父と息子の会話 ※ワットスキバー視点
公爵家の当主視点です。
「父上、漸くお戻りになりましたか」
「ああ。留守の間家を任せてしまってご苦労だったね」
「本当ですよ。学園から帰国してきた早々に休む暇がありませんでした」
息子のアイゼントは不満げな様子を隠しもしなかった。
よほど手のかかることであったのだろう。
ヘンリッタ王国内に潜り込んできたシャラード神教の者どもは、この公爵領が一番多かった。
「報告については手紙で目を通しているが、追加で何かあるか?」
「ありません。あまりにお戻りが遅いので、すべきことは終わらせています」
「これは辛辣だ」
「父上がなさってきたこと、私に聞かせてくれるのでしょうね」
詳細を知らせず屋敷を留守にしたものだから、視線は厳しい。
執務室にまで移動し椅子に座る。
こちらはかなり疲労しているのだが、話し終わるまで休憩はとれなさそうだ。
人払いをすると、アイゼントは催促してきた。
「それで、どうだったのですか?」
「国王に面会してきた。それで根回しもしてきたから、あの子はなんとかなるだろう」
「クレディアのことですよね。シャラード神教の者が探し求めている」
「そうだ。確か、洗いざらい情報は吐かせたのだったか」
「ええ。薬屋の者が強力な自白薬を提供してくれましたので。大した情報は持っていませんでしたが」
捕らえた者は下っ端ばかりだった。
それを束ねる者は危険性を理解してか公爵領にはおらず、伯爵領には一人発見したときには死亡している。
遂げたのはクレディア。
狼人からの確認はとれている。
「随分と情報を得ているのですね」
「兄が国王ともなればな。それに各地に情報網は広げてある」
私は元は王族の末席で降格した身だった。
兄弟仲は良い方なので、事情を告げれば色々と口を滑らせてくれる。
その事情はシャラード神教の者に領地内を暴れられたという名目であったが、きっと兄には私の頑強な冒険者の収集癖が関係していることは見通しているのだろう。
苦笑をするだけで、指摘はされなかったが。
「伯爵の悪事は目に余っていた。兄君はその伯爵を筆頭に邪魔者を一掃できるよい機会だと喜んでいたな」
そのお陰でクレディアの行為は、本来なら罪人となり就縛するところを見逃してくれた。
伯爵はシャラード神教の者の国内へと手引き、予てから申し出があった獣国からの狼人移住に関する妨害、数十年前に禁止したにも関わらずの奴隷狩り、権力の横暴といった罪科があった。その子も騎士団長の立場を利用して悪行や横領など、家族ぐるみで色々としでかしている。
聖国と獣国との戦争に発展に繋がりかねる重罪だ。
貴族の闇を隅から隅まで体現しており、奴隷の斡旋もしていたのでそこから数多くの貴族を検挙できた。
「伯爵の噂はこの地まで届いています。罪が発覚した素因の氷が、市井では一番の話題になっているようです」
「あれは実際に参観したが、話題になるのは頷けるものだった」
兵士を閉じ込める巨大な氷塊は、見るもの全てを驚愕させる。
宮廷魔法使いであっても、溶かすのには困難と言わせているのだ。
別の場所で一人、凍ってた女性は先に救出されていたので話は聞くことができていた。
『泣いていたのです。まるで迷子になってる子どもでした。でも手を差しのべても、拒否されてしまったのですけどね』
『その子を恨んでいるか? 君も、そして仲間も閉じ込めた子だが』
『……できませんよ。伯爵の悪事に関わっていない者は、氷とされていても殺してはいません。その他は無慈悲であったようですが』
「アイゼントが会ったときと、クレディアは変わらぬようだったな」
「護衛してもらっていた以来ですが……そうですか」
含むところがあるのが気になり、恋慕でも抱いていたのかとからかう。
息子は「違いますよ」とそんな私に呆れた表情をし、クレディアについて語った。
「貴重な少女ではありますね。優秀は魔法使いで、私と近しい年頃で数少ない語り合える者でしたから」
その頃のアイゼントはまだソレノシア学園に通っていなく、媚を売ってくるばかりの貴族がいる社交の場はつまらないと常々言っていたのを思い出した。
「まあ、不思議な少女というのが印象深いです。貴族の庶子かと思いきや、名のある冒険者ではあるものの普通の娘。父親とは疎遠であるかもしくは死亡しているのか、どちらにしても父親は不明。……クレディアについて何か分かったのですか?」
「クレディアを探し求めるシャラード神教は、レセムル聖国が国教としている。そして、レセムル聖国が自国外に目を向けることは限られているだろう?」
「……シャラード神教の教えに背くことに関してですか」
人族至上主義を掲げていることから、昔からレセムル聖国は色々とやらかし、聖戦だと言っていくつもの国を敵に回したことまである。
ここ数百年は対象が我らでないところに向かっているので比較的落ち着いているとは思っていたが、その認識はもう既に改めている。
「ならば、クレディアは人族以外の種族であったのですか? 教義を批判し敵に回すのは性格的に考えにくいですし。子どもにしては知識が優れていたので、小人族? いやでも小人族の為にシャラード神教の者がこうまで必死になる訳がない…………まさか、魔族ですか?」
「もしそうだとすると母親が人族であるから、半魔だろうな」
「ですが色が紫でない」
「色なんてやろうとすれば何色にも変えれる手段があるだろう。目は難しいが、クレディアは魔法に優れている」
といっても、色を変える魔法はない。
使い手が少なく情報があまりない光魔法ならありそうだが、魔に属する者であるならば闇魔法を疑うべきだろうか。
「だが、半魔だとしてもシャラード神教の者がこうまで探し求めるにはまだ足りない」
大量の人を聖国から何個も挟んでいるこの王国の地まで派遣するまでにはいかない。
それならば、現在熱心に協力をしている他国の魔族との戦争に力を注ぐ。
聖国は異種族の中でも魔族を目の敵をしている。
魔に属する者の討伐は、シャラード神教の一番の教えである。その存在を決して許してはいない。
確かに半魔も人族にあだなす者として有名だが、優先順位としては魔国という分かる地におり多く討ち取れるところに、人員はいくだろう。
「ならば、結局クレディアは何だというのですか」
「お前は聖女の御告げが発端とまでは考えついたのだろう? ならばわざわざ教えられなくとも分かるはずだ」
アイゼントはハッとし至ったようだった。
この確証は半魔という事実のみならば、薬屋の者に探りをいれれば簡単だろう。
ネオサスとミーア、スノエは口が固いが、その他は誘導されるか何らかの反応はあるはずだ。
「……父上、悪どい笑みはやめてください。普段の笑みもそうですが、とてつもなく気味が悪いです」
「今はお前だけしかいないのだからいいじゃないか」
「嫌ですよ。鳥肌がたちます」
毒舌なアイゼントを受け流し、考える。
クレディアは頭が回るようだが所々甘さがあるようだ。
伯爵に契約と呪いような魔法をかけ、後者伯爵はで嘘をつけなくなり尋ねれば何でも答えてくれた。
前者は自分の身の仕業だと分からないようにしたのだろう。
だが、二つの魔法と兵士を凍らせたせいで、私がクレディアにまで辿りつけてしまった。
伯爵にクレディアについて問えば、何も話せなくなるのだ。
もしそうしようとすれば、その契約を破る際に殺意満載の警告がでていた。
「クレディアは手に入りそうなのですか?」
「全然だ。魔国にいるのだろうが、詳しい居場所は分かっていない」
だが、その方が楽しめる。
私の冒険者の収集癖は異常であるだろう。
それは各地の旅の話を聞くためでもあるし、強き力を持つ者を側に置いておきたいからもある。
クレディアを見つけてしまえば、罪を罪でなくしたことで従ってはくれるだろう。
あそこまで力を示されたのだ。
本人にそのつもりはないが、私に何がなんでも手に入れたいと思わせてくれた。
年が十年若返った気持ちである。
半魔であるせいでの旅の話を聞くのは楽しみだと、心が年甲斐なくはしゃいでいる。
「父上、手加減してあげてくださいね」
哀れに思っているアイゼントに「ああ」と譫言に返す。
そんな私に息子は溜め息を吐いて、執務室を出ていった。




