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半魔はしがらみから解放されたい  作者: 嘆き雀
復讐ののち

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187/333

乗り越えた者

「きっと、トピーは再び復讐心が芽生えるよ」


 全て滅ぼさない限り、連鎖となっていく。


 ソダリは一拍し、「そうだろうね」と肯定した。

 倦怠感もあり、声は憂いに帯びている。


 衣服は戦闘により襤褸となっていた。

 普段の戦闘スタイルということもあるが、敏捷を少しでも上げる為と拳一つで戦いに挑んで防具なしの武装だったからだ。

 一応防御を高めた魔法の付与がされたものを着用していたものの、殆どの攻撃がそれを上回ったようで血染めとなっている。



 復讐の場から離れ、ソダリの回復を待つのが現在だった。

 表面から見える傷は既に癒やし終え、後は失った血や消費した体力のみだ。

 ナリダ達はそんな彼に栄養があり体力がつくものを、と付近の探索に出掛けていた。

 それはリュークもであり、私はソダリと二人っきりの状況でだからこそできる話をする。


「私はヴォロドを想うトピーの感情まで消さなかった。そうした方がどちらも恙無く終ったかもしれないのに」


 トピーにかけた私の魔法は強力なものである。

 それは闇属性であり、効果は記憶や感情を改竄できるほどだ。

 人の精神に関わることから上級魔法と認定されている。

 私はそんな魔法を苦手としていた。


 邪法と言えるものなのだ。

 人の精神に干渉し、操れる。

 習得し行使する自分であっても忌むものである。


 そのせいもあり、私はトピーに記憶消去をソダリを発見した時点からしかしていない。

 私自身の練度が足りていないこともあり、最低限しか対処していないのだ。


 だからトピーは眠りから覚めれば絶望するだろう。

 他の銀風の傭兵らに至っては魔力の問題もあり、何も施してはいないのだ。

 話を聞き、死に至らした者へと復讐心を再度持つに違いない。


「私、中途半端だね」

「いいや。クレアは十分過ぎる程に手を貸してくれた」

「でも」

「君の好意に甘えてる僕に何も非難できることはないよ。思ってもいない」


 気に病むことはないと言外に表すソダリは憑き物が落ち、綽然としていた。


「でも、彼女の復讐心がナリダとレナに向かってしまうのが心残りかな。殺すのが一番の方法だったけれど……」

「駄目だよ」

「戦争で同胞を殺してるのに?」

「駄目。……ソダリ、この話は済んだことだよ」

「遠くない未来で僕らを、魔族を殺しに来るかもしれないんだよ?」

「戦争が起きたらでしょう?」

「そうだね。でも、悪い芽は今からでも摘んでおけば憂いはなくなる」

「それでも駄目」

「……」


 区別をしなければならない。

 でなければ、見境がなくなってしまう。

 恨みで人を殺しておき何を言うと思うだろうが、線引きはしなければどこまでも連鎖となるのだ。

 残された銀風の傭兵団は仕事で参戦した。

 ここで彼等を殺しては次は兵を、飛躍すればウォーデン王国の民にまで至ってしまう。

 ソダリは兄のセレダを殺した人族を好んでいないのだから、なおさらしなければならない。


「ソダリ」

「ああ、分かったよ。……本当は、ナリダとレナを巻き込んだ僕がいけなかったんだ。付き合わせてしまったからね……」


 それを言ったら私にも手落ちがある。

 魔道具を使われたとはいえ、トピーに檻から突破された。

 だが、それは彼が二人を連れて行きたいという願望からがあっての事だ。


 言っても無駄であることはすぐ予想がついた。

 開口したのをやめる。

 私にできるのは吐露できる相手だ。


「僕がヴォロドに破れたら、復讐を継いで欲しかったんだ」

「うん」

「どうしても殺してやりたかった。兄を殺して得た栄誉を受け、悠々と生きてるのが許せなかった。先に攻めてきてにも関わらず散々と魔族は狂暴で残酷だって言い、村にまで危険を及ぼそうとした奴等が大嫌いだった」


 ソダリ達が住む村はウォーデン王国に最も近傍とする位置であった。

 悪しき魔族を討伐するという表明を掲げて魔国領を侵略する人族から被害を受けるとすれば、まず最初は彼等だったのだ。

 その故にセレダは志願兵となり戦場へと向かった。


「憎かったんだ。自分自身でも信じられないぐらい悍しいもので……。でもさ、その感情を持ってるのは僕だけだったんだよ。ナリダとレナは悲しさだけで終わってた」


 苦悶の表情で、手は服に皺をつくり胸の前を押さえる。

 涙ぐんではいない。

 だが、泣いているように私は見えた。


「多分、二人が幼かったからだろうけどさ、僕だけが歪んでいるんじゃないかって思うんだ……。だから、確かめる気持ちもあって二人を復讐にさせないのに一緒に連れてきたんだ。復讐心を抱いてくれるなら嬉しいし? ヴォロドを殺してくれるなら万々歳だ。…………僕、最低だね」


 笑い飛ばそうとし、失敗していた。

 あまりに痛々しかった。

 何かしてあげなければという心が働く。体が自然に動く。

 私はソダリを優しく包み込んだ。


「辛かった?」

「……うん」

「自分が怖かった?」

「うん」

「ソダリは復讐を果たせてどう思った?」

「なんで……なんで笑って逝くんだよって、もっと苦しんだ表情をしろって思った」

「うん」

「それで僕は……悔しかったんだ。戦争でのことなのに相手を恨んで、復讐に囚われて馬鹿だって言ってるみたいで…………自分でもそう思ってしまった」

「なら大丈夫だよ」

「……?」

「憎悪はもうないのでしょう? ならソダリはお兄さんのことを大切に想ってて、それが大きな復讐心になってしまっただけ。人一倍強い想いを持っていた証なだけで、皆と変わらない」

「……ナリダとレナとも?」

「うん。レナなら特に似てるかも。ソダリに加勢に行こうとするのを止めたとき、私睨まれたんだよ。怖かったんだから」

「想像、つかないな……」

「レナはソダリの前だと借りてきた猫のようだからね」


 己の母が私にしてくれたときのように強く意識していた。

 優しくゆっくり、暖かさが伝わるよう抱擁して大丈夫だって伝える。

 暫くして、ソダリがそっと離れた。

 ほんのりと頬を赤らめ、照れくさそうである。


「……ありがとう、クレア」

「もう平気?」

「うん。だからさ、その、背中ぽんぽんするのやめてくれないかな……」

「恥ずかしい?」

「そりゃあまあ、小さな子ども扱いされるのはちょっと……」


 年齢に関係なくされてもいいとは思うが、軽い抗議をされたのだからやめる。

 涙の跡はやはりない。

 男の子とは強いものだ。



「そういえば僕が死んだらって後のことを頼んでたけど、その必要なかったよね。クレア、僕のこと殺させる気なかったし」

「なんのこと?」

「惚けるのは無理だと思うよ。魔法、待機させてただろう?」

「……だって、みすみす殺されるところを見てる訳にはいかないでしょう?」


 素っ惚けるのは無理だった。

 ソダリにとって隠蔽の闇魔法は既知だ。

 私が九死の際にとこっそりと準備していた魔法は、確信をもって見破られていた。


「復讐の邪魔はするつもりはなかったよ。ソダリの命を助けるのだけに使おうとしただけ」


 非難されるのも覚悟のことだった。

 ソダリは複雑そうな表情をしている。

 手出し無用とは決めていた。

 なので私はヴォロドに分かるよう牽制行為はしていたが破ってはいない。


「……まあ、僕の力不足が原因であるしね。それに僕は復讐を果たしたいのであって、死にたい訳じゃない」


 悩んだ末、責められることはなかった。

 私はホッと息を吐く。

 怒られるのは誰だって好きではない。


「死ななくてよかったよ」

「……うん、本当にね」


 今更ながらに安堵の言葉が漏れる。

 ソダリは勝ち得た兄の遺品を手にし、大切にする。

 すらりと縦に伸びる角は彼に似ていた。


「墓に埋めたいんだ。何も帰ってこなくて空っぽだから」


 魔族は魔物と同様、数日経てば魔石と強い魔力が富んだ部位以外を除き消滅する。

 遺品を装飾として使われていたのは頭に来るところがあっただろうが、素材として売られてしまえば彼等の元には戻ってこなかった。

 魔石はそうなので、その考え方によれば僥倖だったかもしれない。


「帰りたい。兄さんと、皆と」


 故郷を想っていた。

 私も、彼等の村は父の居宅があり二年程過ごしたことから、第二の故郷と言えるところだ。


「帰ろう」


 私も言う。


「いいのかい?」

「うん。ついでみたいなものだったから」


 自分の髪と瞳は薄鈍色だった。

 旅を始めたときと変わらない、父とそっくりな色。

 探し人の特徴として加わっているだろう色。


 誘われてこなかったが構わなかった。

 私も帰りたい。

 母や父に会いたい。




 おおい、と叫ぶ声がした。

 ナリダだ。次いでリュークの声もする。

 山菜や木の実や茸、手頃な魔物まで持って駆け寄ってくる。

 その後ろをレナが並足でいるので、差が目に見えて分かりやすい。

 微笑ましくてその場の雰囲気が和らいだ。


「なあ見て! いっぱい採ってきた!」

「ガーウ!」

「…………頑張った」


 皆一様に口々にする内容で、ソダリは己の為に献身してくれた彼等に「ありがとう」と嬉しそう感謝を述べている。


 暖かい光景だ。

 賑やかに談笑しているのは幸せの証。

 大切な者の死の悲痛を乗り越え、今を生きる姿。


「ずっと続いたらいいな」


 私は好天の空の下、そう希求する。

 遼遠の先は妖雲が棚引いていた。

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