返り討ち
ハルノートは暫く瞼を伏せる。
そして何事か考えたのか、己の荷物と私をちらりと見た。
休息の邪魔だっただろうか。
暇にしようかと動きだそうとすると、何気無くハルノートが魔法の詠唱を始めた。
私は第一に彼が無属性であるそれに珍しさを覚えた。
彼が精霊魔法以外とは、身体強化か体を清潔にする冒険者が常用する魔法しか見たことがない。
そして第二にはその魔法自体への驚愕だ。
「秘鑰を呈示する。名はハルノート。
絶無を実在に、隔離せし次元を一環より引き寄せろ」
淀みがない、完璧なものだった。
持ち上げていた腕が虚空に呑まれる。
腕の先がぽっかりと遮断されたように消えていた。
痛みに藻掻く様子はなかった。
私は詠唱の内容からどのような魔法かは予想がついていたので、そのことには気が引けることはない。
ものの見方を魔力を認識できるように切り換える。
途切れた腕に沿うようにして魔力が集中していた。
ハルノートが成した現象だ。別次元の空間がある。
それは現代には語り継ぐ者が極僅かになってしまった古の魔法だった。
彼は空間内で腕を鞄をごそごそと漁るようにしていた。
お目当てのものを見つけたようで引っ張り出す。弓矢だった。
「なんだよ」
全ての成り行きを瞬きなしで凝視していた私に、ニヤリと頬を釣り上げる。
これは確信犯だ。
私は歓喜の声を上げる。
「ねえ、それ空間魔法だよね!」
否定はしなかった。当たりだ。
私は瞳を輝かせて迫る。
「どこで修得したの? いつから? これまで使用してなかったことから私と出会う後かな? あ、でも空間魔法は難しいから、会得するまでの時間をしてなかったことを考えるとその前の可能性もあるね」
「おい、ちょっと待―――」
「誰から師事したの? 空間魔法は秘伝って聞いてるけど、その保持者に縁があったとか? そういった方は囲い込みされているから、国のお抱えの方に繋がりがあったことになるけど。 でもハルノートは長寿であるエルフの種族だからね。知り合いでいたという方面も……」
「一旦落ち着け! お前今すげえ冷静じゃねえぞっ」
「仕方ないよ! だって古代魔法だよ、空間魔法だよ? いくらお願いしてもベリュスヌースは教えてくれなかったのだから、憧れだけが募ってて余計に駄目。無理なの」
興奮しているのは承知だ。
放っておいていい事案である。
これは私が空間魔法を修得できる絶好の機会だった。
ハルノートの師匠でも、彼自身でもどちらでもいい。
魔法の才能と属性の適性―――今回の場合は無属性であるので関係はない―――を持っていても、人脈がなければ古代魔法とは縁はできない代物なのだから。
魔法使いならば誰もが欲す情報だった。
古代魔法を行使できるとならば栄光に輝ける。
何より空間魔法はとても有能だ。
有名どころは荷物を収納できることだが、応用がきくので様々なところに使いどころがある。
私はハルノートの手をぎゅっと掴んだ。絶対に逃がさない。
解除しなければ内側にいる者も出れない結界も丁度ある。なんて最高の状態だ。
私は決意したのだ。
ここで空間魔法への師事の承諾を掴みとってみせる。
幸い、彼は自分に十分な利益があれば頼みを聞いてくれる。
要求されるのがお金でもいくらでも積もう。
現在、魔物の素材の収益がでない魔国と人国の往復をしているので金欠だが、死ぬ気で働けばなんとかなるだろう。
この世界は魔力があればあるほど寿命は長い。
だからエルフや魔族という魔力を必ず保有する種族は長生きなのだ。
私は半魔であるものの、膨大な魔力を保有している。つまり時間はある。
巡ってきたこの機会は確実に仕留める。
その為にまずはこの熱意と誠意を示すのだ。
「お願い、ハルノート。お金でも何でも欲しいものはあげる。だからどうか貴方の知識を―――」
「ストーーーーッップ、です!」
「クレア、その発言は不味い! レナ!」
「…………ん」
強制的にベリッとハルノートから手を剥がされ、レナと向かい合わせにさせられた。
ルビーのような瞳を至近距離で強制的に見せられる。
魔力が籠り、妖しく煌めいた。
石化はすることはない。
私の膨大な魔力により抵抗は可能なのだ。
レナはそのことは分かっている。
ただ魔眼の石化以外に併せ持つ、鎮静効果に期待しているのだ。
体への影響は先程の通りだが、精神への耐性はない。
私は少しずつ落ち着きを取り戻してきた。
冷静になり、自分を振り替える。なんて傍迷惑な人だ。
「ごめん、少し高揚し過ぎたみたい」
「少しどころじゃなかったけどな」
ナリダから突っ込まれ「ほら」とリュークを渡される。
どうやらされるがままの小龍に癒されろとのことだ。
顔面によじ登られた。体温が上がっていたせいかひんやりする。
物理的からもより冷静になってきた。
「……あいつ、魔法馬鹿だったんだな」
「元かららしいよ。ああ、でも父親の影響でか、魔国で暮らし始めてから悪化したらしいけどね」
「魔法はいいものだよ」
「再燃した!?」
「今はそれなりに普通だよ。ハルノート、」
「……なんだ」
なぜか身構えられている気がする。
私と彼との間にロイが入った。
今はまあまあ冷静になのに酷いものである。
「到着したらまた詳しい話をしよう。取り敢えず今は―――ぜひ魔法の師事させてください。お願いします」
「話の際は私も同席しますね、主」
「俺からも、頼む」
ハルノートはなんだかぐったりとしていた。
おそらくびっくりさせてやろうとする魂胆で魔法を見せたのだろうが、予想以上の反応で逆に返り討ちにしてしまったようである。




