諍い 後編
人を貶め優越感に浸るのは、そんなに楽しいのだろうか。
己の美貌を語るユレイナさんに堪え兼ね、冷ややかなな視線を向けた頃。控えていたロイがずいと前に出た。
「今すぐその口を閉じてください。あまりに荒唐無稽。特に主がハルノートを誘惑したことなど、それは貴方自身の体験話でしょうに。自ら恥辱を晒す性癖でもあるのですか?」
私は瞠目する。とてつもなく煽った言葉だ。
「ロ、ロイ!?」とあわあわとする私に、振り返った彼女は「お任せください、主」とにっこりする。目は笑っていなかった。
「お前、急に何? メイドなら下がっていなさいよ」
「いいえ、だからこそです。無礼者には従者が対応すべきですから。先程の話に戻りますが、ほぼ初対面の相手には止めた方がいいですよ。まあ、語れる友人が貴方にいるとは思えませんが」
「無礼なのはお前の方じゃない。私が変態で友人がいないような物言い止めてくれない? ずけずけと烏滸がましいわね」
「その言葉は自らを顧みてから仰って下さい。ハルノートに振られた腹癒せをこちらに向けられても迷惑です」
「ふうん? そう言えば、お前もあいつのパーティーメンバーになるのよね」
「……すぐ話がずれますね。この阿婆擦れ女が」
ロイの口から毒々しい言葉が出た気がする。また空耳かな?
兎にも角にも、凄まじい舌戦に私は現実逃避する。
だが視界にリュークがカンテラを持っているのを見て、直ぐに引き戻されることになった。
問うとロイが宙で持っていてと頼まれたらしい。
昼間なので炎を灯す必要はないはずだが、と疑問が深まる。
その間にも二人の諍いは止まっていない。
「お前、ハルノートとその女、どっちに仕えているの?」
「私があの男なんかに仕えるはずありません」
「そう。あいつ、ロリコンかと思ったけど違うわよね」
「そう、ですね」
「……何よ。本当なの?」
「疑惑はあります。発情はしませんでしたし、単に魅力に惹かれただけかもしれませんが。ですが少なくとも、貴方の幼女姿では靡きはしませんよ。内面があまりに醜いですから」
「それは僻み? 私は昔からモテるのよ。美的感覚が可笑しいお前には分からないようだけど」
ハルノートの名誉が損なわれる代わりに舌戦は鳴りをひそめたが、どちらも喧嘩を売るので一時だけだった。
そう言えば、オルガにもロリコンだって言われていたなあ。
諍いが白熱するにつれ、私は更に思考に潜っていく。
興味ないと言ってたのは嘘だったのか、ロイが疑惑を抱いていることからするに狙われていたのか、でもよく喧嘩する仲だし、照れ隠しの可能性はある、美女の誘いに乗らないよな、まさか本当に? いや決めつけるのはよくないそれに人の好みは千差万別、犯罪に触れない限り私は受け入れる覚悟をしておけばいいだけだ。
整理がついた。すっきりとした心地が手伝い、私は謗り合戦に割り込むことを決意する。
最高潮に達する諍いの最中でも、ロイはそんな私に気が付いた。
閉口したのを区切りとし、私はユレイナさんに対峙する。
彼女は私より先に物申した。
「――ねえ、私知っているのよ。お前は例の尋ね人でしょう」
用意していた言葉が出ず、息だけが漏れた。
元勇者一行だった者だ、知っていても不思議はない。
一拍置いて、今度こそ私は開口する。
「尋ね人? 何のことですか?」
「惚けるの? もうお前しかいないって話よ。全ての特徴に合う中で捕らえられていないのは、そこの龍を連れたお前だけ」
「捕らえるとは不穏な話ですね」
「それ程までに躍起なって探しているのよ。お前になんの価値があるかは知らないけど、勇者までご執心になってね」
そんなことは言われなくとも既に知っていた。
魔王様から、スノエおばあちゃんやワットスキバー様からの手紙から。一部の特徴に合致するだけでエリスが連れ去られそうになったこと、少女の失踪が相次いだこと。
私が魔国でのうのうと暮らしていた間に、無関係な者が不幸になった。
「名乗りでないの? 宣教師を殺した引け目が理由なら平気よ。その者に不手際があったからって、迎え入れるつもりらしいから」
「ユレイナさんには関係ない話でしょう」
「あるわ。だってそしたらハルノートは用済みでしょう? お古なのは気に食わないけど、あいつは容姿や能力はいいから私が貰ってあげる」
「……なぜ、そうなるのですか」
「お前、欲張りね。そこのメイドはいらないけどハルノートぐらい譲ったら? ああ、そうそう、奴等は厚待遇で受け入れるらしいわよ。ハルノートに拘らずとも、好きな男を見繕えるわ。これで不安はないわよね」
「私が言いたいのは、そういうことじゃない!」
もう堪えきれなかった。怒りが一定の線を越え、爆発する。
先程もそうがもう一度思う。
ユレイナさんのことが苦手だ。明け透けに言えば嫌いである。
相性が合わない。考えが理解できない。したくない。
多分、最初の出会いからそうだった。
人を人と扱わない言葉、ハルノートをパーティーに誘ったときなど特に。
そのときから私は対抗心まで燻らせ、良い感情を持っていなかった。
「なぜそんなにも他人を思いやる気持ちがないの!? ハルノートの意思は? なぜ他人の行動を勝手に決めるの!?」
「ハッ。とうとう化けの皮が剥がれたわね」
「今は私のことは関係ない!」
「関係あるわよ! ハルノートを離したくないからって、この気違い女! 急に切れんじゃないわよ!」
「っ!」
ドンッと体を押された。年齢から来る力の差から体勢を崩し、よろめいてしまう。
そんな私を誰かが受け止めた。
肩を支えられ、しっかりと立たせててくれるのでロイではない。見ればそこにいたのはハルノートだった。
聞かれた。
冷水を浴びせられ、頭が真っ白になる。
「あの、これはその、違う」との譫言は「下がってろ」の一言で止められた。
そしてカンテラ内の炎がサラマンダーになっていることに気付き、私はハルノートがこの場に来た所以を察した。
「まさかクレディアがあんなに勇ましいとはね」
「うぅ、忘れて下さい……」
「無理だね。後ごめんよ、ハルノートに言われて一部始終見せてしまった」
「そんな……」
ふらりと足場が覚束無くなる。
ロイが「主、しっかり! 大丈夫です、とてもかっこよかったです!」と慰めるが本当か。疑心に囚われてしまう。
ショックを受けている間にハルノートは話を終えていた。
腕を引っ張られるまま、その場を去る。
「お前がよく分かんねえ」
その呟きで私は足を止めた。彼の手はするりと離れた。
「まだ何も話してくれねえのか?」
懇願みたいだ。
気のせいだろうか。どちらにしてもまだ私には無理だ。
「私もハルノートのこと分からないよ」
私はもっと指摘する。
「良かったね。私達、対等だよ」
それが望みだったのだろう。
突き放した言葉に、彼はつかつかと私に歩みを進める。
自分からしたことなのに、私はびくりと怯えた。
「……なんつー顔してんだ」
痛みはない。手が頬に添えられる感覚はあった。
「全部知りてえって思うのは、俺の我が儘か?」
肩に重みが乗る。ハルノートのさらりとした髪が肌に触れた。
なに、これ。どういうこと?
硬直する私に対し、彼はよい角度をあぐねているのか身動きした。
それがくすぐったく、同時に恥ずかしい。
石像と化した私に救いをもたらしたのはロイだった。
ハルノートだけを足蹴にし、吹っ飛ばす。
そして呻く彼を踏み潰すことで追撃しながら、苛立ち混ざりの声で告げた。
「あのですね、私は今猛烈に沸点が低いのです。心の内を直ぐ言葉にしてしまう癖は知っていますが、秘める努力ぐらいしたらどうかって思うのですよ。ええほんと、今でなく後でいいでしょうが。よりにもよってこの時期。主の母君やウル様に頼まれたでしょう。ああ貴方はウル様だけでしたか。まあ何にせよ、これ以上主を迷わす要因を増やすんなら、さっきの女のところにでも消え失せろッ、です!」




