乱入する者 前編
「いきなりそんなこと言われても……っ」
小精霊による暴走又は自壊の予見。
私は場に目を走らせる。
ユレイナさんと対峙していた私が一番近い。
といっても止めるにはどうすればいいのだ。
魔力供給線は契約の紐帯を使用してのことだから、外部からは絶ちきれない。
水玉を氷結させるか。
検案している暇はないと、準備済みであった魔法を放つ。
だが、状況を覆す力はなかった。
塩分を含むせいか、凍てつく速度が遅い。
しかもその端から精霊が抵抗し、氷結部分を呑み込んでしまう。
魔法に手を出すのは駄目だ。
精霊がより一層力を強め、より予見が現実になる。
私は一か八か駆ける。
水玉は迫撃しなかった。もうそこまで操作ができないでいる。
私はユレイナさんに詰める。
「魔法を中断して!」
「だ、れが、そんなこと……」
「私は貴方と精霊の為に言ってるの! 危険なのはユレイナさんが一番よく分かっているでしょう!?」
「は、それはお前ではないの? 私はまだ、やれるわっ」
「いい加減にしてッ」
ユレイナさんを押し倒し、一瞬で構築した氷柱状の切っ先を向ける。
そして眼前の真横に突き刺した。
「私はいつでも決着はつけれた。ここまで長引いたのは、貴方が満足するまで付き合っただけ。分かったなら、今すぐに魔法の中断を」
「……もう、無理よ」
理由は直ぐに判明した。頭上に水玉がある。
私は身体強化し、ユレイナさんを横に投げ飛ばす。
遅れながら自分自身も避難し、注視した。
水玉は波立ち、不安定な状態だった。
動きは鈍い。私を狙っているにしても、歩みよりも遅かった。
「後はお前にぶつけるだけ! 解除はしないわ」
「ユレイナ!」
「ハルノート、説得は無駄だよ。解除するしないの話じゃない。できないんだ。……ああ、可哀想に」
サラマンダーの最後の言葉は水の精霊に送られた。
光の点滅が激しい。
私でも分かる。これは苦しんでいるのだ。
「下がっていて。私は魔法を受ける。巻き込まれるよ」
「水死体になるつもりか?」
「まさか。一刻も速く終わらせる為にするの」
風で何度も吹き飛ばせば、例え離散した水が再び集合しようとも酸素は確保できるだろう。
そして少しずつでも氷結させていけば、暴走は他に及びはしないはずだ。
「待てっクレディア!」
「代案があるなら聞く。ないなら手出ししないで」
もう精霊を見ていられない。
魔低級魔法を数多く揃え、水の護符を取り出す。
継続性のない効果だ。自分でタイミングを計る為に手で握りしめ、水玉に飛び込む。
その直前、異変は起こった。
最初は潮騒。次に地面の揺れ。
その場の誰もがその発生源を見た。
何かが迫って来ている。
キシシェさんの喚起を想起する。
あの怪物の名は確か、
「――リヴァイアサン」
それは割れるような怒号で威嚇した。
深間ではないところまで進出しているので、全体像が見える。
大きくて強い。チルンの言う通りだ。
圧倒的で人の手に及ばないような怪物には、それだけで事足りる。
あまりの巨体さは力を伝えるに十分だ。
「逃げろ!」
ルスイさんが叫ぶ。
バンヌさんはへたり込むユレイナさんを連れ、退避する。
私とハルノートは身動きできぬ水の精霊をどうにかしようとその場に留まるが、何もできぬままリヴァイアサンと対峙することになった。
怒濤の大波が襲いかかる。
浚われそうになるのを、水の護符で守られていたときには怪物は大口を開けていた。
きっと目当ては魔力を含んだ水玉だった。
魔物は魔力を生きる糧とすることは知れている。
だから今回問題にするのは、水玉の側に精霊が浮遊していたことだ。
「私の精霊が!」
悲痛の声が甲走る。
私はどうすることもできない。
手持ちの低級魔法では焼け石に水なのは悟っていた。
だからリュークの行動は思わぬことだった。
「ガウーッ!」
リュークが水の精霊の元に飛び込む。
掴みもうとしたのだろう。だが、精霊は触れられない存在。
透け抜けてしまい、リュークは代わりにと魔法を発動させた。
植物は触れられる対象だったようで、包み込むようにして保護する。
それが最後だった。
大口は閉じられ、薄く口内を覗かせる。
そこには精霊を囲う植物の姿さえも残っていなかった。
「……どうなったんだ」
「分からない。ここからでは魔物の内部は見れない」
「リュークっ」
ハルノートのサラマンダーとの会話を置き去りに、小龍に駆け寄る。
出血はしていない。だが、受け身を取れなかったようだ。
落ちてしまった先が砂浜とはいえ、体勢が悪ければ体は痛めてしまう。
「主!」
「ロイ、リュークの治療をお願い。私はリヴァイアサンをなんとかする」
「はい。どうか、ご武運を」
去っていくのを後目に、かの怪物を見据える。
ロイにはああ言ったが、例えこの場にいる者が力を貸したとしても人手が足りない。
斃すとして私が火力を務めるとしても、陽動が数人では無理だ。
しめやかにもリヴァイアサンは満足していない様子。まだ暴れだしていないのが救いだった。
「どうするんだ」
ユレイナさんはロイに預けてきたようで、バンヌさんも集い話し合う。
「水の精霊を救いたい」
「生きてるかどうか分からないのにか?」
「……精霊は俺らエルフにとって崇敬の対象なんだ」
「それで被害が拡大したら、もとの子もない?ぞ」
「じゃあ見放せって言うのか!」
「そうだ! お前の大事な女を死なせてもいいなら一考してやるが、そうじゃないだろう」
集う者全員から一瞥される。
え、私か。死ぬような事をさせられるの?
ハルノートは唇を噛み締め、唸る。
お前の大事な女という表現が気になる私のような余裕はない。
私も死にたくはないので、何か案を考える。
リヴァイアサンはその場で身動ぎするだけで、粛然としている。
やって来た当初の興奮は冷めていた。
精霊を救うことを除外すれば、ただ帰すだけならなんとかなる。
私自身の魔力で遠海へと誘導すればいいのだ。
定期的に魔力を与え、生身を食べられないようにすれば。
他には案は思い付かない。
だが、ハルノートは納得するだろうか。
彼は精霊を信仰まではしていないが、隣人愛のような感情を持っている。
垣間見た程度しか知らぬが、それだけでも力を借りた後の労り、心配、慈しみ、親愛と様々だ。
そんな彼に精霊を捨てられるのか。
依然具現したままのサラマンダーは、ハルノートをじっと見ていた。
憂いの表情だ。私は言い得ぬ想いを心に占めることになる。
そんなときリヴァイアサンが動いた。
身を捩り、咆哮して威嚇する。
それは私達に対してではなかった。
宙が捻じ曲がっていた。
見たことはなかったが、知識から何かは分かった。
空間魔法だ。誰かが転移してくる。
その者は老夫だった。
脚を不自由にしているのか杖をついている。
だが眼光炯々からか、気概ある印象を受けた。
「ジジイ!?」
「お爺様!?」
私はその言葉により、尖った耳と高齢であっても眉目秀麗な顔立ちを確認する。
祖父であるというその方は、人の姿を型どった精霊を連れ「全てを見ていた」と発した。




