魔王に仕える者達
「主!」
激しく咳き込む。
魔法が得意な者がいたようで、爆風に呑まれ打ちのめされてしまった。
魔法耐性のあるローブで私ごと覆い被せたロイは無事だが、リュークはまともに攻撃を受けている。
痛む体を押し退け治癒の魔法をかけようする。
だが、それよりも先に回復薬を手渡された。
「災難でしたね」
手当てがされていく。
行う者は魔王城に勤務する方々だ。
追尾する魔族を突破し、私達は魔王城の敷地内にいた。
具体的に言えば、翼を持つ者が使用する着陸場である。
城門前には待ち構える魔族が大勢おり、正規の手続きで入ることは叶わなかったのだ。
「許可なく着陸してしまい、申し訳ありません」
「大丈夫ですよ。今回は魔王様が入城を許していますので」
ハーピーが祖であることから享有する翼に支えられ、微笑みかけられる。
「ごめんなさいね。いくら御下命とはいえ、貴女方を追い込んでしまって」
「やっぱり、ウルさんだったのですね。魔王様だけで魔都全域に声は行き届きませんし」
その声は風魔法で増幅されていた。
ウルさんは負い目のせいか、眉を下げる。
魔族の中では珍しい、あまり戦闘を好まない穏健な方だった。
「では、傷は癒えたものの休む暇なく恐縮ですけど、魔王様がお待ちしております。お連れ様も同様に、私がご案内させて頂きますね」
*
「オオ、無事ダッタカ」
「はい、モンディエさん。心配おかけしました」
「あの人数をよくぞ切り抜けたもんだ! お主もよくやった! 見事だったぞ」
「ガウー!」
「あ、丁度いいところに! ゼノ様はいつ研究に切りがつきそうか分かる? ずっといらっしゃらないから仕事が山積みなのよ」
「今一番熱中してるところですが……一応、伝えてはおきますね」
「貴女の言葉ならきっと聞いてくれるわ。頼んだわよ!」
「クレディアさん、用事終えたら模擬戦どうですかー?」
「いいえ、それよりも魔力の提供を! 魔法について意見交換もしたいです」
「魔力については後で伺いますね。後の内容は次の機会にお願いします。今日は同伴者がいますので」
魔都での逃走を観戦していた者がいたようで、城内では数多くの方が声をかけてくれた。
魔国に滞在中、父を通して城での仕事を貰っていた経歴があるので、皆好意的である。
「……主は人気者ですね」
「半魔という種族に興味があって、そこから人の繋がりができていっただけだよ。それに紫の色は目立つし、お父さん関係もあるからね」
「謙遜してますけど、クレディア自身の魅力もありますよ。特に強さなんて、魔王様と拮抗する程ではないですか」
「!?」
ロイが驚愕する。
だが、それはハンデを貰っての結果だ。
「距離をとことん離せば、ですよ。接近戦でしたら魔王様の圧勝です」
「それでもある程度耐えてみせるのだから凄いと思いますよ。それに幹部未満の者は全て完膚なきまでに叩きのめしている実績がありますし」
「……それはもう、忘れて下さい」
黒歴史である。
魔国に来てそれほど日が経っていない、荒れていた頃のことだ。
嘗ての幼いときのように、只管に力を求めてどんな者でも相手になってもらい鍛練していた。
魔王様との件も、そのときの対戦だ。
今思えばなんて無茶なことだと思う。
まあ、そのお陰で得たものは多くあったが、その代わりに手加減をしらない魔王様に半殺しにはされた。
広域戦以外の全ての対戦でだ。一歩間違えれば死である。
「……ロイ、私が拝謁するとき、杖を預かっててもらえるかな。魔王様の無茶振りで戦闘申し込まれたとき、断れるようにしておきたい」
「分かりました。ですが普通は謁見時には武器をはずされるのでは?」
「魔国だからね。逆に推奨されてるよ。……そういえば服装に関しては今の状態でいいのですか?」
遠回しに魔王様による被害を訴えるにはとても適した服装であるが。
髪や逃走時などの汚れはロイが丁寧に整えてくれた。従者として優秀すぎる。
どこに櫛やらタオルを保持しているのかが気になるところだった。
「大丈夫ですよ。魔王様は無作法に寛大ですし、なによりこれ以上待たせては我慢の限界だと思いますので」
とても納得のいく答えである。
若干速歩きになって魔王様がおられるという玉座の間まで急ぐ。
すると「いた!」「見つけた」と似た声色をした小さな二人が私達を指差していた。
「うりゃー!」
「とりゃー」
「わっ」
咄嗟に飛び込んできた二人を抱える。
どうやら目的は私のようだ。
「こんにちわ。チルン、フラン。帰っていたんだね」
「そうだよ!」
「ついこの間、ついた」
キャッキャッと楽しそうにするこの二人は双子である。
元気な口調である方が姉であるチルン、平淡な方が弟であるフランだ。
言動相応の齢ではあるが、立派な魔王様直属の部隊の一員である。
魔族は能力が高い故か出生率が低く、国に仕える人手不足が問題になっている。
チルンとフランはそういった事情や本人達の強い希望、魔王様の鶴の一声もあり採用されることになった。
人国に派遣される諜報員という危険な配属であるが、双子がその分野で有益な能力を持っていることで、十分に活躍している。
セレダを殺害したのが銀風の傭兵団団長であると特定したのはこの双子のお陰だったりする程だ。
そんな二人は私の肩によじ登ったり、宙にいるリュークにも飛びつこうとしたりと遊ぶ。
幼いとはいえ重さはある。
こっそり身体強化してバランスをとったり、落ちそうになるのを支えたりする。
「チルン、フラン。いくら暇だからといって、クレディアに構ってもらおうとするのは駄目ですよ。彼女は急ぎの用事があるのです」
「フーもチーも用事あるよ」
「あのね、おみやげあげに来たの! 他の皆にはあげたけどね、クレアいなかったから!」
飴玉入りの瓶を掲げる。
フランが一つ取り出して「はい」と否応なしに口に入れた。
甘い。
口に飴玉を含みながらお礼を言うと、「えへへー」「どういたしまして」と抱きついた。
ディブシープという羊に似た魔物の系統なので、羊毛を堪能することになった。
もふもふである。
頬を緩めていると、ローブを引っ張られる感覚があった。
見ればロイが拗ねている。
「主はその二方がいいのですか……?」
己の尻尾を両手で抱え持ち、「うー」と唸り涙目になっている。
ここは可愛い子ばかりのエリアか。
内心悶えていると、チルンがロイの元まで駆け寄って飴玉を差し出した。
「これは……」
「あげる! だからね、泣かないで」
「っ! ……完敗です」
ロイは陥落し、崩れ落ちる。
私はどちらもそれぞれのよさがあるので甲乙付けがたいし、付けなくていいと思った。




