性悪女
「久しぶりね」
このまま自宅にまで行けれたら良かったもののそうならなかった。
高くて耳に触る声。
そんな煩い金切り声が大嫌いであった人物。
「……わざわざ何の用だ。ユレイナ」
無視しようとするが、いつも取り巻いている男女のエルフが塞いでいた。
道をこじ開けても、家にまで押し掛けてくるのだろう。
だから口を利いたのだが、俺の態度にユレイナは不満気なようだった。
「お爺様からお前が帰ってきたって聞いて、会いにきたのよ。少しは嬉しがったらどう?」
「俺が嬉しがる訳ねえだろ」
「つれないわね。私達、旧知の間柄でしょう?」
「そうだったかもな」
あざとく首を傾けるのは、己の美貌を分かってのことだ。
最も、こいつの本性はよく知っているので、容貌に騙されることはない。
ユレイナはジジイ―――長老を祖父とする者であった。
ジシイと同様高い魔力量を有すること、愛される容姿からちやほやとされ、驕り高ぶるようになった性悪女である。
「あなた、相変わらずね」
ほうという吐息により、取り巻きは俺を睨み付けた。
魔物と違って可愛らしいもので、怖くもなんともない。
「遠回しにしねえで、さっさと本当の要件を言えよ」
「……この子があなたに乱暴にされたっていうから忠告に来たのよ」
「ああ、木から落ちた間抜けか」
殺気を飛ばした相手がユレイナの取り巻きだったようだ。
守人を任されていることからそれなりの実力はあるようで、怪我はない。
だというのに俺にまで訴えに来たのは取り巻きといえどもプライドに触ったのか、口実が欲しかったのか。
「お前は身の程を忘れてしまっているようだから、私が思い出させてあげようと思ったのだけど……」
後者のようだった。
だが思っていた行動と違い、ユレイナは俺に撓垂れ掛かってきた。
「私を求めるのなら、やめておいてあげるわよ?」
耳元での熱い息。
甘ったるい匂いを漂わせて艶やかに見上げ、意地悪く頬をつり上げている。
淫らな行為への誘い文句は、俺からという体を築こうとしているのが明け透けだった。
舐めるように手で上半身を玩び、頬にまで添えるに至る。
そうして顔を寄せられるが、そこで嫌忌が上回った。
寄せられた体を掴んで離し、突き放す。
衝撃を受けて尻餅をついたユレイナは「何するのよ!」と張り上げ、俺はそんなあいつを見下ろした。
「ユレイナ様!」
取り巻きの助けが入り、立ち起こされる。
ふるふると屈辱に震えており、怒りに満ちていた。
「ハルノート、お前……ッ!」
「処女のくせに粋がってんじゃねえよ」
「下品な!」
非難するが、ユレイナの顔を真っ赤にし何も言い返さないのを見て狼狽える。
大分たちの悪い冗談であったが、事実のようであった。
「お前みたいな女、誰が好き好んで抱くものか」
「ッ言わせておけば! 顕在しなさい―――水の精霊!」
「こい、炎の精霊」
炎と水が鬩ぎ合う。
だがそれは一瞬のことで炎が勢いを増し、水はボタボタと地面に落ちていく。
「きゃあ!」
全ての水を気化させ、熱気を相手にぶつけた。
取り巻きを含めて吹き飛ばされていく。
葉や土で汚れた様子は惨めなもので、過去の自分とは正反対であった。
「もう昔とは違うんだよ」
才能に胡座をかいているユレイナを越すのは案外簡単だった。
「お爺様から気に入られてるからって調子にのらないで!」
「それはお前だろ」
「ッ! 今にこの里に住めなくしてやるわ!」
「ジジイの力でか? お前らの力ごときでそんなことできねえもんな」
「…………森を殺す炎のエルフの癖に」
「それは精霊を侮辱することだ」
当時のことを目撃したエルフの殆どは生きていない、それほどの昔の時代にこの森が燃えた。
世界樹を狙う人族が起こしたことでだが、そのせいで自然を愛するエルフは炎を邪とし忌み嫌うようになる。
そうして炎の適性を持つエルフは迫害の対象となり、同胞から追い出された。
その契約する精霊が好む炎がない森であることからも、森から去る理由となった。
俺はそんな炎の適性をもつエルフとこの里出身者との間に生まれた。
母は生んで直ぐに、父は数年後に死んだ。
残された幼い俺は、母の適性が強く出て契約した精霊か炎であったから嫌悪されるようになった。
ユレイナはその筆頭である。
「もう俺に構うな。……ただでさえあいつのことで手一杯だからな」
「あいつ……?」
「お前には関係ねえ」
里に閉じ籠っていることには、関心をもっても意味がないものだ。
それでも知りたそうにするので冷たい視線で浴びせる、体を縮みこませる。
「じゃあな」
会うのはこれっきりにしたいものだ。
取り巻きに声をかけられるユレイナを横目に見ながら、俺はそうはならないだろうと嫌な方に予感してしまった。




