勇者が魔王を倒しにいく物語
日が赤くなり、空の旅は一時中断となって地上に降り立っていた。
そこでは顔色を悪くしたロイが呻いている。
私は薬草を水で煎じ、煮詰めたものを気遣わしげに手渡す。
ロイはその独特の匂いに顔を歪めるも仰ぎ、そしてぽてんと横に倒れた。
「死んだか?」
「失礼な。薬を飲ませただけなのに」
私の料理下手を知るハルノートがからかってくる。
ただロイは優れた嗅覚により、独特な匂いのする薬で意識がやられただけである。
およそ三年間、薬師のスノエさんの元で私は調合の技術は学んでいるのだ。
料理のようにオリジナリティを利かせるような、薬の調合はしていない。一歩間違えれば毒になり得る。
「ロイは大丈夫そうですか?」
「一晩休めば空酔いは治ると思います。明日はまた頑張ってもらうことになりそうですけど」
ウルさんは空の道程により体調を崩したロイに対しておろおろする。
「すみません。私がもう少し揺れをなくせたら良かったのですが……」
項垂れるウルさんだが、私からしたら最低限の揺れで収まっていたと思う。
彼女は筋力ある下肢で巨大な籠に入った私達を運んだのだが、やはり魔国と人国間には空でも魔物は多く存在し、襲撃されることになった。
魔法で撃退するが、一番に物を言うものはその場をさっさと過ぎ去ることだ。
縦や横に揺れることは想定済みだったので事前に酔い止めの魔法をかけてはいたが、効果を上回る体調の悪さになったのがロイである。
恐らく空酔い以外にも気圧変化が影響したのだろう。
私は横たわり魘されているロイの額に濡れた布を置き、安静にさせる。
その間にも野営の準備は着々と進んでおり、私も魔物対策で結界や焚き火の調節を手伝った。
夕餉ができた頃にはロイの顔色は良くなっていた。
全員で食を囲み、ウルさんが次のことを尋ねる。
「魔国はどうでしたか?」
「他国とはかなり気色が違ったな。特に思潮だ。あいつら、俺を鍛練場に引き摺ってまで戦闘したがる」
「でも魔物狩りには進んでよく行ってたね」
「弓を使えたからな。競いあって狩猟すんのは楽しかった」
「皆様人が良かったですからね。好戦的が気性の荒さに同じではありませんでしたし」
二人の言葉を聞き、ウルさんは笑みを浮かべた。
「その言葉を聞けて良かったです。私達魔族は存在自体から忌み嫌われますから」
ウルさんの同僚の方も含め、昏いの表情となった。
そして、訥々と魔族について語る。
「私達はこうして諜報員を人国へと運ぶ任務をしているのでよく実感するのです。空を飛べば指をさされ、そして嫌悪される。理性なき魔物と扱われるのです。もしくは、それ以上に。私は襲いかかる素振りもしていないのに」
「……鳥人と間違われることはないのですか? ウルさんの場合、人目見て魔族だと分かる見目でないと思いますが」
「ハーピーの見目はよく知られているのです。多くの一族の者が出兵しましたから」
目を伏せ、グッと堪えた様子となる。
彼女の一族は魔王様へと深い忠誠心と戦闘力を持っており、志願兵が多かったと聞いたことがある。
それに相対して死亡者が多かったことも。
「嫌悪の原因が直せるものでしたら良かったのですが。命の源である魔石は失えませんし、見目や過去は変えられない」
魔石はエネルギー源となる魔力の他に負の要素が混ざっている。
負の要素とは曖昧な表現だが、人を襲うという魔物の狂暴性に繋がるとされているものだ。
それ故に魔石を持つ魔物は勿論、魔族は嫌悪される。
感覚が鋭い者は例え人族と同様の姿であっても、対峙すれば魔族だと判別できるそうだ。
母がその一人である。私は魔力探知をすればできる程度だ。
「実は、必ずしも魔族への認識は誤っていないのですよ。魔族は狂暴で残酷という時期がありました。御伽噺として聞いたことありませんか? 例えば……そうですね、勇者が魔王を倒しにいく物語」
「勇者、」
思わず呟いてしまった単語に、ウルさんは私を見て瞬きをした。
「そちらに興味がいきましたか。てっきり魔王の方かと思っていました。ああ、この場合の魔王と勇者は歴代の方です」
「はい、知っています。過去、絵本で読んだことがありますから」
確かリュークと出会った頃の気がする。
話の中に成体である同族の龍が登場し、絵と同じ子だと思ったのだ。
そんな内心の考えに、リュークがなあに? と反応する。
昔を思い出していただけだよ、と契約の繋がりを通して答えていると、ハルノートとロイも既知だと確認が終えていた。
ここから先は絵本では述べられなかった部分の、私の知らぬ話だった。
ウルさんの同僚の方は驚くことなく、時々頷きながら聞いていたので調べれば分かる情報だったのだろう。
とことん私は自分と勇者を関連付けたくなかったのだな、と思い知ることになった。
「遥か昔、魔族がまだ理性より本能に縛られれているときのことです。魔物と同じように人を襲う魔族は絶頂期で、人を郷里から追いやる程の力を持っていました。
君臨する魔王は魔族だけでなく魔物さえも従えます。大陸中の敵対する者全てを殺戮する程の勢力。最も力の弱い種族である人族は異界に助けを求めました。所謂、初代勇者です。
勇者は魔族が蔓延る闇を斬り払う光で、異種族含め希望の星となりました。絶大な力で最強の種族である龍さえも味方につけ、最終的に魔王を斃します。ですがその戦いにより深い傷を負った勇者は長く生きられず、死した後魔族が隆盛を取り戻し、再び勇者を招く。
これを幾度となく繰り返し、現在に至ります」
これが魔族に伝わる史上だった。
どちらに傾向することなく述べられている。
「今の魔族とは完全に立場が逆だな」
「そうですね。かつては今の何倍もあった大気中に漂う魔素が減少し、興亡を繰り返す間に魔族は本能が収まる代わりに衰退したので」
「魔素と魔族には何か関係があるのですか?」
「あるとは考えられているそうですね。根拠の辺りはどうなのでしょう。クレディアは知っていますか?」
「いくつかありますが、どれも推測ですからね。ですが、魔族だけでなく魔物の数も減らしたとは聞いたことがあります」
今から何千年も遡らねばならないものだ。
これから先、学説は増えても証拠が出ることはなさそうである。
太古の龍と言われ、聡慧であるべリュスヌースならば何か知っているだろうか。
尋ねれば親切に教えてくれることもあるが、そうでないことも同じくらいあった。
まあ、セスティームの町にいて尋ねられる訳なく、考えても意味ないが。




