仲間を誘う者
「それではよい旅を。クレディア、無理せず頑張ってくださいね」
人目につかない場所に降り立つと、ウルさんはそう言い残し同僚の方と飛び去っていた。
そう。私達は目的地に到着したのである。
「何か独特の匂いがします」
ロイがスンっと嗅ぎ、とある方向を指差す。
磯の香りを目指し、誰と言わず歩いていた。
そう遠くないのは空から俯瞰したときに分かっていた。
群青が見えたとき、歓喜極まってリュークが飛び出していた。
ロイはうずうずと、それでも思い留まっていたから「行こう!」と私は手を引っ張って駆ける。
群青は地平線にあり、手前にいくにつれて透き通った水色になっていた。
日を浴びて細波はどこもかしこも燦々として反射している。
地面はいつのまにか砂浜に変わっていて、足が縺れながらも跡をたくさんつけた。
「これが、海」
波音に負けない声でロイが呟いた。
「初めて?」
「はい」
「内陸部だったもんね。ハルノートは?」
「俺もだ。……クレアはあったんだな」
分かるものなんだな、と察しがよいハルノートに感嘆する。
「一度だけね」
前身でのことだ。
もう何十年も昔のことで、褪せていた色がこの世界に影響して塗り替えられていく。
「……綺麗」
この世界でも変わらない。
胸に答えるものがあり、暫くその情感に浸る。
皆そろって佇立し、眺めるだけなのはおかしなことだ前身の感覚で思うが、海には魔物がいる。海水浴は自殺行為だ。
そんな美しさの反面、魔物の無情さに傷んでいるときだった。
「お前達のせいよッ!」
甲高い女性の声が、余韻も残さず思考を奪う。
「……何だろう」
「痴情のもつれですかね?」
女性一人に男性二人の組み合わせだった。
遠方である私達の元まで聴こえた逆上は、年若い彼等のこともありロイの考えが合っているように見える。
私は他人事且つ三人とも武装していることもあり、これから行く町には冒険者ギルドはあるのかなあと別の思考に移っていた。
そんな呑気なことであるから、視界に入るハルノートの様子を見て驚いた。
体を強張らせ、瞠目していた。
その視線の先は今なお連鎖のごとく言葉を吐く女性だ。
「ハルノート?」
彼は一瞬体を揺らし、気遣わしげな私を認識する。
「……行くぞ。もう海は十分だろ」
背を向け、早足でその場を後にしようとする。
私は彼の様子がおかしくなった、明らかな原因の女性を観察した。
そしてハルノートと彼女の共通点が見つかる。
エルフだ。長く先の尖った耳はその種族を表している。
知り合いなのだろうか。
ハルノートの横顔を窺うと、口を強く結んでいる。
私はロイやリュークと顔を合わせ、無言の相槌を打つ。
そんなとき、一際通る甲高い声が聴こえた。
今度は明確な意志をもって届けられたものだった。
「あら? ハルノートじゃない」
彼は無視した。
だが、駆けてくる女性には早足であっても当然追い付かれ、対応せざることになった。
「ねえ、無視するなんて酷いじゃない。私達の間柄でしょう?」
「テメエとは同郷なだけだ。それ以上の関係はねえ」
「ほんと、つれない人ね。私が話しかけてあげてるのに」
関係が分からなかった。
ハルノートが女性を歓迎していないこと、それでも親しげに話しかける彼女、ポツンと取り残されることになった遠方の男性二人。
眺めるしかできないでいる私とは違い、男性二人は女性に対して開口した。
「ユレイナ、結局どうするんだ? 腹減ったし、もう勝手にしていいか?」
「勝手にするのは許さないわ。そこで待っていなさい」
「直ぐ終わるのか?」
「そんなの知らないわよ。お前達は黙って『待て』もできないの?」
「でも俺、腹が――――」
「バンヌ、口を閉じろ。話がややこしくするな」
情緒が交わない会話をして、男性二人が下がっていく。
その途中、バンヌと呼んでいた男がじいっと凝視してきた。
それは私だけでなくリューク、そしてロイもだ。
どこかで見たことがあるようなのは気のせいだろうか。
同業の雰囲気がするので、どこかですれ違った場合はある。
朗らかで大柄のバンヌさんと玲瓏で細身の彼は印象に残りやすい組み合わせだ。
「……主、どうしますか」
ハルノートとユレイナさんがあれやこれやと言い合っていると、ロイがこっそりと尋ねてくる。
「うーん。話は収束しなさそうだけど、私達が割り込んでも逆効果な感じがするからね」
それに男二人の行いが無意味なことになってしまう。
「先に町へと出発しますか?」
「それは止めておこう。そう強くない魔物は出現しないとは聞いてるけど、見慣れない種類がいるだろうし。ハルノートのことだから大丈夫だと思うけど」
「では待ちますか。おそらくそう長くはしないでしょう。……あの方、女性関係のいざこざはなんとかならないのですかね」
「結構引き起こしてるよね」
眉目秀麗な容姿から女性に惹かれ、断るとしても卒なく応対すればいいのに、口の悪さを発揮してよく事を荒立てている。
今回もそんな感じなのだろうか。
だが、女性の方も中々の専横な性格である。
「――――でしょう。名案じゃない?」
「ふざけんなッ。何寝惚けたこと言ってやがる」
話は白熱していた。
思考に耽っていたので何を言われたのかは分からないが、ハルノートが女性関係でここまで激情的になるのは珍しい。
彼が関わることになっても、私にはまだ他人事だった。
よく起こることではないが、またかと安易に捉えていた。
だから、次のユレイナさんの言葉には衝撃を受けた。
「私のパーティーに入れてあげるのよ? お前のような者にはとっても光栄じゃない」
ハルノートがパーティーに誘われている。
頭が一旦停止し、もう一度その意味を理解すると「あの、」と私は口を開いていた。
話に割り込んでしまったことに気付きハッとするが、もう手遅れだ。
口論していた二人は私に意識を向けてしまっている。
「だあれ? お前」
「……私、ハルノートとパーティーを組んでいる者です。だから、その……」
「そういうことだ」
我が儘だって分かってるから、最後まで言葉にできなかった。
だが、ハルノートが言葉を重ねる。私が欲しい言葉をくれる。
「お前とは組まねえよ。あの二人組だけで満足しとけ」
ハルノートが今度こそ去っていくのをユレイナさんは止めなかった。
私は後ろを付いていき、そしてちらりと振り返る。
ユレイナさんは目尻を吊り上げ、私を睨んでいた。




