諜報指導
「全てを仰らなくともよいのです」
小さな従者は先導しながら語る。
それはハルノートとは反対の言だった。
「全てを知らずとも助力できます。主は御心のままに行動して下さい」
一例であるカンテラは既に仕舞われていた。
ユレイナさんを危惧し、ハルノートを呼び出す為にサラマンダーとの連絡手段を準備していたのだ。
「ロイはそれでいいの?」
「はい。勿論忌憚ないのでしたら仰って欲しいですけど」
本心だろう。
ロイの慕情は信頼できる。ここで慰めの嘘をつくはずがない。
「今はただ、ご自身のことだけに集中を。ハルノートなんぞの行動は深い意味なんてないので、忘れた方がよろしいかと」
「う、うん」
言い当てられ、動揺する。
そうだよね。今迄だって手を引っ張ったりあったのだ。
あのぐらいハルノートには何ともない。
勝手に一人悶えていても、恥ずかしいだけだ。
それでも熱が集まったままの顔なので、俯いて隠す。
リュークがひんやりする体で擦り寄るが、暫くの間は熱は冷めなかった。
*
私は何度も確認した身なりを整えた。
そうして宿の扉を開け、飛び込んできた双子を難なく抱える。
「違う!」
「男の子だ」
帽子を引っ手繰ってまで至るところを観察される。
冒険者の私が子連れの獣人と共にいては不自然。そんな訳で、私は変装していたからだ。
昔より闇魔法は上達しているので、色だけでなく存在さえも偽装している。
髪はバッサリと短く、目は切れ長に。
そんな頭部を中心として男――背の関係上少年を理想として寄せていた。
色だけでも雰囲気は変わる。
揃えた衣服もあり、かなり上出来ではないだろうか。
「驚いた。一目見たとき本人ではない程度に仕上げてくるとは思っていたが、まさかここまでとはな」
「警戒すべき者がこの町にいるので。性別まで変えたので、大丈夫ですよね?」
「声も若干低くしているんだな」
「はい」
「そうだな……。声含め、問題ないだろう。あえて言うならば、前髪を目にかかる程度に長くすれば尚良い。魔力消費量は平気か」
「はい。この程度なら減った側から回復しますので」
「そうか。貴女には愚問だったな」
だが、男装の調整に手間取ることになった。
次からは楽できるよう、新たな偽装の魔道具の図案を浮かべながらちょいちょいと前髪を触る。
視界に髪が映るのは慣れなかった。
短いと良くない理由は何だろうか。
疑問は双子が「すごー!」「カッコいい」と言いながらも頬をつねることで、どこかに飛んでいってしまう。
力が弱いにしろ、引っ張ってくるので微妙痛い。
ろくに喋れない上抱えてる弊害でどうにもできないでいると、キシシェさんが救ってくれる。
「すまんな。チルン、フラン。どうすればいいか分かるな」
「「ごめんなさい」」
「うん。次からは気を付けてね」
「怒ってない?」
「全然。もう謝ってくれたからね」
安心させるよう微笑む。
この子達には親がいない。
だからこそ魔王様が庇護し、彼女達自身の意見を尊重し諜報任務についている。
魔国では大勢の者がいるが、今ここには私とキシシェさんしかいない。
叱る面も含め愛情を注いでいかなければ、と使命に駆られながら、健康に成長して欲しいと希求した。
「まずは簡単に説明する」
キシシェさんが開口する。
「基本的には社会情勢の収集だ。銘々の土地にて民衆の動向や物の流れから異変があったら、いち速く察知することを目的としている。といっても、人手の少なさはご存知の通りだ。応援要請に駆り出される多く、実際は臨時班のような位置付けになっている」
私が配属されたということで、よりその意味合いは強くなるだろうとのこと。
勇者の事に当たると事前に聞いていたことを伝えると、キシシェさんの「……そうか」という反応に対し、「うおー!」「頑張る」と双子はぶんぶんと魔法の杖を振り回す程のやる気だった。
言わずともキシシェさんの心配は分かった。
「まあ、元より一週間以内には移動することにはなっていたからな」
「では、ユレイナさんは……」
「ああ。もう勇者とは切れていると判断した」
心内で安心する。
だが、尋ね人であることを知られたことを思い出し、告げない訳にもいかず告白する。
「ならば暫く様子見になるな」
「すみません」
「不可抗力だろう。それに事情持ちなのは分かっていた。話し合いで解決はできそうか?」
「……難しいですね」
「だろうな。見てた限り、あれは話が通じん。慈愛で知られる聖女が追い出したぐらいだからな」
「初耳です。てっきり勇者が追放したかと」
「かつてから意見の相違が激しかったらしくてな。この町までよく持ったものだ。エルフの姫でなかったら、とっくの昔に乖離していただろう」
「姫、」
「ああ。どうやら長老の孫娘らしい。ユレイナ自身の吹聴だが、勇者一行は否定しなかったから事実なはずだ――どうした、チルン」
「お話まだ? 速くお外行こ!」
「そうだな。後は追い追い説明することにして、町を見回るか」
共に宿から出るのは不自然がられるので外にて再集合し、物の見方を教えてもらいながら巡り歩く。
目や耳を欹てるのは魔物相手で慣れていたが、不自然でないようにするのが難しい。
「一通り調べはつけているから、気負わなくていいぞ。あの双子程お気楽にしろとは言わんが」
チルンとフランは瞳を輝かせ、「あれカッコいい!」「欲しい」と好きなように露店を見回している。
繋いでいる手を離せば販売されている玩具に向かってしまうのは想像に容易い。
「何か買ってあげたりとかは?」
「もう十分にしてある。だが食べ物ぐらいはいいか……」
「ほんと!?」
「あれ食べたい」
「どれだ?」
「足いっぱいあるの」
「……ゲテモノ料理か」
渋りつつキシシェさんは購入する。
それはイカ焼きに似ており、抵抗感がない私は食する。
「物好きだな」
「歯ごたえあって美味しいですよ」
「うまーっ!」
「キシェも食べる」
「いや……俺はいい」
港町独特の雰囲気は新鮮だった。
叉人目を引くからとリュークもいない、常とは違う一同だ。
ハルノートと合わせる顔はない状況だが、落ち着いたら皆とも来たいと思う。
仲間の縁は切れないと分かっての考えだ。こんな贅沢にいつか当然だと溺れてしまいそうで少し怖い。
「ここは要衝だ」
埠頭に並ぶ船舶を眺めていた。
「海を挟み様々な品の交易を為している。嗜好品等が輸入され需要はあるようだが、以前よりも減少傾向だ。代わりに増えたのが……」
その言葉を連想し、揚げ下ろしされる貨物の用途が自分の中で変化を起こす。
木箱から擦れる金属音や大量の食料、縄で繋がれる男を占める集団。
民衆でなく、国や諸侯が買い取るのだろう。
「軍事品ですか」
「ああ」
潜めた声量は直ぐに喧騒に消える。
ウォーデン王国では人さえも奴隷として品に括われてしまう。
奴隷の首輪のような魔道具があれば、拒否権なく戦場にさえも連れていかれるのだ。
そうでなくとも、各所で重労働を課せられるだろう。
田畑や鉱山、輸送手段、性の発散として、苦渋を受けることになる。
「また戦争が起きますか」
「気配はある。だがそうならないように、そうなったときに備えるのが今の俺達の役目だ」
諜報活動の指導が終えた後、情報屋の口約を果たし次の日を迎える。
そしてハルノートと微妙な雰囲気になりながらも冒険者ギルドに出向いたとき、ギルド員から手紙を受け取った。
「何だろう」
「緊急依頼ではなさそうですが」
「宛名が『龍使いの魔法使い』になってんぞ。差出人は『いつかの騎士』?」
「……あっ。そっか、あのときの」
ようやく繋がった。
一人納得したことに対し不満げな気配を察知し「私事だから」と下手に誤魔化し、内容を読み通す。
それは呼び出しの手紙だった。




