魔都
「ここまで来れば安心だね」
村や町を経由して、私達は急ぎ足で魔都まで到着していた。
見事ナヤーダさんから逃げ切ったのである。
「必死すぎだろ。全然景色とか見れなかったじゃねえか」
「だって、ナヤーダさんだよ? 凄い恐ろしいんだよ?」
「てめえが原因なんだろ?」
「そうだけど……」
だが謝罪し、一応は許しはもらっているのだ。
そして平穏が訪れ、人国へ行き、村へ戻ってゆったりしていた
ところ、この逃亡である。
「まあまあ、主。逃げ切れたのです。終わったことは後に考えましょう。それよりあれを見てください! 曲芸です、凄いです!」
ロイは目を輝かせ、あっちこっちと忙しない。
魔都は人国と比べて遜色なく活気に溢れている。
私は迷子になりそうだと思ってロイの手を繋いでおく。
興奮しているロイはそのことに深く気にとめることはできないま、ぎゅっと握りかえした。
「見に行く?」
「はい!」
「それはいいがお前、ずっとフード被ったままか?」
「だって、暫くは楽しみたいもん。ね、リューク」
「ガウ!」
検問所で身バレはしたが、直ぐ様いかなければならないことはないだろう。
だからこの隠密は魔族から戦闘の申し込みを避ける為だ。
半魔は珍しい。
人族の領域外である魔国側は魔物が多く、安全圏を巡って魔族間との紛争がよく起こる。
その落人が命からがらに人国にまで辿り着き、優しき王により受け入れられていっとき半魔が誕生する。そんな過去があった。
だが、とある魔族の人族虐殺が発端の戦争で破れた魔族が舞い戻るときには、人族と血が繋がる半魔は置いていかれたのである。
その結果が人族が半魔を忌み嫌う復讐に繋がるのだが、閑話休題。
おそらく魔国には私しか半魔はいない。
そんな私を戦闘狂は貴重だ、と襲いかかってくるのである。
半魔を表す紫紺の色は恰好の印となる。
その為道中ずっとフードを被り続け、共にいることで知られているリュークも蝙蝠風の着ぐるみで変装しているのだ。
だが、これで対策は完璧である。
フードは取れないよう、魔法まで使いしっかり外れないようにまでした。
「さあ、今日は目一杯楽しもう!」
意気揚々と足を踏み出していく。
だが、午後には反対の意味で踏み出すことになった。
「うぉおおおおおお!」
「待ちやがれえ! 大人しくお縄につくんだな!」
「俺が一番に捕まえてやらあ!」
「いいえ! 私よ!」
「捕まえたもん勝ちだあ!」
怒濤の勢いで魔族が追いかけてきていた。
目標は私、その被害に合うのはリュークとロイとハルノートである。
「おい! どうすんだよこの大群!」
「私に聞いたって、どうしようもなんないよ!」
「ヤバイですヤバイです! ひえっ、もうそこまで迫ってます!」
「ガウ~!」
一匹楽しんでいる例外はいるものの、皆そろって必死の形相で駆けていく。
魔法を重ねがけしているのにそれでもついてこれる個体がいた。
隘路から飛び出したり眼前に立ち塞がる者もおり、道を氷で防いだり、怪我を負わない程度に撃退する。
なぜこんなことになっているのだ。
いや、原因は分かっている。
「魔王様、酷いっ。横暴だよっ!」
「まさか魔都全域に声響き渡らせて、お前を連れてこいって勅令だしてくるなんてな……」
「捕まえた者には主と対戦許可を出すって褒美つきです。その人数制限はつけないというおまけ付きとは……魔王、恐るべきですね」
「他人事だからって、二人とも達観しないで!」
「……俺、いち抜ける」
「駄目! 仲間の危機だよ!?」
「お前がさっさと魔王のところいっときゃあこんなことならなかったんだぞ!」
「だって、こんなに魔王様が我慢弱いとは思わなかったんだもんっ。後多分これ面白がってやってる!」
後悔先に立たずだった。
今は魔族に捕まらぬよう魔王城に向かうことが安全確保の最高条件である。
魔王様も、そうしたら許してやると寛大な言葉を送られた。皮肉である。
「あ、主!すみません、私は足手まといになりので、どうかお見捨てになって先に行ってください」
「駄目」
ハルノートとは別の理由で許可できない。
いくら身体能力に優れている狼人でもロイは幼く、大群の魔族から逃げ続ける体力はなかった。
今繋いでいる手を放せば、避難すること叶わず踏み潰されてしまうだろう。
命の危機に関してしまう。
「っ、ハルノートは一人で逃げれるんだよね」
「まあ紛れちまえばなんとかな。……おい、さっきの言葉ガチで受け取ったのか!?」
「後で合流しよう。じゃあね、どうか無事で」
私はロイを抱える。
「ひゃ!?」
「しっかり捕まっててね。―――氷よ、道を作れ!」
できあがった一人ぶんの階段を駆け上がる。
そして終わりに来たところで跳躍した。
「リューク!」
「ガウ!」
リュークが私を掴むのと同時に風を起こす。
翼を広げることで安定して上昇でき、あっという間に階上で立ち止まる魔族が遠ざかる。
「やっぱり諦めないよね」
飛行できる魔族がいる。
ロイが落下に怯え体に力を入れるのを感じながら、私は風の操作と並立で重力魔法を開始する。
時間はない。無詠唱できる技量と余裕もだ。
私は遠方に見える魔王城を見据え、やってやると無理に口角を上げる。
そうして残された選択肢である省略詠唱を試みた。




