懸念
頭の中で懸念がぐるぐると回っている。
振り払いたくて、実際に振り払う。魔法で。
「う、わっ」
杖を突きつける。
相手はナリダで、これ以上どうにもならないと悟ると「また負けたあ!」と地面に背中から倒れこんだ。
父に帰宅の挨拶をした翌日のことだった。
私は鍛練場にて戦闘に明け暮れている。
鍛練場は血の気のある魔族が集うところだった。
好戦的な種族の彼らであるから行けば誰かはいる。
ましてや現在は日の出ている中なので、次々と相手を変えていく模擬戦形式で没頭することができた。
魔王様に招喚されたのにゆっくりしていいのか、という質問は野暮である。
期間については言明されていない。
だからこうして現実から目を逸らす為に鍛練してもいいのである。多分。
「次」
「俺だ。ほうれ、ナリダ邪魔だ、どいとけ」
「はーい、おっちゃん」
スケルトンの魔族が次の相手だった。
私は剣士である彼に有効な魔法をいくつか頭に並べておく。
開始の合図はなく、剣と杖が交わる。
一撃を凌げれば、私の勝ちは見えていた。
魔法を発動して追い込んでいく。
「参った!」
降参の合図はあった。
でなければいつまで経っても戦闘は終了せず、死なない程度にいつまでも痛め付けられることになる。
これで五人抜きであるが、久しぶりであるからか相手する者には途切れはなかった。
アルミラージやゴブリン、エンプーサ、コボルトといった魔族が噂を聞いてやって来たり、再挑戦などで連戦が続く。
「お疲れ様です、主」
間断ない戦闘は程々のところで切りをつけて抜け出すと、ロイから甲斐甲斐しくあれやこれやと世話を受ける。
ありがたくされるがままとなり、観戦していたレナを含めて会話をする。
「魔族の方々は皆気鋭ですね」
「…………ん。毎日やってるぐらい」
「皆戦闘好きだからね、嫌いな人なんて滅多にいないぐらいだし。お父さんがその一人なんだけど」
「ですが昨日の話では挑戦者が定期的に訪ねられるのですよね?」
「うん。強いって有名だから」
「…………魔王様の友人も、そう」
「凄いですね……。もしかして、ゼノ様は高貴な御方なのですか?」
「聞いたことはないけど、多分違うと思う。例外はあるけど人国と違って、力が地位に相応するからね。それに魔王様が国を興す前から知り合いで腐れ縁らしいし」
現在国民である魔族を庇護し、率いていた過去は百年を優に越えるらしいが、実は魔国ファラントは国史百年もない。
そのことを説明すると、ロイがほうっと息を吐く。
「壮大ですね……。時間の巡りが違います」
「魔族は長寿が多いからね。魔力が多い個体は三百年は生きるって言うし」
それ以上の魔力の持ち主だと、五百年を越える個体がいるらしい。
魔物の脅威や戦闘狂である故の受ける傷が蓄積して死亡する場合があるので、そうそういはしないが。
女同士の語らいは色々な方面を巡り続く。
私が先程の試合時と同様の理由が影響しており、レナにそのことを指摘され無理矢理直視させられた。
「…………行かないの?」
「だって、わざわざ呼び出すぐらいだよ? 絶対よくないことだもん」
「心当たりはあるのですか?」
「あるよ。どれかは分からないけど」
仕事を貰されるぐらいならいい。
お金稼ぎの為によくやっていたことだから、厄介な仕事でもまあまあ慣れている。
「いやだなあ。絶対行きたくない」
「…………無理。迎え、来る」
魔国は人の往来が魔物に立ち向かえる強さがある故に多く、噂が流れやすい。
レナの言うように、うだうだしている内に魔王様の耳に入って使者を派遣されそうである。
何度か経験済みだ。
逃亡しようにも後が怖いし、それにロイやハルノートがいる。
二人にはせっかくなので王都ならぬ魔都には連れて行ってあげたいが、そこは魔王様のお膝元である。
この葛藤でロイに慰められていると、「あ、いた!」とソダリが慌ててやって来た。
「クレア、ピンチだ! ナヤーダがこの村に来るらしい!」
「え……」
私は顔を青ざめる。
それは確かにピンチである。
魔王様からの招喚なんかより、とてつもなく深刻なことだ。
「ナヤーダ様とは誰ですか?」
「その、私が昔迷惑をかけてしまった人でね。目の敵にされてる」
「…………クレアが苦手な人」
隣村に住んでいるいるのだが、いったい何の為にここへ来るのだろうか。
どうか私に関することではありませんように、と祈る気持ちでソダリに尋ねるが、絶望を返された。
「分からないけど爆走しているとは聞いたよ。そうまでして来るぐらいだから、目的は恐らくクレアだと僕は思う」
私も同意見だ。
急いでいるのなら、保身に走る私を捕らえに来ているとしか思えない。
「ど、どうしよう。とりあえず私、外で身を隠してくる!」
「いや、それより魔都に行った方がいいんじゃないかい?」
ナヤーダさんか魔王様に会うかどちらを選べと言われたら、断然後者である。
ついでに魔都を観光できる。
そうと決まれば即行動だ。
私はロイと家で消費した矢を補填しているというハルノート、母とまったりお茶会をしていたリュークを呼び掛け、直ぐ様支度をしてもらう。
そしてナヤーダさんが到着したという報せを受けて郭を魔法で飛び越え、その場から逃げ出した。




