復讐の熱が冷めて 後編 ※ソダリ視点
後半はまた別の視点です。
僕の悩みを聞き慰めてくれていたクレアとの状況は、確かに端からしたら男女の関係であるように見えたかもしれない。
だが、実際はそれは違う。
なぜかと問われるとしたら、答えは簡単だ。
クレアが一歩通り越して母であったから、である。
僕のことを異性として意識していたとしたら、彼女は躊躇いもなく抱擁しないだろう。
クレアは仲間に対する慈しみを持っているだけなのだ。
それは僕にとっても同じである。
亡き兄の代わりに来た、妹にしては優秀すぎるがそのような存在としてしか見れない。
心に傷を負って村にやって来た少女は、僕には庇護すべき存在だと定まりをもって、最初から今日まで同じように映っている。
なのに、あのとき僕は。
「俺……は、」
ゆっくりながらにも、自分の想いを見つけ出そうとする男の声を聞いた。
ロイの尋問から逃げるようしていた思考から浮上し、穏和なクレアが口喧嘩を交わすことができる相手のハルノートを見やる。
「好きじゃ、ねえ」
予想外だった。
好意は抱いているだろう。だが、異性としてのものではない。
落胆した。
勝手なことだが彼は高位の精霊と契約できる程の実力はあり、クレアと対等な関係が築ける存在だ。
惚れているのなら、これから先彼女にどんなことがあろうとも離れることはないだろう。
仲間の立ち位置よりも深い関係を望む想いがあるならば、きっと自然とそうなる。
彼女と再び共に組むことを選ぶなら、その想いで僕が安心させて欲しかった。
クレアは大切な仲間だ。
兄のような最悪の末路とならない為にも、強い想いが見たかった。
僕にはできない、頼れる者となって欲しかった。
それ故の失望。
だが言葉を続けたハルノートに、僕が無性に恥ずかしくなった。
「好きじゃねえ……が、綺麗だと思った。成長したあいつは、綺麗だって……」
何事もない独白。
ロイは「は?」と先ほどから何回か崩れて見える本性が丸出しで、いつの間にか観客の一人でいたレナは長い前髪で隠している瞳を覗かせ、輝かせながら楽しそうにしている。
「……俺、何口走った?」
そこでようやくハルノートが我に返った。
直視されたので、思ったままの言葉を送る。
「うん……なんか、ごめん」
「主の魅力的なので仕方のないことですけれど…………今後、一定距離以上主に近付かないでください。邪な視線も禁止で」
「…………ん!」
三者三様である僕らに、ハルノートは見る見るうちに真っ赤になった。耳までもだ。
このエルフ、結構なうぶだな。
「っふ、あはははは! こっち凄い面白いことになってる!」
サラマンダーは突然と現れた。
声が届かない距離でクレアといたはずだが、契約を結ぶハルノートの側であるなら一瞬で移動できるのだろう。
己の契約者を大笑する様は、彼をとてつもなく哀れに思わせた。
「サラマンダー、まだ話したいことが―――どうしたの? ハルノート、顔赤いよ」
「ッ何でもねーよ! だからテメーはどっか行け!」
「え、酷い……」
必然的にハルノートのところにまで来たクレアは、焦っている彼の言葉にかなりの衝撃を受けていた。
これ、後で絶対後悔するやつだ。
「そういえば、ちょっと前も怒鳴られたような……」
「主、あの者のことは気にしなくていいのです。思考するだけ無駄です」
「……ロイ、ハルノートに凄い辛辣になったね」
「成長したお陰です」
「そっか……ん?」
「クレア、ハルノートはちょっと疲れてるんだ。暫くそっとしてあげて」
「事情は分からないけど……うん。分かった」
齟齬に遅れて違和感を持ってしまった彼女の意識をハルノートの話で逸らす。
これで先程のことをロイから蒸し返しされないで済まないかという下心ありのことである。
あ、でもこれハルノートをフォローしたことになるからプラスマイナスゼロになるのか。意味がない。
「なー、兄ちゃん。もう元気になった?」
「……身体的にはそうだね」
「ガーゥ……?」
一人で暇だったのか、寝ぼけ眼のリュークを連れてのナリダだった。
「そろそろ出発しようか」
家に帰ろう。
僕は手のひらに乗る兄の欠片を大切に包み込んだ。
収束をつけ、それぞれ準備にかかった。
僕はその途中、血だらけの服をどうするかで悩んでいた。
今はクレアが結界を張ってくれていたので安全地帯であるが、このままだと血の匂いで魔物が誘き出すことになる。
「貸せ」
そこにハルノートが来て、燃やした。
燃え殻もない、見事なものだ。
「……さっきのことは忘れろよ」
「うん、無理だね」
「気合いでやれ」
いや、無理だ。
「ソダリ、手伝うよ」
「ありがとう、クレア」
盛大な舌打ちして去ったハルノートと入れ替わりで、怪我したことを考慮してクレアがやって来た。
といってもすべきことは殆どなく、必要なものがあるかどうかの点検だけである。
「ごめん、クレア」
「……何が?」
「全部、かな……」
色々な手間をかけたし、なにより彼女を傷つけた言葉が含まれていた。
だが、それを告げてしまえばまた気に病んでしまう。
自己満足になるだけの謝罪はしたくなかった。
けれど、彼女は察しがよかった。
「誰も傷付かない、そんな世界があったらいいのにね」
重みがあった。
加えて諦めがある。
「作ればいいよ」
気付いたときには言った後だった。
クレアは驚いて数回瞬きをする。
「じゃあ、作ろうかな」
柔らかく微笑んでいた。
それは偽り言でない、心からの表明であった。
*
暗澹たる空気が漂うその路地に全く不似合いな鼻歌を携え、軽やかな足取りで歩を進めていた。
一人の子どもだ。
自分を知らない者から異質だという視線を貰う。
被っている襤褸がその場に溶け込もうと励むが、どうしてもその上機嫌さは目立っていた。
隠そうとしていないのだから当たり前なのだが。
「到着っと」
得た情報に早速食いついた客には、待ち合わせ場所を指定していた。
相手は通信の魔道具を渡しているのだからと情報を責付かれたが、対価の金次第で色々な情報をばら蒔くか決定する自分はそこは絶対に譲りはしなかった。
急ぐ気持ちは分かっていた。
だからこそ時間を稼ぐようなその行動をした。
俺はその場に佇む者達を通覧する。
わざわざ面倒なことに来ていたのは大層尊い方だった。
噂ではかねがね聞いていたが、それ以上にあの少女に執心であるらしい。
「気になるなあ」
あの後も付ければよかった。
自分を情報屋に至らしたとめどない知識欲が現れる。
だが、それの限度を持ち合わせているので素直に諦める。
それが今まで自分を生かす要因であった。
「うわあ、こわいこわい」
身を隠しながら観察に移っていると、佇立していた者の一人がこちらに鋭い視線を向けてきた。
凄い。思っていたよりもとても優秀だ。
「いやあ、待たせたかな?」
「いいえ、問題ありません」
感嘆の拍手を送ろとしたら声を出さず器用な見咎められたので、すんなりと登場する。
言葉とは反対の悪びれることのない態度は、彼女の冷たい視線を頂いた。
だが、そこには種族故の軽蔑はない。
シャラード神教の教会出身というごてごての人工産であるのに、人族至上主義はなかった。
聖女の称号を与えられた者はきちんとした清廉だ。
「こいつがそうなの?」
「まだまだガキじゃん」
連れのエルフと人族の女が口々に言う。
聖女はそんな慣れっこなことに眉を顰めるがそれだけで終わり、ただ彼の言葉のみ応えた。
「ヴィオナ、この人が?」
「はい。そうです。こちらが―――」
「お会いできて恐悦至極! お噂はかねがね伺ってるよ」
その方は異国の風貌であった。
凹凸の大きくない顔、白くはない色のついた肌。
「初めまして―――――『勇者』様」
彼は異界から召喚されし者。
語り継がれる悪しき魔王を討伐する勇者の物語の新たな再来。
そんな勇者である彼は遠慮がちに微笑していた。
自分はこの巡り合うことができた幸運に、喝采の声を上げた。
第五章、完。




