謁見 後編
「私は勇者ではありません」
屹然としてはっきりと告げた。
「勇者は光の力を持つ者。私は半分ひとの血が流れているとしても、闇の保持者。対極です」
魔力の属性のことだ。
勇者は光、魔王は闇を持つ。
これは人族と魔族に置き換えられる。
私はその中間といえど魔寄りだったようだ。
もしくは絵の具の白色のように、混ざりものには光の性質は持ち得ない影響も考えられる。
「なにより、勇者はいるでしょう。このような場ではなく人国で、聖女を筆頭に連れ合い放浪しています。これは、魔国全域に流布している程ですよ」
そして、情報源の大元は魔王様でいるはずだ。
でなければ人国への渡来禁止状態で広まるはずがない。
「確かにそうだ。お前が勇者にならなかったから、代わりの者がそうなっている」
「ッですから私は、」
勇者ではない。
激昂し、伏せていた視線を上げる。
魔王様は凪いだ瞳で私を映していた。
私はたじろぎ、口を塞ぐことになる。
「なら、なぜ面を下げていた。目線を逸らす必要がどこにある」
「そ、れは」
「お前は馬鹿ではない。むしろ利口だ。察していることが、考えがあったから、だから俺様の言葉に対し窮したのだ。
つい最近復讐という形で人国に赴いていたがな、それまでの閉じ籠っていた二年間さえあれば、隠れた真実の端ぐらいは見つけられる」
一歩、後退した。
魔王様はその分を踏み込んだ。
「お前は勇者だ」
「……違います」
「違わない! 誰よりもお前自身が分かっていることだろうッ!」
襟を掴まれ、引き上げられる。
そして魔王様は目を見開き、力を緩めた。
私はしゃくりあげていた。
「ちが、うんです。だって、私は半魔で。お母さんと、お父さんから生まれて。他の何者でもない。勇者なんて、知らない。私は『私』じゃ、ない……っ」
私はクレディアだ。紫木静奈ではない。そんな『私』はもう死んだのだ。
それなのに、なぜ影響する。なぜ記憶がある。
もう無関係だろう。無関係でいさせてくれ。
『私』の宿命を、これ以上私に背負わせないで。
顔を両手で覆った。
昏い。足元が覚束無くて、ふらりとよろける。
誰かが私を支えた。
「魔王様」
「……泣かせるつもりはなかった」
「そのお言葉、ゼノ様に通用しませんわよ」
音としては認識できるが、どこか遠くて聞き取れなかった。
前身の過去が甦る。
それをトリガーとして、白昼堂々悪夢が起こった。
刃物の煌めきが、男の下卑た嗤笑が、抉り立てる言葉が、痛みがあった。
そしてラャナンも。『私』が発端となり殺された彼女は、私を正視している。
それは責めているように見えた。
「……ぁ」
現実に戻り、感情が現象となって顕れる。
影が揺れた。色が濃くなり、増大化する。
「ビーナ、離れろ!」
「ですがっ」
「お前は戦闘向かねえだろ! 死にたくないなら下がっておけ!」
ビナツュリーナさんが私から離れた。
そのことに意識を向けただけで、床が削れる。
「ぅ、あ、あ゛」
「クレディア、押さえろ! いつも通りにだ、できるだろう!」
「でき、ない」
脳裏からラャナンの姿がちらつき、離れない。感情が収まってくれない。
親和性の高い闇魔法が、いつまた攻撃するかもしれなかった。
「しょうがない奴だなッ!」
魔王様は床に広がった影に同等の力をぶつけた。
相殺されるが、一瞬消えるのみだ。
直ぐに揺らめき始めた影に私は動揺し、それは暴力となった。
魔王様は素手で叩きつけ、応対する。
嘗てない程に暴走していた。膨れ上がる感情に魔王様の叱咤がかけられる。
「落ち着け! 信頼のおける者を思い出せ!」
最初は母を想起した。次に寄り添うようにして父。そして仲間達や友人となっていく。
そして表面上には心の平穏を取り戻した頃には、玉座の間は抉られた内装が私を中心にできていた。
「すみませんでした。如何様なる処罰をも受けます」
「いい。俺様が無神経すぎた結果だ。見てたのは俺様とビーナだけだし、魔法を感知した奴もいつものことだとはぐらかせれる」
直に床に座り込む私を、ビナツュリーナさんはと胸に引き入れた。
慣れていない香りだが、母がよくする抱擁に似ていた。
感情が魔力に響き、魔法となることは魔王様は承知のことだった。
悪夢の原因は精神的なものに加え、魔法の暴走が関係している。
魔国という落ち着いた環境から発覚した事実は、闇魔法の情報交換で話していた。が、それだけだ。
魔王様は実際に見たことはなかった。
それでも十分に怪我一つなく対処してみせるのは、流石王として君臨する者である。
「私は魔王様のお世話になるばかりですね。人国で色を隠すのに助けられたローブから、この地で過ごすに当たって恩を受けてばかりです……」
「ローブに関しては俺様は言われるがままに魔力を提供しただけで、殆んどはゼノが画策したがな。そのときはゼノの娘だからって理由だったか」
「今は、違うのですか?」
「この国で暮らしているからには、お前は俺様の民だからな。恩恵を与えるのは当たり前だ」
当たり前だとそう思える信念が眩しく、成し得る力があるのが羨ましかった。
「だからな、独りで抱え込む必要はないんだぞ」
「……え?」
「『え』とはなんだ。『え』とは」
「ですが、これは私の問題で」
「国の問題だ、馬鹿。お前、やっぱり馬鹿だ。利口を兼ね備えた馬鹿だ」
「……」
言われ放題だった。
だが、先程のことがあるので言い返せない。
「復讐の件で、仲間に頼られただろう。あのように、俺様にも頼ればいいのだ」
「……無理ですよ」
「無理なものか。その為に俺様はいるのだからな。だが、それが嫌ならば、」
手を差し出し、にかりと笑った。
「力を貸せ。誰よりも雌伏に耐えたお前が欲しい」
ああ、この方は人心掌握を得ている。
自身を救ってくれというような口振りだが、私なんかがいなくとも目標を成し遂げてしまうのだろう。
全てを持っているのだ。
私はあまりにかけ離れた存在について、妬みが全て尊敬に変わった。
ああ成りたい。
誰かを導くような強い意思を持ち、光でさえも闇で包みこみ安穏をもたらす偉大な存在に。私は憧れた。
「―――誰も傷つかない世界を、私は描きます。魔王様もそんな世界を作ってくれますか?」
夢物語を語った。
魔王様はソダリと違い、笑い飛ばす。
「そんなことは無理だ。まず作る最中に多くの者が傷付くしな。……だが、近いものでいいならやってやる。元より、言われる前からそのつもりだ。魔族も人族も手を取り合って生きれるようにするのが、俺様の目標だからな。お前のような奴―――半魔でも、大手を振って歩かせてやる」
「でしたら、私は魔王様の力となりましょう。先のお言葉、忘れないで下さいね」
そして、私と魔王様は協力関係になった。
私の自由でいたい想いを考慮し、配下に近しいものの同士という形で働くことになったのである。
その新たな関係に魔族が沸き、名目上は配下にしておけば良かったと思うのは後談だ。
だが、今はこの門出の始まりに私は魔王様の手を取り、作り上げる未來を馳せた。




