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手料理 後編

 香辛料。

 私はそれをずっと求めていた。

 それはここらへんの地域の味付けが薄いのが理由である。

 香辛料とはあまり縁がないせいか塩を少し入れるぐらいで、素材の味を生かしたものが郷土料理となっている。

 それはそれで美味しいのだが、料理のレパートリーが少なくて飽きてしまったり、日本の食事との差をどうしても考えてしまうのだ。


「お母さん! さっそく何か作って!」

「もう……これでも戻って来たばかりだから疲れているのよ」

「お願い!これでお母さんの手料理、食べたい!」

「……そこまで言うならしょうがないわね。腕によりをかけて作ってあげるわ。私の本気の料理を!」



 そして現在に至る。

 黒焦げの料理から分かる通り、母は料理が下手だったのだ。

 そのことを知っていたら、こんなこと頼まなかったのに。


 これまでの母の料理は大丈夫だったのだ。

 多分調味料が少なかったおかげだとは思うが、いつもは美味しいまではいかなかったが、普通の範疇にあったのだ。

 木の実や山菜、動物や魔物の肉で、そのまま自然の味を生かしたり、焼いたりするだけで複雑な料理をしていなかった。

 料理を焦がしたりするミスはよく合ったが。


 とにかく、母は取り敢えずなんでもかんでも入れればいいと思っている。

 相性とかは考えてなどなく、これを入れたら美味しくなるかなという感覚でやっているのだ。

 香辛料の味を知っているのならいいが、これは遠方の国のもので初めて見るものが多いはずだ。

 プロの料理人でもどんな味か確かめて料理を作るはずなのだから、こんないい加減に作るものじゃない。


 そんなふうに愚痴をついているが、母には直接言えない。

 だって母は私のために疲れている体にムチを打って作ってくれたのだ。

 美味しくないから食べたくないなど、言えるはずがない。



 とにかく今の状況は、まだまだ残っている見ただけで食欲が失せる料理、ニコニコと嬉しそうにしている母、逃げて隠れているリュー、そして絶望している私。


 もうどうしたらいいか分からないが、このままだと母の手料理に殺られるだけだ。


 私は必至に頭を回転させてこの状況をどう脱却するか考える。

 手がすべったと称して料理をぶちまける。

 体調不良でこの場から逃げる。

 リューも巻き込んで、食べる量を減らす。


 とっさにこの三つは考えついたが、目の前の料理以外にもまだあるし、保存しとけばいいのだから、結局は食べることとなってしまう。

 早いか遅いの違いだけだ。

 もう助からないということを理解する。

 これは母が傷つくことを承知の上で、不味いと言わざるを得ないのか。



 しかしそこで救世主が現れる。


「邪魔するよ。……ってなんだい、この匂いは!」


 スノエおばあちゃんである。

 いつの間にか母の手料理の匂いが部屋に充満していたことで、顔を歪ませながら家の窓を全開にする。

 だかま、母はこれをなぜか好意的に受け取ったようだ。


「あら、スノエさん。いらっしゃい。ちょうど良かった。香辛料を使って料理を作ったのよ。せっかくだから食べていくかしら?」

「……老人にそれを食えというのかい」


 おばあちゃんの声は小さいものだったので、かろうじて私は聞き取れたものの、母には聞こえなくて首をかしげている。

 次の瞬間、スノエおばあちゃんの怒声が響き渡った。




 この後は母が叱られてしょんぼりとしている姿が見られた。

 傷ついているが、それは私ではなくおばあちゃんがやってくれたことなので罪悪感はまだ小さい。

 自ら不味いとは言えなかったから、おばあちゃんには感謝だ。


 母が怒られている間、私は口に残っていた後味を水でひたすら洗い流した。

 そのことでリューが私を笑っていたが、リューの口にも母の手料理を無理やり詰め込んであげたら嬉しすぎて気絶した。

 それは母の落ち込み度を加速させることとなったが、私はリューに対して苛立った気持ちがすっきりして気分が上昇した。




 ちなみにまだ少量残っていた香辛料は、別の機会に私が皆に振る舞っておいた。

 それは母よりかはマシなものの、料理など調理実習しかやったことなかったため、微妙なものとなった。

 だがそれでも母の手料理よりはマシだったので、何も言わずにもくもくと食べていた。

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