初恋 ※ハルノート視点
「これ、俺らいらなかったんじゃないかな」
ナリダが憮然として言葉を落とす。
見ているのはクレアの魔法により抉りとられた地面だ。
これは分厚い氷やスライムの層を抜けてできた跡である。
同意したくなる想いは抑え「あいつが言うには、」と言葉を紡ぐ。
「闇属性の攻撃魔法は未熟なんだと。安定しねえとか、暴走するとかなんとか」
「でもさ、魔力欠乏の状態でこの威力だろ? あーあ、自信なくすなあ」
ぶつくさと言いながらも落ち込んだ様子はない。
斃したスライムの素材回収に励み、それを入れた容器を眺めてゼリーみたいだなあと呑気なもんである。
他の理由としてスライムの脅威が不明であるから確実性のある方法を選んだと述べていたが、ナリダは先程の回答だけで満足したようだ。
わざわざ加えて話す必要もないかと手間は省き、話題に上がった本人を遠望する。
スライムの素材を結界の要領で魔法で囲み、宙に漂わせていた。
傍らにはメリンダがおり、和やかな表情で何言かを交わしている。
今までに見せることがなかった表情だった。
自然な振る舞いで、これが半魔だとかラャナンの死を背負っていない普通の状態なのだと思う。
魔国に来たことによる新たな発見だった。
だが、そのせいでクレアはまた一つ、重みが増えた。
魔王に与すると告げられたのはスライム退治後のことだ。
なぜ自ら背負ってしまうか。
二つだけでも重みに潰れていたのに、半分魔族の血が混ざっているだけなのだから拒否してしまえばいい。
力があるからといって魔族の助けになる義理はないのだ。
苦しむ様は簡単に想像できた。
だからとクレアの決断を罵るのは簡単なことだった。
『馬鹿か。後で後悔するぞ』
それで決断を取り消せば良かったのに。
『私は成し遂げたいことがある。それはきっと、魔王様のところでしかできない』
だから認めて欲しいと、掴み続けたままの袖を尚更強く握っていた。
元から否定はするつもりはなかったが、 用意していた文句は消えてしまった。
なぜ、そんなにも縋るのだろう。
仲間が欲しいといっても、お前なら選り取りできるだろうに。
「クソッ」
思考の果てにあいつに求めた想いに気付き、これだから初恋を燻らせている奴は、と自分自身を罵る。
「何に苛ついているのですか、貴方は」
そこにロイがやって来る。
昔はそうでなかったのに、二年ばかりで兄に似て面倒臭い性格になった奴はじろりと睥睨した。
「手が疎かになっていますよ。回収しなければならない素材は大量にあるのです。主ばかり見つめていないでください」
「お前こそやれよ。こっちは魔力消費したから休憩中なんだ」
スライムの素材回収は手間かかるものだった。
巨体さ故の量は勿論のこと、どこの部位をとっても酸があり普通の容器ではグズグズに溶けてしまう。ちなみに魔石はどれも粉々で売れるものではなかった。
だから再構築の術式を編み込んだ魔力で箱を作ったり、容器にコーティングして回収しなければならないのだ。
なんて面倒かつ疲れることだ。
だが、魔法を扱えないロイにとっては皮肉として役立つ。
「あー疲れた。お前はいいよな、楽なもんで」
「……調子に乗らないでもらえますか? 主に死んでは駄目だと言われただけで浮かれてる姿は、大分みっともないですよ」
言われてから思い出す。
爆風で体が痛むことばかり意識がいっていたが、そういえばクレアはあのとき涙声になってまで必死でいた。
口元が緩む。
攻撃にならず喜ばせることになったロイは、当て付けるように見せていた笑みに苛立ち、今度こそ鋭い攻撃をと開口した。
「あのですね。客観的に見て申し上げますが、完全に脈なしですよ。恋愛相手とも見られていないと思います」
「そんなこと、言われなくとも分かってるつうの」
「なら少しはその気持ち悪い笑みを隠してください。まず、好きではなかったのでは?」
あのときはそうだった。そう思っていた。
だが囃し立てられたことにより、あれやこれやと深く考えさせられることになったのだ。
顔を合わせると心拍数上げられるし、見栄を張りたくなるし、頼られないとムカつくし、手が小さくて柔らかいことにさえ意識させられる。
あげく気が付いたら姿を探す始末だ。なんだこれ。初恋か。
こんな感情、これまでは自分がうんざりする程に女がする側だったのに、俺がさせられるとは思いもしなかった。
今だってまたクレアに視線がいってしまう。
戦闘職であることから高確率で視線に気付かれるのだが……ああ、目が合った。
にへらと柔らかく、甘く微笑んでくる。
多分魔王に与することを認められて嬉しいからだろう。
知らない奴だったら誤解している反応だ。クソッ、めちゃくちゃ可愛いな。
内心悶えたり、あいつの無自覚さに苛ついていると、「コホン」とロイが気分を下げさせる。
「なんだ」と反射的に言おうとして、冷たい目で見られていたので閉口した。
だが、よく見ると口元がニヤついている。
俺と同様の理由なのだろう。
嫉妬で目だけは取り成してなんとか隠そうとしているが、これはもう変顔である。
とはいえ俺自身も人のことは言えなく、ロイの変顔はあまりに立派すぎるので「お前らが気付かせたんだろうが」と会話を戻す。
「私はしていませんよ」
「鬱陶しい程見るなって言ってたじゃねえか。それにお前以外にもソダリとかナリダは家借りたときにバラされてしつこかったし、なによりあいつが……」
「…………呼んだ?」
「ッ!」
なによりレナが恋愛話となるとどこからともなく現れるのだ。
饒舌になって根掘り葉掘り想いを聞いてきて、苦手意識を持つ程だった。
「…………ね、クレア可愛い。思った?」
「……知らねえよ」
長い前髪から隠しきれない程、瞳をギラギラとさせて迫ってくる。
答えれば次がくるので適当に返答すると、「…………なら、」とその場から離れた。
向かう先はクレアの元だ。
何をやらかす気だと眺めていると、レナはクレアの真正面から抱きついた。
見せつけるように、そして反応を窺って俺を凝視している。
抗いがたい光景だった。
まだまだガキの範疇であるレナは何も思うところはないが、クレアは腕を回されて密着されていることにより色々と女の部位が形を変えていることにより、目が逸らせない。
だが、強制的に視界は外された。
ロイに膝裏を蹴られたのである。
「ッいちいち暴力で訴えんじゃねえよ!」
「邪な目で見ているのが悪いのです! この……っ、主の見目麗しさに惹かれているのならば、もう主とパーティー解散してください!」
「んな訳ねえだろうがッ!」
どの口で言っているのだという侮蔑の目を向けられる。
実際合っていた。見目とか好みだ。だが、それだけではない。
「全部好きなんだよ! 背負いこみすぎの真面目なところとか苛つくことはあるが、それ含めて全部、愛しくて守りたいと思うんだろうがッ!」
叫び、多少カッとなった怒りが落ち着いたところで場が静かになっていることに気付く。
バッと概観すると、当の本人だけはレナが体が崩れる程の力を込めてまで魔眼を使って何が起こったのかも分かっていない様子だが、他の者には聴かれた。
「あんた、相手は選んだ方がいいわあ。相当苦労するわよ」
今日会ったばかりのナヤーダに言われるが、余計なお世話である。
そんなの百も承知だ。
「私は応援するわよ! 大丈夫、クレアはお父さん似なの。私のときみたいにぐいぐい押して押しまくればなんとかなるわ!」
母親であるメリンダに反対されなかったことには喜んでいいことだろう。
脱力しながらも俺は取り敢えず「口をつぐんでくれ……」と乞う。
初恋成就には、まずは自身の高まりやすい感情を抑えることから始めなければならないだろう。
自滅で次々と周囲は疎かクレアにも恋心がバレそうになっている状況に、俺は前途遼遠前途多難と溜め息をつく。
その様をロイに呆れられ、肩をすくめられた。
第六章、完。
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