始原の精霊
「荒れ放題だな」
ようやく到着した家は、俺が帰ってくることがないと思ったのだろう。様々なものが盗まれ、散乱となっていた。
どうせユレイナの仕業であろうが、長老の孫であるのにこんなことをする必要はあるのだろうか。
強盗に成り下がってまですることではないが、昔からあいつは何かと突っ掛かって来た。
これもその一種なのだろうかと考え始め、無駄なことだとやめた。
俺は準備を始める。
大量の薪で集め組み立て、その周囲には燃え広がらないようにと水を撒いておく。
これをエルフに見られたら面倒なことになるが、俺の家はそいつらから遠く離れた位置にある。
邪魔者はいない。
端からすると、大掛かりな焚き火でもしようかと思えるものだった。
そんなつもりは毛頭ないが、あいつを呼び出すには大それた炎がいる。
そうでなければ精霊に親好のあるこの森であっても、気付かない可能性が高い。
火でくべてもらう為、契約している精霊を呼び出す。
そうして高く燃え上がる炎であるが、速く目的を達成しなければエルフが駆けつけ消してしまうだろう。
だが、そんな焦りを抱く暇もなかった。
パチッと弾ける炎が揺いだ。
勢いが急激に増して熱量が伝わり、うねりながらも昇る。
そして、炎の権化たる存在が姿を現した。
赤である髪は燃えていた。
炎が集結して掌にのる大きさとなった姿は、人を縮小したものである。
少女の容姿であるが、実際は偏った性別などない。
精霊の最上位である始原の精霊は、知性を持っている証として瞳を輝かせた。
「やあ、ハルノート」
俺が里を出る以来だった。
無沙汰であった炎の精霊は、世界が生まれると同時に誕生したと言われているので、出会った当初と何も変わっていない。
「久しぶりだな」
「ああ。まさか君の方から呼び出してくれるとは思っていなかったよ。こんな手間のかかる方法でなんて特にね」
危機的な状況になったら、恥を捨てて呼び出していた。
きっとそのことを見通して、言っているのだろう。
「見ない内にすっかり大きくなったもんだ。もうすっかり大人じゃないか」
「四年も経てば、精霊と違って成長するからな」
「羨ましいね。まあ、見ていて楽しいからいいのだけれど」
ぐるりぐるりと俺を中心に飛び回る。
そうしてはしゃぐ始原の精霊は、ひとしきり遊んだ後ピタリと俺の前で宙に浮いた。
「僕から何が得たい? 君のことだから、やっぱり力かな?」
「……ああ」
「別に力を求めることが悪いことではないよ。それが僕の手を借りることになってもね。そうさせる才能を持っているということだ」
ユレイナより強くはなったとしても、太古の龍に弱いと言われる程俺は強くはない。
だからプライドが邪魔し過去に蹴った話を、こうして今から頼もうとしているのだ。
「俺と、契約を結んでくれ」
「―――いいよ。気が変わったのはあの子、クレディアのことでかい?」
「見てたのか?」
「君の契約している子を通してね」
現在契約している精霊は、幼い頃に行われる儀式で結んだとき以来からの付き合いだった。
なら、その頃から見られていたと考えるべきだろう。
炎があるところに目があるとは教えられていたわりに、他の場所でも神出鬼没に現れてはいた。
それが毎度丁度いいタイミングで来るものだから、おかしいとは前々から思っていたのだ。
「まさか魔族の血を持つ子だとはね。人族ではないとうっすらと察してはいたけど」
「お前でも分からなかったのか?」
「うまいこと隠していたからね。魔物に連なる種族だから僕らの苦手とする気配なんだけど、嫌な感じはしなかったよ」
精霊は澄んだ魔力を好む。
魔物は負の要因により淀んだ魔力をもつことから、精霊はエルフや人族と変わらない忌避する想いをもっていた。
「なあ、ハルノート。あの半魔の子に関わるのなら、大きな渦に巻き込まれることになるよ」
「渦?」
「運命みたいなもんだ」
「……お前もあいつのことで何か知ってんのか?」
「君があんなに気にしている子だ。情報を集めない訳がない。それに別口から話は聞いていたからね。ほら、僕は退屈なのは嫌いな性分だろう? それでよく僕以外の始原のに遊びに行くんだけど―――」
語り始めると饒舌になり、と数多くの始原の精霊の情報が公開された。
水のはぐうたらで構ってくれない、だが雷のは気が合う、風のは気まぐれ、氷のはすぐ怒る、土のは臆病、闇のは引きこもり。
炎の始原精霊には慣れてしまったが、本来は火をくべたりした程度でほいほいと現れたりするような存在ではない。
精霊を崇めて者としてはそんな一面を思いがけず知って複雑である。
だが本人は気にした様子もなく、脱線した話が再開する。
「寂しがりな光の精霊だから、大抵会いにいったら遊んでくれるんだ。だけど、そのときは相談をされてね。あまりに可哀想な子の―――おおっと、危ない危ない」
「なんだよ。続きは?」
「いやあ、これ以上話したら面白くないじゃないか!」
「お前……!」
恒久を生き続ける始原の精霊にとって、この森の中で炎の適性が一人だけでいる俺に構うのは退屈しのぎである。
内容が把握できないにしろ、注意喚起はしてくれるので文句は言えないが、あそこまで話してやめたのだ。
口から溢れでてしまうのは仕方ないだろう。
後、「カッカするなよ」と小さな手で肩を叩かれるのも、イライラとした感情を持ってしまう。
「結局、ハルノートはあの子の元に行くのかい?」
「まあな」
「君の身を案じて言うが、やめておいた方がいい。最悪、死ぬことになる」
「そんなの、冒険者やってれば同じだろ」
「全然違うね」
真剣な目だった。
時々見せる、始原の精霊としての気質。
世界を見通し警告する姿は、崇拝される存在として相応しい。
「生半可な気持ちではやっていけれないよ」
「……覚悟ならある」
ただクレディアのあの最後の別れが気に入らないから、今まで行動してきた訳ではない。
「だからこうしてお前を呼び出すぐらい、なりふり構ってねえんだろうが」
強さがいる。
ラャナンのような死者を出さない為には、太古の龍に古代魔法の情報をもらっただけでは足りないのだ。
空間魔法を自由自在に使えるようになるのとは別物であり、その域に到達するには何十年、何百年もの時間がかかる。
こうしている間にも、クレディアは力をつけていってるだろう。
ぐずぐずとしてはいられないのだ。
精霊魔法は無詠唱にはできないが名前の呼び掛けにまで短くすること。契約している炎の精霊のより高度な意志疎通。弓、剣の技術向上。少しでも空間魔法を扱えるようになること。
この大嫌いなエルフのいる里で、やるべきことは大量にある。
「ははは! いいね、流石ハルノートだ! 昔から何ら変わってない!」
「それ、誉めてんのかよ」
「勿論だよ! 真っ直ぐで負けず嫌いの、怖いもの知らず。僕好みの性格だ!」
「誉められてる気がしねえ……」
頬をピンク色に染めて興奮し、そのままの流れで始原の精霊は契約をするようだった。
「やり方は覚えてるかい?」
「ああ」
「そうかい。じゃあ、始めるよ」
地面に炎が広がり、一瞬にして魔方陣ができあがった。
不思議に身を焼く熱さは感じない。
「―――呼応せよ」
ただ、呼び掛けるだけでよかった。
想いを胸にするだけで、複雑なことはいらない。
初手に自分の魔力の半分程を一気に持っていかれた。
相手が始原の精霊であるからか、昔よりも必要な魔力になっている。
俺は回復薬を飲み干し、魔方陣に勝手に流れていっている魔力の勢いを速めた。
「君との契約を認めよう」
炎に飲み込まれた。
そう思ったが気付いたときには消え去っており、精霊との不可視の繋がりができていた。
「契約の対価は定期的な魔力の提供にしてある。君は僕を呼ぶときには魔力は消費しない」
「助かる」
原始の精霊の力を借りるときは、危機的な状況に限られるだろう。
その際には大量の魔力が必要となるのは窮するところだった。
「呼び名はどうすればいい?」
「炎の精霊以外ならなんでもいいさ。単純に始原の精霊でも、恐れられた故につけられた業火の化身でもね。これまでの契約者にはサラマンダーが多かったかなあ。あ、でも火トカゲは止めてくれよ?」
「ならサラマンダーにする」
名前を呼ぶと嬉しそうにした。
精霊というのは感情が分かりやすい。扱いには手を焼くことにはなるが。
「今日からよろしく。じゃあ早速、鍛練でもするかい?」
「いや、まず寝る」
「ええ! ほら、僕の力とか気にならないの!?」
「疲れてんだよ。どれだけ歩いて来たと思ってんだ」
ぎゃあぎゃあとするサラマンダーであるが、ベットに寝転べば眠気は襲ってきた。
重たくなる瞼に抵抗せずに閉じるとクレディアの最後の後ろ姿を映じる。
俺はそれに手を伸ばしたところでやめていた。
追いかけることはできなかった己の未熟さに痛感し、悔しく思ったところで―――そして、意識が途切れた。
ハルノート視点終了。




