魔力の波動を受け、その意味が伝わったようだ。
遠海へ帰っていく。
傷はないがよっぽど痛め付けられたので、しめやかな様相だった。




