ソダリの復讐 後編
戦闘は過激だった。
拳と槍の応酬が入れ替わり立ち替わりで為され、裂傷ができあがる。
ソダリの無手故の身軽さでもって攻めたてるが、ヴォドロの技量はそれを上回っていた。
それでも果敢に槍の間合以上の接近戦に持ち込むソダリなので、彼が劣っている訳ではない。
どちらも戦闘の心得がある者の中で高水準にいるのだ。
順位をつけるならばやはりヴォドロが上だが、憎悪の力もあって戦闘は成り立っている。
柔和な彼が咆哮する様は、人肉を食らうオーガの血が流れる故だった。
魔物であった頃の本能を下剋上を、復讐を果たそうとする為の決死の現れである。
その様を私は静観していた。
リュークも、そしてナリダとレナも同様だ。
『クレアに勝てるはずがない』
『…………ん』
ソダリだけの復讐にするのに立ち塞がった私に、二人が言ったことだ。
魔国の村で何度か模擬戦は行っている。
戦闘狂である魔族の例に彼等も違わないのだ。
そして私は全てに勝星を上げている。
二人がかりでも負けない自信があった。
だからこそ、ソダリの頼み事を聞き入れたのだが。
「ほんとはさ、こんな人国にまで来てるけど、そこまでして復讐したいって思ってなかったんだ。……兄ちゃんはそれが分かってたのかな」
独白するナリダは真摯に己の兄を見守っていた。
レナは俯き加減ではあるが、それでも目は逸らしたりはしていない。
「ソダリは二人に復讐してもらいたくなかったんだよ」
レナにとっても戦死したセレダは兄のような存在であったという。
これは残された者が悲痛で終わるか、復讐に想いを変えた物語なのだ。
後者が弟と妹のような幼馴染みを想い、自分のように復讐に走ってもらわない為に第三者の私が頼まれ加わった、悲哀な切っ掛けからの由縁。
「…………死なない?」
レナは頼るようにローブを握り、不安そうにした。
事実そうなのであろう。
彼女からはもう誰も死んで欲しくないから復讐に付き合ったのだと内聞していた。
だから行かせないと立ち塞がったときの鋭かった視線は、一人で戦わせ死なせる気なのかという思いだったのであろう。
「大丈夫だよ。言ったでしょう? 絶対って」
私は完全に意識を戦闘に向ける。
リュークは黒の檻の大人しすぎる傭兵達にちらりと一瞥し、私の側へと位置どった。
*
勝てる方法がなかった。
愚直なまでに立ち向かう魔族の横腹を槍で抉る。
殺すのはこれまでに幾度となくできた。
それでも勝ち、生き残る方法が見つからない。
「ハハハ! どうした、こんなもんなのかよ!」
「お前の兄もあまりの不甲斐なさに、今頃冥土で嘆いてるだろうな!」
煽って煽って、瞋恚を積み重ねさせる。
魔族はその度に力を増し、そして拳を振り抜く風圧で俺を圧倒しようとまでする域にまで達しようとしている。
手負いであった。
大きな傷は作ってないものの息は上がり、脚が震えている。
それでも己の武器である拳は強く握られ、闘志は失っていなかった。
そんな魔族に俺は石突でもって吹き飛ばす。
「カハッ」
「おいおい、死ぬんじゃねえぞ。もっと俺を楽しませてみせろ!」
驚喜だった。
この魔族は俺を殺すにまで成長してきている。
死と隣合わせのギリギリが、人生で一番の輝きがある。
命を燃やすように自分の力全てを結集し、戦うからだ。
だから危険な場所に行くのが止められなかった。
トピーという女ができても自ら死に晒す行為を望み、し続けた。
「オラア!」
「―――ッ!」
撃刺の攻撃を連続で放つ。
吹き荒れる風のように既に裂傷だらけの服を、肌を切り裂く。
魔族は浅い攻撃は避けなかった。
深刻となるものは拳で薙ぎ払い、真正面から叩き潰す。
回避するだけだった者がここまで急成長した。
そして、槍を掴まれる。
体を前に持っていかれるのを手を槍から離すことで回避したが、それでも危機は過ぎ去っていない。
奪った槍を後方に投げ捨て、得物を失くした俺を見る瞳は一点の光があった。
それを塗り潰す最もな手段はあった。
だが、俺は魔族の拳に同じ己のものをぶつける。
ミシミシと嫌な音だった。
骨が折れる激痛は覚悟していたから耐えられた。
当然に打ち合いに負けたが、後退りはしなかった。
腹に一撃を与える。魔族は三度仕返してきた。
襟から持ち上げられる。頭突きを噛ましてやった。
魔族は角で反撃しようとするのでそれは慌てて避けるが、その代わり肩が抉れた。
漏らさないようにしていた悲鳴が濁声で丘陵地に広がる。
衝撃音が掻き消した。
「グ……ッ」
まともに受け身をとれず、地面に叩きつけられていた。
その様を真上から見下ろされる。
息ができなかった。
普段の呼吸からは出るはずもない音がし、咳をすれば血糊が吐き出る。
それでもなんとか言葉にした。
「言った、こと……本当だろ、な」
「ああ。お前以外は手出ししない。遺言はそれだけかい?」
「……トピーに、」
愛してると伝えたかった。
愚かな俺に付き添ってくれた、最高の女だと。
言葉は伝わらなかったようで、魔族は眉間に皺を寄せていた。
何回も口にして、魔族は「分かった」と告げた。
魔族の癖に律儀に聞き取ろうとする態度がおかしかった。
笑おうとして、息だけが漏れる。
死に際だった。
「痛みを長引かせるつもりはない」
強く握られた拳は今では救いだった。
在り在りとした過去が鮮明に浮かぶ。
トピーの方へと頭を傾ければ、朧気でついでに魔族の仲間が映った。
人族の姿であるが、きっとあいつらも魔族なのであろう。
何かは判別できないが使役している魔物も新たにいた。
魔法使いさえいなければ。
どうしようもならない無念が過る。
一対一であったら、このオーガの魔族は殺せた。
魔法使いは静観しているようで、監視していた。
遮蔽物がない見晴らしの良い丘陵地は奴にとっては都合のいい場所だ。
だから、俺はこうして殺される羽目になっている。
拳が振り下ろされていた。
俺は最後の戦いに満足していた。
お前が相手で良かったと、歪であるが笑う。
そして、筒闇となった。
トピーと団員の命を想って、俺は死んだのだった。




