言い出せない
謁見が終了した後、待ち受けていたのは斬れた植物が散らかる荒れた場であった。
十中八九リュークの仕業だろう。
飛び込んできたリュークの思考を読み取るに、私の不安定な感情から心配で引き起こしたことらしい。
頼りになる行動だが場が場である。
これはどうなるのだろうと、後続でいる魔王様を窺うと「構わん」と心広い言葉を貰った。
そうなれば次点に気になるのが修繕費だ。
「それでしたら大丈夫ですわ。修繕費は魔王様の私金から差し引いておきますので」
「なッ!? ……まあ、今回ばかりは俺様が悪いからいいが、お前かなり怒っているだろう」
「当然ですわ。魔王様のせいでクレディアを泣かせてしまったのです。あんなことになると知っていれば、絶対に協力しませんでしたわ。クレディア、本当にごめんなさいね」
私は「いいえ」と首を振る。
これで何度目かの謝罪だが、私が原因でなったことだ。
ビナツュリーナさんは勿論、魔王様のせいでもない。
そのやり取りを終えると魔王様はビナツュリーナさんを連れて去り、私はその場にいたロイがに魔王様に与すると告げた。
魔国と敵対関係にあるウォーデン王国やレセムル聖国は人族が統治している。
魔族側に完全に立った私は、狼人であるロイと敵対はないにしろ距離をとることになるかもしれない。
緊張しながらのことだったが、返答は明快に従者だからと以前と変わらぬ態度であった。
ニコニコ笑顔に私は思わず深い意味を理解しているか尋ねてしまったが、「はい!」と元気いっぱいの即答である。
懐疑がなくならないまま、取り敢えず偽装の魔道具用に魔力供給だけして私達はウルさんと別れて退城する。
城門前にはまばらであるがまだ魔族が残っていた。
察しが良い者が喝采の声を上げると、大勢に囲まれる。
どうしようかと困惑していると、観衆からずんずんと分け入ってくる者がいた。
「あ、ハルノート!」
彼は通覧し、視線で合図をしてから私の腕を引っ張っていく。
私はロイとリュークと逸れないようにだけし、包囲から脱出してからもハルノートにされるがままについていった。
只管に無言であった。
不穏な空気を感じとり、私も口を閉じておく。
ロイは肩を竦めていた。
「いざとなれば任せてください」
というこおは、それまでは何も助けてくれないらしい。
諦めてという目で、ふらふらとどこかへ行こうとするリュークの手綱を握っている。
他人の目が完全にない所を選んだのだろう。
おそらく取ってくれていた宿の部屋に入ると、ようやくハルノートは手を離した。
無愛想な表情は普段の標準だが、じろりと鋭い視線だ。
「ハルノート、」
「……」
「その、ごめんなさい」
「……次からはするな」
「うん」
溜め息を吐いていた。
あのような別れをしたのだ。色々と心配をかけてしまった。
「ハルノートはあれから大丈夫だった?」
「まあな。だが、俺が魔族じゃねえことに気付かれてからは何度か戦闘を挑まれることにはなったが」
「負けましたか?」
「なんで負けること前提なんだよ。全部勝ったに決まってんだろ。それより、もう用事は済んだんだよな」
「うん。でも、そのことなんだけど……」
「なんだ」
「えっと、」
不躾な視線をされるが、中々言い出せない。
魔王様に与することになった。
それだけなのだが、口を開閉するだけになってしまう。
ロイのときは強い思慕を信じられたので、素直に告げられた。
だが、ハルノートは違う。
「はっきりしねえな。何か変なことにでも巻き込まれたか?」
「それは違うんだけど」
彼もロイ同様、敵対することはないだろう。
だが、彼とは冒険者という関係だ。
未知の場所に興味があり魔国にまで来てくれたが、本来は冒険者として生活を成り立てている。
私はこれからも冒険者としては活動できるらしいが、専念はできなくなってしまうのだ。
つまりパーティーを解散することになる可能性が高い。離別することになる。
それは嫌だった。
「……やっぱりなんでもない」
だから、問題を先送りした。
まだ魔国には滞在するのだ。
悲しい想いで残りの時間を過ごしたり、別れが速まったするのを避けたっていいだろう。
我が儘だが、許して欲しい。
私は初めての仲間と少しでも長く共にいたかった。
*
『ハルノートとロイには話を通しておきたいのです。二人はこんな私でも再び仲間になってくれました。私はもうこれ以上不義理なことはしたくない』
謁見時、私は魔王様側の陣営だと告げる許可を得る際の言葉だ。
あのときの威勢はどこへいったのだろうか。
現在魔都での観光が終わり、故郷の村へと帰っている。
村に到着したら、最後の言う潮時だろう。
そのことが少し、いや結構憂鬱であった。
「主、まだ言えていないのですか?」
「……だって」
「恐れなくともハルノートならば、例え主が嫌だと言ってもついてきますよ。実際、そうでしたでしょう?」
そのときとは状況が違うのだ。
だが、ロイの言葉に押され、言うまでには及ばないもののたまにパーティーを組んでくれるかもしれないという気持ちにはなった。
うじうじとした状況が続く。
ハルノートは「なにかあんならさっさと言え」とズバズバと切り込んでくるが、私の勇気が出ない。
「ハルノートは主から信頼されていないのですよ」
「じゃあ、お前は何か知ってんのかよ」
「はい。信頼されていますから」
優位性に立って得意げとなるロイとは反対に、ハルノートはみるみる不機嫌になる。
私はこれならば言った方がマシかもしれない、だけど……と迷走していると、ついにハルノートが切れた。
「ああクソッ! ちょっとついてこい!」
「え、」
「お前らはついてくるなよ! リューク、そいつと遊んどけ」
「ガウっ」
「ちょ、ずるいですよ! あ、主ーッ!」
「ガウガウ」
ロイの叫びに後ろ髪引かれながら、立ち寄っていた町でハルノートの後をつく。
気分が降下していた。
言いたくないと俯き加減でいると、「おい」といつのまに購入していたのか氷菓子を差し出した。
「甘いの。食うだろ?」
半ば押し付けられる形で氷菓子を受けとる。
果物のシロップがかけられたものであった。
困惑しながらも、甘いものは好物なので食べる。
ちらりとハルノートを窺うと、私の様を肘をついて見ていた。
とても食べにくい。
「次だ」
それからハルノートはあれやこれやと町を巡っていく。
そこが魔法店や本屋だったりと、全部私が好むようなものでなんとなく意図は察した。
私を元気づけようとしているのか。
ハルノートは言い出せない私のせいで、内心煩雑しているだろうに。
気遣いが嬉しかった。
そして「空間魔法を教えてやる」とまで言ってくれて、今日特大に歓喜する。
「絶対だからね! 嘘だって言っても、承知しないよっ」
「分かったっつうの。だから落ち着け」
「ねえ今からいい? べリュスヌースから念話の魔法教えてもらったら、直ぐに終わるよ!」
気が変わってしまう前にと押し売り文句を謳うと、「それだったら」とハルノートは了承した。
私はいそいそと杖を取り出し、彼と向き合う。
「空間魔法について思い浮かべて。後はそこから私が辿るから」
空いている手でハルノートの前髪に触れる。
さらりとしたそれを横に流し、私は額を合わせた。
「―――淵源の黙示」
簡略な詠唱を契機として、情報が流れ出す。
なんて高致な、興味深い知識だろう。
そんな感動と同時に、私が自分で情報を手に入れると分かっていていたからべリュスヌースはわざわざ空間魔法を教えはしなかったのだと考え至る。
私とハルノートが再会することを予期していたのだ。
流れる情報が止まったところで、魔法は終了である。
「……凄いね。ハルノートの自宅かな。鍛練の様子も関連して見えたんだけど、鞄に付与するだけじゃなくて実戦でも使える域の技量にあるんだね」
サラマンダーと共に熱心に取り組んでいる風景が見えた。
森々としてどこか神聖であったその場は、噂に聞くエルフの里だろう。
そこで私はようやく返答がないハルノートを見る。
耳まで顔が真っ赤に染まっていた。
至近距離でいたから目を逸らし、腕を顔の前に持ってきて隠そうとする様まで細かく分かってしまう。
そして「大胆だなあ」という漏れた声が私にまで届き、辺りを見渡せば注視している町人が大勢いた。
「え、あっ、その。ち、違うの! こ、これは私が魔法の技量が低いから、だから接点を作らないと情報が全部伝わらないからで―――」
「……もう分かったから。ちょっと離れろ」
「ご、ごめんなさい!」
なんて断りもなく、周囲には不埒に見える行為をしてしまったのだろうか。
顔に熱が上がる。
また、舞い上がりすぎた。
茹でタコになってハルノートと共によそよそしくする。
すると何かが飛来し、彼に衝突していった。
「何、しているのですかあッ!!! 私がいないからって、主にキ、キキキキスをするなんてッ」
「してないよッ!?」
「そうだ、何勘違いしてやがるッ。というかまず端から見れば俺が襲われたもんだろッ!」
「主がそんなことするはずないでしょう! あなたが手を出したからに決まってます!」
「この、色ボケのガキがッ! てめえのクレアに対する煩悩をちっとはどうにかしろ!」
「それはこちらの台詞です!」
私は二人の争いを止められないまま、「修羅場だ」「ロリコンだ」と噂される状況になってしまう。
なんとかこの場から移動しようとリュークと画策するが、白熱した二人は周囲に囃されて、戦闘にまで至ってしまう。
そして、嘗てない程の底力を出したロイはハルノートと互角に格闘した。
私は彼女の体力が尽きるまで、ただ眺めることしかできなかった。




