才能がない ※ロイ視点
『主』と呼ぶと、困り顔をしながらも振り向いてくれるのが嬉しかった。
一緒にいるとふんわり、ぽかぽかとし、優しくて強い人。
離れたくなかった。
例えお兄ちゃんと別れることになっても、唯一と決めた私の主なのだ。
どこにでも付いていくつもりだった。
微笑んでくれるだけで、心が満たされていた。
なのに、私は一人だ。
ぼろぼろだった。
立ち上がろうとしてもそんな力がない。
地面の上で倒れて、胸の奥が苦しいからぜいぜいと息をする。
そして見下ろしながら言明されるのだ。
「お前には才能がない」
投げ出されている短剣が遠かった。
爪に土を入り込ませながら立て、涙が溢れ出る。
「……っ!」
弱かった。
主に置いていかれる程脆弱で、守られるだけの存在。
何の役に立てない邪魔な重荷。
そんな私は獣人の国で、過酷な現実に打ちのめされていた。
*
「おしえて、ください」
私が頼み乞うたのはヘンリッタ王国での狼人の村の長で、移住する道中のときであった。
「……厳しいものになるぞ」
主に仕えるに相応しい者になる為の鍛練。
移動に加えて集団のまとめ役という立場にも関わらず、長は引き受けてくれた。
「かかってこい」
基礎も何も指導されることなく、対人訓練が始まった。
素手で相対し、狼人の身体能力だけで戦うものである。
目に追えなかった。
容赦のない体を打つ痛みがあった。
果敢に塗られた無謀で攻めても、その大振りによる隙をうたれた。
速さも力も技術も、私と違う。
差は歴然だった。
壮年の男性と幼い少女では比べるまでもない、当たり前もの。
きっと諦めさせるものだった。
だからこうして適度に痛めつけ、自分からやめさせようとしたのだろう。
その方法は効果的であった。
私は強い心は持っていない。
勇気がなく逃げるしかできなかったから、滅びた故郷の出身者であるのに生きているのだ。
私は訓練が始まって三日目で音を上げていた。
移住による長時間の歩きの疲労もあって、十分に心身傷ついていたからだ。
主との旅では無関係なことであったが、それは魔法をかけてくれていた故だ。
今は自分の足の力だけで歩かなくてはならなく、それなのに訓練をやっていれば限界が来るのは速かった。
だが、諦めなかった。
「こんなものか」
「っ、ゃああああああ!」
こんなもの。
それはロイを奮起させる言葉だった。
直視したくなかったことに向き合わされて、否定する為に何度も挑みかかった。
それは限界と思っていたものを越え、獣人の国で住民になっても続いた。
「はあ、はあ、はあ」
「こんなものか! お前はまだまだやれるはずだろう!」
「ぐっ、あああああ!」
「遅い!」
長はその頃には心意気だけ認めていた。
立ち上がる力がなくなると、奮起させる言葉を使う。
私はその度に咆哮した。
『おにいちゃん、主は?』
『……行った』
『え?』
『クレディアは今朝、この村を出て行った』
短い間だけだったが優しくしてくれた人族のラャナンや狼人の者を地面に埋めた日の夜。
疲れ果てて眠って起きたら、主はいなかった。
『私達がこんなにすんなり移住ができるのって、あの小さな魔法使いのおかげなんだよね?』
『そうらしいな。なんか一人で伯爵の手の者をボコボコにして、俺らに妨害してた行為をやめさせたかららしいぞ』
『へえ~。じゃあ狼人の救世主だね!』
約一ヶ月過ごした狼人の村を出立する日。
私は守られるだけで役に立たないということに、完全に思い知った。
無力なのだ。
私は主に連れていってもらう程の価値がない。
だから役に立てる為の力を得るために、長に教授を願い出たのだ。
それなのに、私は、才能がない。
「……なんで?」
「私、こんなに努力しているのに」
「こんなに、頑張ってるのに」
「なんで、なんでなんでなんでなんでなんでっ!」
「……なんで、追い付けないの?」
主は遠かった。
記憶の中の姿は朧気になるどころかはっきりとし、凛としてあて煌めいていた。
だからこそ、届かないのが分かる。
「主、」
魔力がきれ、ただの装飾品になってしまった結界の魔道具であるブレスレットに触れる。
私は一年前と変わらず、弱いままだ。




