もう逃げない
尾行する者はいない。
そう判断して人気のない細道へと曲がると、柔らかな質の髪がふわりと揺れた。
「ガウー!」
いくつもの魔方陣も相まって刺突や断裂などの物理や魔法の防御に優れるローブを、リュークが器用に両腕で把持しながら飛行していた。
真上にまで来ると、パッと離して村娘用の衣装は隠れて羽織ることになる。
「ありがとう」
「ガーウ」
一心同体である私達はどこまでも共にいた。
この地でもそれは同様である。
「お疲れ様」
「なんとかなったな」
「うん、本当にね。いつバレるんじゃないかって、ずっとドキドキしてた」
実際、ヴォロドにはバレかかっていた。
復讐対象本人であるからとてもヒヤヒヤしたものだ。
しかも銀風の傭兵団はなかなか解放してくれなかったので、想いは倍増である。
情報屋はかなり危うげなヴォドロの性格についても話してくれていた。
なのでそれを生かし、邪魔の入らない場所にまで誘きだす為に一つ猿芝居をうったのだが、これが案外上手くいった。
ソダリやナリダに急遽特訓した演技力を誉めてめらいながら、ローブの上にへと髪をおろす。
かつての魔法と違い、幻影のとおりの感触のままである。
手で触れられたとしても、バレる心配はない。
「…………変える?」
耳飾りの魔道具で普段の色に戻そうとすると、レナから言われる。
「もう見収めですか……」
「それでバレたら、作戦が台無しだからね」
そして視界を掠める栗毛が違和感なのだ。
「今の主は可愛いので、勿体ないです」
「……そっか」
「あっ、違いますよ! 普段の主は綺麗で、こう、方向性が……っ。ハルノートもそう思いますよね!」
焦って言葉で表せなく、そのことからハルノートに振るが無駄である。
「どっちもどっちだろ」
さらなる追撃が加わった。
ハルノートは嘘をつかないので、ダメージは大きい。
「そっか。どっちもそうだよね……」
「主、ハルノートは口下手なだけなんですよ! ああ、落ち込まないでください! ……この、ハルノートも何か言って! 主が誤解してる!」
「別にいいんじゃねえか」
「主を暗然とさせるに加えなんたる態度!」
必死に慰めてくれるロイであるから逆に心を抉られながらも、そっと普段の薄鈍色に変化させる。
ロイの落胆ともとれる声色が漏れ、その側にはハルノートが脛を蹴られたようで悶えている。
その上にリュークが着陸したので、なんとも不恰好な様である。
「僕はクレアはどんな色でも似合うとは思うけど、でも一番は本来の色が一番だね」
まさかソダリも私の色について批判するのかとビクリと体を揺らすが、誉め言葉であった。
「私も、そう思うよ」
半魔を示す紫色であるが母に昔から誉められてきたので、私も自分の色はお気に入りなのだ。
私は嬉しくなって、頬を緩ませる。
それを見てハルノートが何とも言い難い変な表情をするので、未だ乗り続けるリュークを持ち上げる。
これで重くはなくなっただろう。
痛みは知らないが、先程のことがあるのでもしそうあったとしても魔法で治療はしてあげない。
「……おい」
「何? そんなに痛むの?」
「ちげえ。……後で話がしたい」
「二人で?」
「ああ」
「……リュークはいてもいい?」
「そいつなら別にいい」
手を差し出されたので私はそろそろと近づけて握り、そして引っ張る。
慣れない距離の目線から、私は逃げはしなかった。
*
「お前は何がしたいんだ?」
椅子に座って早々、ハルノートは開口した。
許されたリューク以外に聞かれたくないような話であるから、場所は宿屋の部屋である。
「何って……復讐だよ」
「そんなのはもう知ってる。信頼するお仲間の手伝いだろ?」
嫌味な言葉には、非難せずに肯定する。
「俺が聞きてえのはそうじゃねえ。あのヴォロドって奴にはお前自身には恨みはねえのに、何であいつらの助けなんかするのかってことだ」
「友達だから、で納得はしないよね……」
「まあな」
ハルノートは誤魔化しが効かず、はっきりと正直にを求める者だ。
「復讐した私の前にソダリ達が現れて、同じように復讐したいって言った。無関係じゃないって思ったの」
リュークを膝の上に乗せながら、気持ちを整頓していく。
考えていたよりも、心は安定している。
私は誰かに吐露したかったのかもしれない。
「最初はこのウォーデン王国の案内を頼まれただったんだけど……」
「それにしては関わり過ぎてるな」
「うん。直接に関係するのにまで手伝うことを私から申し出たの。復讐のことを見過ごすぐらいなら、共犯になりたかった」
魔族や己の母は推奨はしなかったものの、復讐の為にと人国へ行くことを許可した。
けじめをつけることが必要だと感じていたかもしれない。
「お前はあいつらのやることを止めはしなかったのか?」
「……したよ。私のようになって欲しくなかったから」
復讐を経験した者であるからこそ、強く反対した。
そして復讐を経験した者であるからこそ、止められなかった。
「復讐を果たすとね、ドロドロとした感情が少しだけなくなるの。気持ちがすっきりする。……その後には代わりに悲しさが来るんだけどね」
親しかった故人から発生した復讐心は蘇生することはない、二度と言葉を交わせなくなった悲しさを恨みに変えているのだろう。
復讐を果たしたときのその少し軽くなった想いから、復讐は何も産み出さないという文句は言えなかった。
だから何とも言えず押しきられ、止めることは敵わなかった。
俯いてそこにあるリュークの足をつい玩ぶと、「ガウー!」と抗議される。
それでも暴れたりしないので、言葉にしない優しさがある。
「ラャナンこと、ほんと負い目持ちすぎだろ」
「別に、私のことなんだからいいでしょう」
「ずっと、これからもそんな苦しい生き方をしてくのか?」
「そうだよ。それが殺させてしまった私の義務」
「捨てちまえば楽なものを」
「できれば、確かにそうだろうね」
「……」
「ねえ、」
「なんだ」
「ソダリ達のこと、説得してくれないかな」
「無理だろ。決行は明日だしな。それに何で俺がしないといけねえんだ」
「だって……ハルノートの言葉はよく響くもん」
鋭く嫌なところを聞いてくる。
「無理だ」
「何で?」
「当たり前だろ。大した仲じゃねえからな」
つまり、私とはそれなりと仲だと思っている。
遠回りな言い方だと思い、そして今日の私の色に関することもそうなのかと疑うがすぐに違うと打ち消した。
あれは言葉通りの意味だろう。
「そうだ。明日はついてこないでね」
眠たげなリュークを抱えてレナと同室の部屋へと帰ろうとする前に言っておく。
「ロイにも伝えておいて。私達は準備で朝速いし」
「あのガキは言っても無駄だろ。それに、お前は目を放した隙にまた逃げるかもしれないからな」
「もうしないよ」
「ハッ。どうだか」
「契約して証明しよっか?」
「いい」
ハルノートはあくどい表情で笑う。
私はそんな彼に扉が開かなくなる魔法を仕掛けることを決め、一笑した。




