修羅場
鋭き一線により、血しぶきが魔物から溢れ出ていた。
それを成し遂げるまだ小さな身てあるロイは、縦横無隅に駆けて魔物を惑わせ、肉を縦断する。
戦闘の姿に昔の面影はなかった。
きりりとした表情で怯えるようなことはない。
狼人の身体能力を生かした戦闘スタイルであり、兄であるオルガと重なるところがあった。
速さで敵を圧倒する。
あっという間にそれなりの数がいた魔物の最後までの一匹に止めが刺された。
そして、ロイは私の方へ向き直ると、目を大きく開かせて輝かせる。
「成長したね、ロイ。強くなった」
「本当ですか!?」
ひとっ飛びで抱きついてくるのを半歩後ろに下がって受け止める。
衝撃は少ないものの、懸念していた腕の強さがやはりとてつもない。
それとなく離すと、ロイはちらりと見上げた。
私は迷った果てに頭に手をのせ、撫でる。
ロイは瞼を閉じ、気持ちよさそうにした。
私は仲間、それも過去と現在の者達と共に依頼で魔物を狩りに来ていた。
なぜそうなっているのかは、昨日の宿屋での邂逅からの発展である。
仲介者だけでなく情報屋にまで会えて用件を済ませたので、私とソダリはリューク達と合流しようとした。
だが、その場である宿屋では、かつての仲間とナリダが対立していた。
「クレア! こいつらにガツンと言ってやれ!」
ハルノートとロイが再び私と話し合おうと来たが、その前にナリダと口論になっているようだった。
「ナリダ、落ち着いて」
「だってこいつら昔のこと引きずって、ぐちぐちと文句言ってきて鬱陶しい!」
「文句など言ってません!」
ロイは叫んで否定する。
そして落ち着きを取り戻してから、真剣な表情で私を見た。
「主の役に立てるよう、私は成長したのです。どうか一度ご覧になって、それから判断してくれませんか……?」
必死に訴えるロイに対し、無言なハルノートがなんだか不気味であった。
「実力を見て欲しいなら、明日がいいんじゃないかい? 依頼をいくつか受けて、お金稼がないといけない訳だし丁度いいよ」
情報料を高めに払ったせいで手持ちのお金を増やさなければならなかったので、冒険者ギルドからの仕事を明日はするつもりであった。
「……私は二人の元に戻るつもりはないよ」
「それはもう分かっているよ。でも、相手が納得してもらうまでは彼等はいつまでも付いてくるよ?」
「…………ストーカー、なる」
レナが極端な発言をするので、私は慌ててソダリの意見を了承した。
そうして今に至るのだが、私はロイに気付かれないようこっそり息を吐く。
完全に決着をつける為に、目に入る遠さだがソダリ達は離れた場所で魔物を狩っていた。
彼らは冒険者ではないが、冒険者ギルドは適正価格で魔物の素材は買収してくれる。
それで私はリュークを連れているものの、ハルノートとロイと三人きりになっていた。
尖った視線をハルノートから感じた。
どうやら溜め息を見られてしまったようで、私は目を泳がせる。
私が過去に勝手なことをしたので当たり前のことだが、彼を怒らせてしまっているようなのだ。
目をそらすの行為でさえ、怒りが貯まる要因である。
リュークに契約での繋がりでどうすればいいかと問うが、良さそうな答えは返ってこない。
気まずさを感じていると、空間から違和感を感じた。
炎が渦巻いていた。
初めてみる異常事態に警戒すると、ハルノートが制す。
そして炎の中から少女とも少年ともとれる、とても小さな子どもが現れた。
「ハルノート、そんなんじゃあここまで来た意味がないだろう?」
「うっせえ。勝手に出てくんな」
「見かねて出てきたのに。全く酷い」
親しげに会話しているので知り合いなのだろう。
呆気にとられていると、「ああ、まだ紹介がまだだったね」と宙でくるりと回る。
「僕はサラマンダー。ハルノートと新たに契約を結んだ精霊だよ」
「よろしく」と挨拶をするサラマンダーに、リュークが空を飛べる相手ができたとじゃれる。
私は予想外すぎる大物に暫く思考を止めた。
精霊は大まかな意志しかもたないはず。
だが、この精霊はしっかりとした知性があり、しかも人族の姿をとっている。
「上位精霊……」
「いいや、僕は始原の精霊だよ」
「っ!」
始原の精霊といえば、物語の中の登場人物ぐらいだと思っていた。
驚愕する私に、ロイが可愛らしく妬んで袖を引く。
三年間での見違える程の成長をしたのだからと内心思いながらも、その存在にやはり放心してしまう。
「そんなに驚かなくていいんだよ。それほど大した精霊じゃあない。同類の中にはずっと寝ていてぐうたらな奴もいるからね」
そうは言うものの、秘める力は特大なサラマンダーだ。
契約主のハルノートを見やると、怒りから少し和らいではいるが得意がることではないようだった。
「まあ僕のことは置いておいて。クレディア、君はハルノートとロイを受け入れてはくれないのかい?」
始原の精霊からの言葉であるが、私は少し目線を下にした。
「私は、今の仲間と共にあります」
「彼らが魔族ということは知っているよ。それに半魔ということもだ」
ロイは背筋を伸ばし、真っ直ぐに私を見ていた。
「人族でないことには驚きました。ですが、主が何者であろうと関係ありません。私は主に仕えたい」
片膝をついて私の手をとり、口付けをした。
それは忠誠の誓いと気付き、狼狽しながらも手を振り払う。
その腕にはかつて身を守る為にとあげたブレスレットがあった。
「……ごめんね。でも、駄目なんだよ」
ショックでフラりと揺れたロイに心が痛むが、それでも私は意見を翻さなかった。
「……本当にイライラさせてくれるな」
「ハルノート、私は」
「はっきりと言えばいいだろうが! 無理だってな! けどお前は駄目だとばかりで完全に拒否りはしねえ」
「それは、」
「臆病になってんじゃねえよ! あいつらは魔族だからって仲間にするくせに!」
言いたいように言う彼に私も腹が立った。
「ハルノートは人族の味方でしょ! 私は人族から敵にされてるから、だから魔族なソダリ達と一緒にいるの!」
「半魔なこと理由にして逃げてんじゃねえよ!」
「してない!」
「してるだろうが!」
「っ!」
「なら負い目でも感じてんのか!? 言っとくがな、ラャナンみてえに俺は弱くねえからな。俺だって、あのときより力をつけた!」
「……違う」
「お前は自分のせいで誰かが死んでほしくないだけだろうが! それなのに親しげに名前呼ばせる程、新しい奴と仲良し小好ししやがって。何がしたいんだよテメエはっ!」
「私のこと何も知らないのに勝手なこと言わないで!」
「少しは知った! ニトやらエリスにな」
「っ、それでも、まだ知らない」
心が強いハルノートに、私の弱さを窺えない。
加えて私が抱えるものは他にもある。
「……一つ、教えてあげるよ」
歪な笑みはハルノートを冷静にさせた。
ロイとサラマンダーはそんな私達に黙ったままでいる
リュークは切なげにしながらも、私を止めなかった。
「この地に来たのはね、復讐の為なんだよ」
私はティナンテルで復讐した。
そしてこのウォーデン王国でもまた同じことをする。
その場の誰かが息を飲んだ。
それに合わせて私は口元の歪みを大きくさせた。




