研究者の父
村の案内はあっという間に終わった。
特別な施設というものはないので、ここは誰彼の住居、井戸、集会場、鍛練所という紹介だけで事足りてしまう。
「いい方ばかりですね」
「精神力は削られてくけどな。外見と内面が一致しねえ……」
案内の際には幾人かの魔族と顔を合わせることになった。
ハルノートの苦渋にロイは曖昧に笑い、言外に同意を示している。
今、二人は常識が覆される感覚を味わっているのだろう。
魔物に近い容姿は冒険者という生業からつい警戒してしまうが、口を開けば人間味溢れることは直ぐ知れることになる。
その懸隔差に脱力するのは、魔国に来た当初の私もそうであった。
「魔族と魔物を見分ける方法ってあったりしねえのか? あそこにいる奴とか、外だったらマジで判別つかねえぞ」
失礼かもしれないが、魔国で過ごすにあたり重要な質問である。
「慣れれば仕草とかでなんとなく分かってくるけど……」
「見分ける為にこれといった規則は設けられてないからなあ」
「魔物の振りして勝負挑んでくる奴とかは、俺判別できなくなる」
「なんだその迷惑な奴は……」
「まあ、でもそういった人も含めて、襲撃されたら魔物と認定して撃退すればいいよ。魔族だったとしても普通に危ない人だし」
「大雑把ですね……」
「よっぽど襲われたくなければ、腕とかに布を巻けば済むからね。訴えられても、対処してない者が悪いって価値観だから」
魔国ファラントの規則は少ない。
よくこれで国が治まるものだと思うだろうが、魔族には強い者に従う風潮がある。
魔国ファラントは頂点で支配する者が絶対的な強さをもっているので、不安に反して安定した統治がなっていたりする。
不文律はあり、束縛を嫌う魔族だからこそ成せることであるが。
「そういう訳だから、今から村に出るけど、深く恐れなくてもいいよ」
「主のお父様のところへ向かうのですよね?」
「うん。お父さんは研究者で、危ない実験があったりするから村外れに研究所を構えてるんだけど……今夢中になって籠ってるらしいんだよね」
そんな父ではあるが、夫婦仲は良好である。
母がぞっこんであり、父も父なりに愛している。
それほど離れた位置ではないので、魔物に遭遇することなく到着できた。
私は玄関をノックする。反応はない。
私はいつも通り、家に入る旨の言葉をかけて扉を開く。
「鍵はかけてないのですか?」
「うん。していたら、玄関壊されるからね」
「どういうことだ、それ」
「お父さん有名だから、勝負挑みにくる人がよく来るんだよね。それで鍵を閉めてると、蹴破ってまで中に入る人がいるから」
戦闘狂すぎる魔族には困りものである。
私達は家に入り、父を探す。
生物学の、特に植物を専門とするので部屋は緑に溢れている。
部屋数は少ない。父は直ぐに見つかった。
液体に浸した植物の経過観察で、紙にペンを走らせている。
集中しているので、いつ声をかけるべきかタイミングを掴めないでいると、ピタリと動きが止まる。
そして薄鈍色の瞳の視線が私達に向けられた。
「帰ったか」
「うん。ただいま、お父さん」
父であるゼノは独自の雰囲気をもっている。
スタスタと近寄り、高い身長から見下ろす表情は無であった。
そしてポン、と頭に手を置く。
次いでナリダ、ソダリ、レナという順に繰り返し、終わると元いた位置に戻った。
淡白ではあるが、父なりの愛情表現だった。
多分、これは誉めてくれてもいる。
思わず苦笑していると、父は初対面となる二人に視線を向けた。
「誰だ?」
「私の仲間だよ」
「お、お初にお目にかかります。ロイです」
「ハルノートだ」
「狼人とエルフか。……ふむ」
二人は頭頂部から足の先まで見られる。
父により調子が狂わせられているのがひしひしと感じられると思いながら、私は父の思考を悟っていた。
「体の一部を提供する気はないか? 爪、髪、血でも何でもいい」
「お父さん、突然すぎて二人がついていけてないよ」
「眼球でも臓器でもいいぞ」
「叔父さん、悪化してるって」
「お前らでもいいが。検体は多くても困らん」
「…………遠慮」
ロイとレナが私の背後に隠れる。
前者は本気で怯えてであるが、後者は面白がっているだけだ。
「もう。ロイが怖がってるから、冗談はそこまで」
「俺は本気だが?」
「ひっ」
「お父さんは説明不足なんだよ」
ロイがぎゅうっと私のローブを掴む。
無表情で感情が読めない人だから、より恐怖に感じるのだろう。
「大丈夫だよ、ロイ。お父さんの知り合いが人について研究していてね。互いの欲しい材料をよく交換し合っているから、だから何か提供してくれないかって言ってるだけなの」
父は無理強いしないので平気だ。
だがその知り合いの研究者は危ない方で、言葉巧みに人体の重要な部分を提供してもらうよう画策してくるが。
「……取って食べたりしませんか?」
「俺は食事を必要としない」
報酬を出すからどうだと宣う父に、ロイは完全に拒否した。
視線でハルノートにも問われるが「やめておく」と若干顔をひきつらせていた。
「クレアはやったのか?」
「うん。痛みが補わない程度には。じゃないとシュミットさん、いつまでも帰ってくれなかったから」
わざわざ家にまで交渉しに来たの過去を想起する。
「付きまとわれたのか?」
「うーん、そこまでじゃないけど、何度も家に訪ねられはしたよ」
揚げ足を取ろうとする意図全開のシュミットさんの相手は大変だった。
ここ付近に住んではいないのは幸いだ、と何度も思ったことである。
「そういえば、」
とびっきりの爆弾を投げられたのは、父がリュークに実験に不必要な植物をあげる脇目のときだった。
「あいつ、帰ってきたら城までこいと言ってたぞ」
父が『あいつ』と呼ぶ人物は一人しかいない。
「……命令?」
「おそらくな」
私は思いっきり項垂れた。
「主!?」
「あーあ、帰って早々面倒になったな」
「…………大変」
「……聞かなかったことにしていいかな?」
「僕は素直に行った方がいいと思うよ。だって相手は魔王様だし」
「「魔王!?」」
ロイとハルノートが驚愕し、動揺する。
魔族や魔物を統率し、破壊の力で人に厄災をもたらす存在。
そう人国側が称する魔王が、私を招喚していた。




