欲深い
旭光が窓から差していた。
室内は朝餉の支度で馥郁たる香りが漂っており、小さな少女の頑張りが窺える。
今朝も美味しい食事がとれることに感謝しながら、私は一人雑嚢の中身を確かめていく。
「水、食料、路銀、医薬品はいれた。忘れそうな冒険者のタグも、重たくなるけど簡易調合セットと魔法セットもある」
改めて見ると中々量が多い。
減らそうかと思うが、簡易調合セットは非常事態を想定し且つお金の節約として植物魔法を扱えるリュークがいて持たない理由はない。魔法セットは魔方陣を描く為の道具一式で、人国で取り揃えてもいいかと悩むも、やはりお金の関係でやめる。
魔国の通貨はたんまりとあるのだが、人国のは手持ちがないに近い。外貨両替ができないのが辛いところだ。
結局、重たくなるが今回は大丈夫だろう、と欲張って確認を終える。
丁度ロイが声をかけた。朝餉だ。
「もう行ってしまうのね」
今日は魔国への旅立ちの日だった。
十分に休息や観光も済ませたので、そろそろ冒険者活動を再開することになったのである。
「遠くない内にまた帰ってくるよ」
寂しそうに呟いた母を慰める。
母はかつて冒険者や傭兵だったが、魔族側で戦争で戦った故に、裏切り者として指名手配されている。
人国へは行けず、悲しくもいつかの私の立場なのだ。
「そのときは元気な姿で来るのよ。リュークも、勿論ロイも遠慮しないでまた来なさいね。ねえ、あなた?」
食事の場には父もいた。
研究には一区切りつけ魔王城での勤めを終わらせてきてからはちゃんと同じ屋根の下で寝泊まりしている。
「ああ。体を一番にしなさい。特にクレアはカデュアイサルの協力があるだろう」
カデュアイサルとは魔王様のことである。
私は魔王様に与することに当たり、以前から行っていた魔力供給の他事として、人国で諜報することになったのだ。
停戦協定なしでの現状である。重要な役割を頼まれ、かなりの緊張ものだ。
「もし辛ければ言いなさい。私がなんとかする」
そのつもりはないが、頼もしい言葉である。
きっと本当になんとかしてしまうのだろうなあ、と私は遠い目となった。
スライム討伐後のことだった。
ナヤーダさんから湖沼の件はこれっきりで終わりだと言われ、浮わついた気分で数週間を村で過ごし、魔王城へ赴いたときだった。
前回断ることになった官吏からの意見交換等での入城だったのだが、偶然回廊で会った流れで会話することになった魔王様に衝撃爆弾が投げ込まれたのだ。
『次にお前を泣かせたら、ゼノが俺様を殺すらしいぞ』
笑いながら言われた私の心境は『脅し』の一色だった。
しかも父は何発も魔王様を殴ったというではないか。
大勢の目撃者がいることから確かだと分かり、顔面蒼白にして冷や汗をかくことになった。
私はそのときのことを想起し、「大丈夫だから。その必要はないからっ」と恐い好意を拒否しておく。
あまりの必死さに、もう殺ってきた方がいいのか?と胡乱気だったので、代わりに手紙を渡してもらうことにした。
頼まれていた、『魔王様が使うに相応しい壮大でカッコいい闇魔法』だ。
後でまだかと細々とつつかれるよりは、と出発前に完成したそれを手紙で送ろうとしていたのである。
これで誤っても殺しにいくようなことはないだろう。
先走っている気がするが、何もしないよりは私の心労は軽い。魔王様は強いので心配はなかった。
魔国と人国には大きな隔たりがある。
それは魔物や厳しい地形であり、狂乱の渓谷を例として過去にとても苦しめられたのだが、今回は違う。
空軍に属し、飛行能力のもつ魔族の方に送迎してくれるのだ。
特別にハルノートとロイも乗せてくれることからも、私は村まで迎えに来てくれた二名に感謝を述べる。
その内の一人には顔見知りであるウルさんがいた。
まさか高官である彼女が担当するとは思っていなかったので驚くと、ドッキリ成功だというようにフフっと笑った。
「実は無理を言って変わってもらったのです。クレディアがいるのなら快適な空の旅になりますし」
空には魔物がいるので、快適といっても脅威に対処しながらのものになる。
期待にそぐうよう、精一杯頑張らねば。
気合いを入れていると、お見送りで友人が来てくれていた。
私の夢を知るソダリが「応援しているよ」と、冒険者仲間との旅をナリダが「楽しんでな!」と各々告げる。
レナは抱擁し、「…………またね」とだけ言った。
皆とのお別れは昨日の内に済ませていたので簡潔である。
ただお母さんだけは滔々と述べる。
「やっぱりこれだけではご飯は足りないんじゃない? 研究に集中しすぎて、夜更かしになるのには気を付けるのよ。クレアは頑張り過ぎるから、無茶はしないこと。後はそうね、魔法と棒術もいいけど、たまには剣術も磨きなさい」
「うん。なるべく頑張るね」
「ああ、心配だわ。ロイ、クレアのこと頼んでもいいかしら。この子、絶対守る気ないわっ!」
「はい。お任せ下さい!」
本人の前で、なんとも酷いことである。
最後の剣術を磨くことなど、完全に母の素懐ではないか。
教授してくれる母の剣術は価値あるが、魔法使いとして未熟である現段階では習得したいとは思えなかった。
魔法は奥深いので、おそらく将来でも思うことはないだろう。
森の中にある家を居住としていた頃からそうなので、私はとことん剣士に向いていない。
もぞもぞと動くリュークを抱き締めながら拗ねる。
これは見せかけだ。実はあまり悪い気はしない。
概観すれば家族や友人がいて、心配や寂しさはあっても頑張れと見送ってくれるのだ。
「私、幸せ者だね」
「ガウ!」
だが、人は欲深いもので、一つ得てもまた次を求める。
だから私は誰も傷つかない世界の為、困難があろうとも立ち向かって行くのである。




