獣人の友達
「情けない」
「ヒックか」
「臆病になったな」
「仕方ないだろ」
「まあな。だが、それでロイの意思を無視していいということはない」
「……ああ」
「もう守られるだけの子どもじゃないんだぞ」
「分かってる。痛いからな」
「お前、その顔で外出てみろよ。笑われるぞ」
「絶対するか。……俺って、兄失格だよな」
「今更だな」
「仲直り、どうやってするか教えてくれ」
「自分で考えろ。お前が悪いんだからな」
*
主によって縮まった兄妹の仲。
気軽に話せるような関係になったのに、私はそれを壊した。
「主……」
主にもらったものに囲まれながら、感傷に浸る。
耳を隠すのに役立った帽子、成長して着れなくなった服、魔道具のブレスレット、私宛の手紙。
手紙を読むことができる私は、昔よりは成長しているのだろう。
嬉しかった、楽しかった、と優しく簡単な言で感謝の気持ちがいっぱいに書かれている。
だが、私の主とは認めてはくれていない。
才能がないからだろうか。
役に立てるようになれば、と鍛練をつんできているが、私は主の手助けとなるような優れた者ではない。
心も兄と喧嘩してしまうぐらい、汚れたものである。
「ご飯、食べたくない」
一夜は明けていた。
私は自室に籠っているが、兄は食事を作り終えた頃に呼びに来るだろう。
食欲はないので、それを言い訳にして兄に会わないでいられないだろうか。
そう考え込んでいると、思わぬところから声がかかった。
「ローイーちゃん!」
「! な、なんでここに……」
「だって、窓開いてたんだもん」
部屋の中には熊の獣人がいた。
鍛練に明け暮れる私と友達になってくれる、稀有な女の子。
「今日は稽古がない日でしょう? 私と遊ぼ!」
友達は誰かに先にこされないよう、朝一で誘いに来たらしかった。杞憂なことだ。
「もしかして、何か予定がある?」
「えっと、鍛練が……」
「じゃあないんだね!」
「え、ちょ、ちょっと待って!」
「もんどーむよう! 今日はいっぱい遊ぶぞー!」
熊の獣人に力で敵うことはない。
強制的に引きずられる形で、なぜか私も窓から出ていくことになった。
「まだ朝ご飯食べてない!」
「私持ってきてるよ!」
「むぐぅ!?」
忙しなく口にパンをつめこまれ、「何しよっか!」と上機嫌にする友達。
私はそんな彼女に遊びを断ることはできなかった。
才能がない私にとって、本当は遊ぶ寸暇もない。
寝る暇も惜しみ、鍛練を積まなければならないのだ。
そうしなければ主の役に立てる者に、必要とされる者にはなれない。
だがそう告げることは、逸楽している友達には憚られた。
「できた! はい、ロイちゃんにあげる」
色とりどりの花が咲く野原で花冠を作っていた。
冠を頭の上に乗せると、「似合ってる!」と友達は歓喜を上げた。
私がつくった冠は不恰好であるからあげられない。
みっともないのを後ろに隠すと、目敏い友達は「私にはくれないの?」と欲しがった。
「……だって、下手くそだよ?」
「いいよ。頑張ってつくってたもん」
「頑張ってたっていいものじゃないよ」
「え、なんで?」
「なんでって……綺麗じゃないから」
「それでもいいんだってば。ほら」
「あっ」
冠を奪われ、じろじろと観察された。
恥ずかしくなって私は顔に熱が集まるのを感じる。
友達は冠を頭にのせた。
「どう?」
屈託ない、溢れるばかりの笑みを浮かべていた。
花冠はそのお陰で、不恰好なのが少しは良く見えた。
「ロイちゃん、昨日お兄さんと喧嘩したでしょ」
「……何で知ってるの?」
「大声だったからね。近所の人は皆、聞こえてたと思うよ」
聴覚が優れている獣人が大半なので、近所どころではないのだろう。
噂はすぐに広まる。
私は急に誰かと顔を合わせるのが嫌になった。
友達にも、顔を伏せた。
「仲直りした?」
「……してない」
「そっか。なんで喧嘩したの?」
「お兄ちゃんが、私が主に仕えるのを反対するから」
「ロイちゃん、主さん好きだよね」
「うん! とっても強くてね、優しいんだよ」
「きっと、お兄さんもそのぐらい、ロイちゃんのことが好きなんだよ」
「……知ってる」
「お兄さんのこと、嫌い?」
「主のことに否定するから嫌い」
「じゃあ好きなんだね」
「……嫌いだもん」
ニコニコとするので私はそっぽ向く。
友達はそれを回り込んできた。
だから私は元の方向になおった。
「ロイちゃんは何をそんなに悩んでいるの?」
「……主にいらないって言われるのが、怖い」
不安だった。
才能がない私。
これでは主に会いに行っても、役に立たないからと拒否されてしまう。
その焦りを兄にぶつけてしまった。
兄の言う通り、ここで暮らすのもいいものなのだろう。
だが、私はそれ以上に主に仕えたいのだ。一緒にいたい。
私は立った。
もう夕暮れで、遊ぶ時間はもう終わりだ。
「仲直りできそう?」
「わかんない。けど、ちょっとスッキリした」
胸の内を明かして、苦しさが少し軽くなった。
友達は「よかった」と微笑んだ。




