記憶
微睡んだ意識の中、歌が聴こえた。
ソプラノの伸びのある、綺麗な声。
それでいて暖かみがあった。
ゆっくりと意識が浮上する。
暗闇からだったせいか、視界が白く塗りつぶされる。
時間をかけてものの輪郭を捉えることに成功するが、どうにも視界がぼんやりとしてはっきりしない。
これ以上は無理と判断し、気になっていた歌の出所を探した。
と言っても探すまでもなく、目の前にいたのだけど。
整った顔立ちの女性だった。
目を引くのは琥珀色の髪。瞳も同様だった。
私はじっと見つめ、歌を聴き続ける。
いつまでもそうしていたかったが、終止符が打たれる。
女性が私の視線に気づき、歌うのを止めたからだ。
女性はふんわりと微笑み、私を見つめ返す。
慈愛に満ちた瞳。
目が離せなくなった。
そして瞳に映るものに気づく。
こぼれそうなぐらいの大きな目。
ふっくらとして、ほんのり赤く染まった頬。
白い肌。
長くはない、目と同様の髪。
赤ちゃんだ。
可愛らしいがぴくりとも動かないので人形のように見え、不気味に感じた。
けれど同時に違和感を感じた。
私はこの女性の目の前にいる。
それなのに瞳に映るのは赤ちゃんだ。
――――この赤ちゃんは私だっていうこと?
そんなことはあるのだろうか。
だって私は高校生だ。
気が付いたら姿形が全く似ていない赤ちゃんになっている、いうことは現実にありえるものなのだろうか。
ズキリと頭痛がする。
頭を打ち付けたようなガンガンとした痛みもある。
どうしてこうなったのか、思い出そうとすると余計にひどくなった。
女性は私の様子がおかしいと思ったのか、顔をぐっと近づいた。
そのまま額と額を合わせると、驚愕した表情となる。
慌てて女性は私を何枚か重ねた布の上に下ろし、どこか走り去っていく。
私は抱えられていたのかということに今更気付く。
けれど頭痛が酷い中、そんなことはどうでも良くなっていた。
思い出したい。
でもそれを拒絶する自分がいる。
脳裏に全身黒い男が見える。
ナイフをもち、ぎらついた目で私を見てる。
女性が戻って来た。
冷たいと思ったら、額に水に濡れた布が置かれていた。
熱が出ているのだろうか。
自分のことなのに他人事に感じる。
地面の上に寝転ぶ人がいる。
お腹の辺りに血溜まりがあって、動かない。
あぁ、これは私だ。
私の記憶だ。
ようやく理解すると、赤ちゃんになっているときの記憶が蘇り、目の前の女性が私の母親だということが分かった。
重たい腕を母に向かって伸ばす。
母は優しい人だ。
前の親とは違い、たっぷりと愛情を注いでくれる。
けれど静奈の記憶があるせいか、いつか興味を失ってどこか遠くに行ってしまうかもしれないと考えると不安になった。
そんな私の縋るような手を両手で包み込む。
私が知らない言語で何か話したが、分からない。
けれどどこにもいかない、と言っているようだった。
それだけで不安だった心は落ち着いた。
すると休みを必要としているのか、睡魔が襲い掛かってくる。
勝手に閉じていくまぶたに抗う事は出来ず、眠りにつく。
そのときにまた言葉が聴こえた。
――――お休み、クレディア。
また分からなかったが、クレディアという言葉が私の名前だということだけは理解出来た。