苦手とする者
ハルノートから空間魔法について情報を得た。
その際、ロイとハルノートが喧嘩から戦闘にまで発展してしまったが、オルガの前例があるので慣れてきたこの頃である。
「習得の過程としてまずは全体的な空間の把握から、だよね。これで魔力探知では感知できない部分も立体的に感知できるようになる。……合ってる?」
「ああ」
「次は部分的な空間で、その座標の固定までの域になると魔法が確実に当てられる」
「魔法だけじゃなく、弓とか投擲系もそうだな」
「あ、そっか」
情報の完全さには不安が残るので、私はハルノートと確認していた。
念話の技量がべリュスヌースぐらいあれば必要ないが、そうでない私は所々情報を辿れてない部分を発見することになる。
「うーん。収納の魔法ができるまで先が長い」
一番の目当てがそれだったが、空間魔法はかなり習得には難しそうだった。
応用の幅がかなり広く、上級魔法となれば攻撃までできるようになれるが、私はまだ同じ古代魔法である重力魔法全てを扱えるようになっていない状況だ。
「せめて付与して魔法の鞄を作れるようにはなりたいけど、重力魔法を中途半端で投げ出すことになるからな……」
結局せがんでおいて空間魔法の習得は暫くお蔵入りとなりそうである。
申し訳なく思うが、ハルノートは技量が追い付かれては敵わないからとその私の指針には賛成していた。
どうやら世間一般の魔法の原理が精霊魔法と異なるので、かなり苦労していたらしい。
「鞄については今回だけ俺がサービスして作ってやる。共に旅する分にはその方が便利だからな」
共に、という言葉にハルノートの当然の思考が読み取れた。
「私の分もできますか?」
「ものさえ揃えればついでにやってやる。重いからって、俺のに入れられたら面倒だからな」
「む。そんなこと……しなくもないですね」
「ほらみろ。まあ、材料が手にはいればだがな。付与できる材料は希なものが多い。そこんところはクレアに聞けよ。お前の世話みんのは嫌だからな」
「言われなくともそうします。主の方が断然優しいですから。主、お願いしてもいいですか?」
「え? ……あ、ごめんね。なんの話だった?」
「ぼうっとしてんじゃねえぞ。村は目先だが、魔物が襲撃する可能性はあるんだからな」
ハルノートの言葉に気をとられていた。
結局、郷里に到着するまでに、これから先の件について告げられなかった。
「そういやナーダみてえな名前の奴はもういいのか? つか、それで悩んでたのか」
「あ!」
「主……。忘れていたのですね」
すっかり記憶の彼方に置いていた。
「私は別行動で中に入るから、もしもナヤーダさんがいたら適当に濁しておいてね。本当のことは言っては駄目だよ!」
いないとは思うが念押してリュークとも別となり、私は闇魔法を用いてまで村に侵入する。
存在は薄れており、人と擦れ違っても気付かれはしなかった。
そして、自宅にまで到着する。
「あら、お帰りなさい」
玄関が開く音を察知し、母は笑顔で出迎える。
私は室内に目を走らせる。
母以外には誰もいない。
父は先日までいたようだが、行き違いで魔王城へ向かったらしい。
「ナヤーダのこと?」
母は私の思考を見抜き、くすりと微笑んだ。
「うん。流石に長い間空けたから大丈夫だと思うけど」
私は一息つき、荷物を置く。
その隙に、労ってお茶を出そうと考えたのだろう。
水を沸かし、四人分のカップを用意している。
母の料理下手は、飲料にまで及ぶ。
私、ロイ、母の分は決まりでだろう。
では残り一人は誰か。ハルノートであった。
ソダリとナリダで居を借りているものの哀れ、「一度腰を下ろして話してみたかったのよね」とお呼ばれ確定である。
そんなるんるんの調合中、コンコンと扉を叩く音が鳴った。
時間的にロイだろう。
それは当たりで、外から声をかけられる。
「ええと、主」
「好きに開けても大丈夫だよ」
律儀だと思いながら、家に入る声の主を見る。
そこには大勢もの人がいた。
ハルノートやソダリ達は分かる。途中に出会ったのだろう。
だが、一人共にいては不自然な者がいた。
私はその姿を認識した瞬間窓から逃げたそうとして、だがそれよりも速く鞭が飛んできて拘束されてしまう。
「やっと帰ってきたわねえ。この遁走魔法馬鹿娘」
青筋を立てており、「ひえっ」と小さく悲鳴が出た。
全身から憤怒が溢れ出しているその者はナヤーダさん、私が恐れ苦手とする人物である。
「ツケは大きいわよお。逃げ足の速いその尻を、精々ぶって痛め付けてあげるわッ!」
「色々とおかしいですよ! や、やめてください! 誰か……っ!」
じりじりと恐怖を味わせながら近付いてきていた。
助けを求め周囲の者に視線を向けるが、そっと逸らされる。
まさか裏切られた!?
共に訪ねてきた状況もそれを裏付ける。
だが、ロイだけは違い、ナヤーダさんに立ち塞がる。
バジリスクというトカゲの容姿をする彼女なので、強気でたてつくロイにはハラハラと気にかかった。
「今すぐ主への無体をやめてください! レナ達の言葉があってここまで連れてきましたが、なんて無礼なことをッ!」
「私だってねえ、こんなことしたくはないのよお。でも後始末に奔走する羽目になって、こっちは大分頭に来てるの。急ぎの用なのに魔都にまで逃げられてねえ」
「それは魔王様に召喚されたからで……」
「行って帰ってくるのにはあまりに長かったけどお? ……まあいいわ。時間が惜しいし、今は許してあげる」
鞭はほどかれ自由となったが、絶対後で怖いことになる。
口には言えない過去にされたことを想起して身震いしていると、「紅茶が足りなかったわね」と呑気な母の声だ。
母さえもナヤーダさんの味方だったのか、と捻くれる。
だが、人数分のカップを用意できなかったことと謙遜という名目の拒否から、当初と同じ四人分のお茶は意趣返しでお客が飲むことになった。
ナヤーダはざっくりと断ったので、ソダリとナリダ、レナ、ハルノートは含蓄する表情をしながら嚥下していた。




