喧嘩
「ふっ!」
「狙ってる場所が視線でバレバレだ」
「ぅぐう」
「ほら、次の奴来いよ」
「お願いします! おりゃあ!」
「猪突猛進すぎる。もっと頭を使え」
「ぎゃ!」
「次の奴ー」
ぐるりぐるりと交代で長の手合は変わっていく。
もう一度私の番が来た。
小さな体を生かし、地面すれすれに腰を落として攻めかかる。
一回、二回、三回と剣を交えたところで軽く飛ばされ、次の者に番が回される。
「今日はこれで終わりだ」
「「「はーい!」」」
子どもの声が合わさり、談笑しながら訓練場から去っていく。
残る者は私と長だけだ。
「今日もか?」
「お願いします」
短剣を構えると、先程の訓練とは比べ物にならない打ち合いで徹底的に叩きのめされる
地面に転がっても追撃が来るので、息を整えることなどはできやしない。
欠点を叱咤され、痛みを与えられながらも挑む。
挑んで挑んで挑んで、気力があっても体がこれ以上立ち上がることをよしとしないところまで来ると、そこで対人訓練は終了した。
「ロイちゃん、もうすぐ他のお稽古始まるよ」
同じ稽古をしている狼人に声をかけられる。
主に仕える為に鍛練しているのは武術だけではない。
側にいる者として相応しくあれるようにと礼儀作法、敬語、身の回りの世話に関してを教授してもらってる。
ヘンリッタ王国の狼人は、そういった教養ができる者がいた。
私はそれを全て受けている。
家に帰れば今日学んだことを復習する。
できなかったことはできるまで行い、佇まいなどは一緒に暮らす兄に見てもらう。
お茶を飲んでもらうと、「美味しい」と評価をもらった。
だが、兄の採点は甘いものである。
先生はまだまだと言っていたのを思いだし、過信はしないで自分で反省する。
それならば兄に試飲させなくてもいいのだが、先生は誰かに飲んでもらうことは重要だと仰っていた。
確かに、兄妹の仲はより縮まった。
「ロイ」
「何? お兄ちゃん」
「最近、頑張りすぎやしないか?」
だから、昔は尋ねられなかったこともできる。
兄は真剣な表情であった。
稽古の甲斐あって私のことを心配しているのだろう、とうっすら読み取れた。
「私、才能がないらしいから」
「誰に言われたんだ?」
「長」
「あの人か。容赦ないな」
「お兄ちゃんも、私には才能がないと思う?」
「どうだろうな……」
悩むぐらいなので、才能があるとは言えないのだろう。
やっぱりそうなのか、と落胆してしまう。
「なくはないんじゃないか。だが、本当に才能がある奴と比べたら、俺らなんてないものだろう」
「お兄ちゃんでも?」
「次期長ではあったけどな、それは村の中では力が一番であっただけだ。一歩村を出れば、俺程度の奴は結構いる」
だが、それでも才能があると言われる人達だ。
このように謙遜している兄もその一人である。
「……クレディアと比べれば、一目瞭然だろう?」
「主と?」
「あの幼い年で、並みの魔法使いより断然腕前があった。俺は魔法がよく分からんが、最低でもそのぐらいはある」
旅の間、何度も主の強さを目の当たりにしてきた。
土の魔法使いと大量の魔物を一挙に相手取る姿がとても印象的である。
それと比べたら言う通り、別次元の域である才能だ。
「ロイはまだ、クレディアを主としているのか?」
「まだって……うん。私にはあの人以外、主はいないよ」
言い方が気に触った。
「なんで? 何か問題があるの?」
「……もう、やめたらどうだ」
ぐっと、私はこらえた。
「……どういうこと?」
「ずっと、ここにいればいいじゃないか。せっかく、安住の地にまで来れたんだ。無理して、クレディアに仕えようとしなくていいんじゃないか?」
「無理してない」
「そもそも、誰かに忠義を捧げようとするのは世間でも狼人の中であっても珍しいことなんだ。ヘンリッタ王国出身の狼人だけだ、こんなことをするのは」
そんなことはどうでもよかった。
私はこの人が主だと本能が叫んでいたから、こうして自分の意思でやっている。
他の人は関係ない。
「こうして私がいられるのは主のお陰なんだよ。それなのに、恩を返さないでいろって言うの?」
「ロイ、」
「私はお兄ちゃんとは違うもん! 主は私の主なの! だから私はずっと一緒にいたくて、でも私は力が弱くて、一緒にいる資格がなくて、だからいっぱい努力して、だから、だから……っ!」
考えが纏まらなかった。
自分で何を言っているのか、何を言いたいのかが分からない。
ぐしゃぐしゃだ。
「っ、私はまだ、あのときのこと許してないんだから!」
私は方向転換した。
「あのとき、お兄ちゃんは主を引き留めなかった!」
話を聞いた。
兄は、主のことを一切隠さず話した。
「後悔していないからな」
「っ!」
兄は主に酷いことを押し付けたのに、悪びれる様子はなかった。
真っ直ぐ私を見据えていて、気が付いたら平手打ちしていた。
「お兄ちゃんなんて、大嫌い!!!」
私は自室に逃げ込んだ。
ゴンッと遠くで何かをぶつける音がしたが、聞こえない振りをした。




