抱いてしまった感情 ※ハルノート視点
いつも森閑としていたのが、その日はやけに喧騒としていた。
「侵入者でもいるのか?」
宙に浮くサラマンダーに投げ掛ける。
ニマニマとした笑みをしており、この精霊にとっては何か面白いことが起きているのだろう。
「まあ、そんなところだよ」
同胞以外の種族を阻む役割の守人を突破し、里近くまでに侵入者が来ているとするならばかなりの強者だろう。
そういう場合の対応としては、敵対する意思のない者であればエルフは相手の用事を早々に終わらせて引き返させる。
きっと招かれざる相手の来訪に、閉鎖的な思考を持つエルフとしてはぎゃあぎゃあと騒いでいるのだろう。
家並から外れた自宅にいるが、かなりの馬鹿騒ぎだ。
「それより、穏便に出ていくなら今が好機だよ」
「分かってる。だから支度してんだろ」
鞄に荷物を詰め込んでいた。
元々少しずつ準備はしていたが、慌ただしくなっているエルフの混乱の隙に里を出るには今より良い機会はないだろう。
「絡まれたくないからな」
「あ、ちょうど来たね」
扉を叩く音がした。
どうせまたユレイナだろう。
俺に屈辱的なことをされたにも関わらず、懲りずに何度も滞在中に訪ねにくる。
出ていかなければ取り巻きを使い、扉や窓を壊される勢いとなるがもう支度は終わっていた。
連中に見つからないよう、窓から家を出る。
「挨拶はしなくていいのかい?」
「……いらねえよ」
サラマンダーが長であるジジイのことで問いかけるが、久しぶりに会ったときに勝手に去るとは言ってある。
俺は里に長く居座り続けてしまった。
鍛練でものになってきた魔法、そしてサラマンダーがもたらした情報により、数年ぶりに俺は里を出た。
花を買った。
どんなものがよいのかは知らない。
だから墓に備えるのを店員に身繕ってもらい、俺は花をもってあの岩窟のある狼人の住んでいた場所へ赴く。
すると墓の前には先客がいた。
「……」
「……」
「ロイか」
「はい。お久しぶりです、ハルノート」
「変わったな」
「そう望みましたから」
「……その敬語、どうにかなんねえのか」
「主に相応しい従者である為、普段から品位を携えておきたいのです」
再会したロイは、変わっているようで変わっていなかった。
根本にクレディアを主と慕うものがずっとある。
「……意外、です」
「何がだよ」
「その、死者に対する心配りが」
「悪いかよ」
「いいえ。ですが、供えても意味ないと考えてそうなイメージがあったので」
「……死んだらその魂は天に還り、巡る。だが、器は残るだろ。それにお前らが獣国に移れば、死んだこいつらを見るもんはいねえ。特にラャナンはな」
簡素な墓に花を供える。
墓はロイが掃除をしたのか、小綺麗だった。
「……私はこの人達全員、殆ど関わり合いはないです。ラャナンも、私は主の後ろに隠れてあまり話はしませんでした。けれど、あなただけではないです。この人を想う者は少なくとも私と、主がいます」
「お前はクレディアのところに行くのか」
「当たり前です。主に仕えることが私の本望ですから」
変な奴だ。
だが、それなりに戦えるようには成長しているので、道中連れていくには支障はないだろう。
「一緒に行くか?」
「……あなたとですか?」
「戦闘要員としてな。どうせ、あいつの居場所知らねえだろ」
「そういうハルノートもですよね?」
「俺は知ってるぞ」
サラマンダーは眷属である、炎の精霊の目を見ることができる。
クレディアは精霊が寄り付かない、負の要素を過分に含んでいる魔力が漂う魔国にいたようだが、最近になり人国へと下りてきている。
「確かですか?」
「ああ」
「なら共に行きます。場所はどこですか?」
「ウォーデン王国だ」
大陸、そして人族が統治する中で最も北に位置し、魔族との衝突の最前線である国。
クレディアはそこにいる。
*
人の往来、とりわけ冒険者や傭兵が多かった。
そんな中、ロイは鼻を鳴らしてクレディアの細かい居場所を示す。
「こっちです」
「……お前、やベエ奴だな」
「狼人ですから」
「褒めてはねえからな」
「? 分かってますよ」
どこか噛み合わないまま、ロイの後をついていく。
目的地まで長い旅路であったが、それで知れたことは、ロイはクレディアに関することになればとてつもなく優秀になる。
「匂いが濃くなってきました。近いです」
主として慕うにしても、かなりな変態であるのは自覚していないのだろう。
内心思っていると「なんですか」と冷気を帯びた目線を送られたので、「なんでもねえよ」と返してクレディアを探す。
「中々いねえな」
「やはり、サラマンダー様に伺ってみた方がいいのでは?」
「そしたら目立つだろうが」
サラマンダーを見せ物にするつもりも、そうすることでの弊害―――絡みを懸念してサラマンダーを呼ぶつもりはなかった。
だが、このまま見つからないのなら、人気のない場所に移動して召喚しなければならないだろうが、ここには機微に敏い奴が多い。
ウォーデン王国は魔国とは隣り合わせとなっていることで、押し寄せてきて魔物が多くなっている地だ。
時には魔族も来ることがあり、近年に至っては魔族が襲来し戦争になったらしい。
なのでここには腕っぷしの強い奴等が仕事の魔物や魔族の駆除として集まっているのだ。
だから召喚して興味をもたれないで済むようまずは目視、ロイは嗅覚でも探す。
遠くで怒鳴り散らす声がするが、ここは荒くれ者ばかりであるので争い事は日常茶飯事だ。
村でひたすら鍛練して世間に疎いロイは声につられているので、何か重要なことであった時の為にそこを任せておく。
俺は注意深く人の往来を眺め見ていると、人の流れに逆らって走る者がいた。
男女の集まりであるようだ。
男二人、そして女二人の―――と最後尾の者に目が留まり、俺は動きを止めた。
薄鈍色の髪と瞳の少女だった。
幼い少女然としていたのが抜けて大人の体にへとかかっている、ガキだった女。
三年経っているのだ。
最後に相見えたときより成長しているなんて、簡単に予想がつくだろうに、俺は驚いて息を止めた。
そんな俺の様子から、ロイはクレディアを発見する。
「主ですっ! 主がいました!」
大はしゃぎするロイを置き、時間がゆっくりと流れていくのを感じながら目を食い入って見る。
長い髪が風に靡き、光明で照らされていた。
大部分は隠されているものの、服から覗く肌は雪のように白い。
紺色のローブは金の刺繍入っており、杖を所持していることもあり、淑やかな魔法使いに見せている。
そんな誰からも目を引き寄せるクレディアは、俺の強い視線を感じ取ってかこちらを一瞥し、目が合った。
目を見開き、口元を小さく動かし呟く言葉は、再会してしまったことによる衝撃から漏れでたものであろう。
クレディア、とかけた声は人の喧々に紛れて届かなかった。
だが、視覚では伝わったのだろう。
グッと何かを堪えて口を結び、そして駆けた。
遅れてしまった距離を縮める為、元々走っていた方向へと。
「……は?」
クレディアは逃げていった。
その光景が別れたときと重なり、頭の中がふつふつと沸騰する。
「追いかけますよ!」
「ッ言われなくともな!」
声だけはかけて行こうとしたロイを抜いて、先走る。
「邪魔だ!」と通行人に道を作らせれば、視界に映る距離となる。
それを見て小道に入ったのを、俺はすぐさま飛び込んで行く。
心臓の音がやけに煩く鳴っているのは、疾走しているせいで速まっているだけだ。
俺は抱いてしまった感情を仕舞いこみ、そう自分に言い聞かせる。
クレディアに手が届くまで、あと少しであった。




