霧 後編
数との戦いだった。
魔物の襲撃の間隔があまりに短い。
控えていたロイとソダリが戦闘に参加して進行の速度は保ってはいるが、全員が神経を磨り減っている。
襲来が一時途切れた隙にナリダが回復薬を呷った。
先頭の彼が一番に疲労が蓄積する。
二番目にはレナだ。
魔力探知の弊害として顔を蒼白とさせ冷や汗を滴らす。
膨大な情報量で頭痛などを引き起こしているのだ。
これはナリダのように簡単に癒せない類いである。
そんな彼女を見越し、四メートル程のゴーレムがレナに狙いを定めて拳を振り上げた。
豪腕である上に硬質だ。
回避に出遅れたレナをソダリが庇い立って挑むが、オーガを系譜とする魔族であっても防ぎはできるだろうが軽くない傷は負ってしまう。
咄嗟に判断し、私は闇魔法を行使した。
巨体の影を地面に縫い止める。
動きを封じる効果だが、漂ってくる霧のせいで影が薄い。
威力が落ちるにとどまった拳固が迫る。
「ぐっ、ぅあああああ!」
ソダリは受け止め、押し返した。
ゴーレムは一歩後退することとなり、そこでロイが肉薄して足蹴で粉砕。
胴体と足の部位であった。
バランスを崩し、重さに見合った地響きを立てて倒れる。
「後どんぐらい凌げばいいんだ!?」
「渓流があるところまで! 魔物のせいで聞こえにくいけど、微かに音がするから後少しだと思う」
「ラストスパートだな!」
「ガウ!」
士気が高揚し、飲まれかけていた魔物の波から押し返す勢いで底力を発揮する。
森を抜ける。霧を薙いだ。
広がるのは山水。奔流する渓流には巨石がいくつも並ぶ。
「あそこにする! 結界を張るまでの時間を!」
森と川筋から距離をおいた場所を休息場所として指定し、当然にいる魔物を蹴散らしながら陣取る。
守護する仲間に囲まれながら私は一枚の紙を取り出す。
それには事前に魔方陣を描いていた。
地面に紙を、そして魔法の媒体となる杖で突く。
魔力を注いだ。魔方陣に光が点り、仲間を囲む程に拡大する。
キン、と音を立てて結界が構築された。
結界内部に取り残されることになった魔物は直ちに残滅されることになった。
その様を外部の魔物は黙ってはいなかったが、結界は魔力さえあれば何もかも阻んだ。
それでも迸る闘気を持って幾重にも打ち破らんとしていたが、揺らぎがないことからとうとう攻撃が止まる。
睨み合った。そこに不意にとある魔物が私達から興味を失う。
引き返していったのが口火だった。
他のものもぞろぞろと去っていき、攻撃の意志あるものはなくなる。
「はあぁぁ、終わったあ!」
ナリダがどたりと倒れ込むように鎮座した。
「行きよりもきつかったね」
「…………時間帯?」
「かもしれないね。まだ冒険者が活発になるにはまだ早いから。彼等に向かう分が僕達に来てたんだろう」
「ならもっと時間遅らせて行けばよかったんじゃねえか? ここの魔物の奴等、あまりにしつけえぞ」
「確かに、気性が荒かったです」
「ここは魔素の溜まり場だからね。学説としては、それに加えて不の要素が多く含んでいることから、魔物の闘争心が強く刺激されているらしいよ」
過剰な魔素が様々な現象を引き起こしている。
霧が発生するのもそれが一つの要因ではと言われていた。
「時間については、ここを越えるのに昼に挑みたかったからだ」
「夜は魔物が活性化するのは知っているでしょう? さっきの話に続くのだけど、ここは魔素に刺激されて常に魔物が狂暴化している。夜は殊更見境なくそう」
難の軽減の為に昼に森を抜けるとして、ここの休息場に到着する頃には夕方前となる。
まだ時間があるが、ここの最難関を越えるときに以上の理由で夜が近い時間帯には臨みたくはない。
これから挑むのは狂乱の渓谷―――濃霧とその場を占める渓流、そして膨大な魔物が存在する、魔国に通じる谷である。
人族と魔族を隔てる、最難関の一場。
ただでさえ濃霧で視界が悪いところに、ゴツゴツとした鋭利もある岩石や足場を踏み外せば飲み込まれることになる谷川。
頭上には鳥型の魔物が多数。水中にも地上にもいる。
そんな場所に夜は到底無理だ。
結界内で一晩過ごして次の日に挑むとしても、闘争に狂う魔物はさきほどのように去ってはくれない。
魔力の回復を上回る程の速さで攻撃を仕掛けてくるだろう。
「多少は霧が晴れる昼が攻略に最適。それまでは各自休憩にしよう」
*
供給源となる魔石を結界の魔方陣に設置、レナへ治癒の魔法、魔力回復薬の摂取、リュークに異変がないかの確認とまずは一通り直ぐにやるべきことを終わらせる。
途中ロイとの「何か力添えになれることは―――「休憩。ロイ自身のだよ」……はい」とのやり取りも交わしている。
メイド服の有無があるだけでもう慣れたものだった。
私が『主』であるからと、ここ数日甲斐甲斐しく世話を焼かれているのである。
今回は自覚があるだろうから疲労回復に努めてもらえたが、平常であれば頑固なまでに仕えていただろう。
このことは私は半ば諦めている。
力説して『これが私の生き甲斐なのです』と言い、反駁しようものなら涙目だ。
私の押しきってしまえば断れない性格をロイは熟知している。
従者としてのロイが結構強情なことを判明してきたことからも、意図通りになってしまっている要因だろう。
だが観ずることはともかく、私は未だに狼人の抱く『主』と『従者』の意識は理解していない。
疲労のせいもあり、やっぱりよく分からないなと意識を漂わせる。
そんな視界にハルノートが仏頂面でいるのが映った。
「サラマンダーのこと?」
「ああ。ここは相当負担らしい」
気になって尋ねたことは当たりだった。
サラマンダーは必死なので気付けなかったが、森を抜ける前に突如として消えたらしい。
魔素の溜まり場は精霊にとって具現もできない程だそうで、自ら避難したようだ。
「ここからは力を借りずに俺だけでやってくしかねえな」
溜め息をつく。
顧慮するのは自分ではなく精霊のことでだろう。
そんな彼だから、心を通わせるのが重要になってくる精霊魔法を卓越して使えるのだろうなと思った。




