気にかける者
「母親がいなくなったことも、今のクレアに影響は受けてるだろうね。環境がガラッと変わって人の目に触れるようになったから、髪と瞳を隠さないといけなくなった」
「ああ、最初はフード被ってたのはそのせいか」
「うん。クレアが魔法の才能があったことが幸いだよ。じゃないと色を変えれなかったからね、ずっと隠れて過ごすはめになってた」
半魔の特徴と言えば、紫の髪と瞳だ。
エルフの間でも知れ渡っていることで、俺はあのときの色を思い起こした。
数多くの亡骸の前では座り込んでいた。
顔を合わせない状態で自分のせいだと述べたクレディアに、俺は「そうか」とだけ告げた。
肯定も否定もしなかった。
俺が何もしなくともラャナンの死は自分で乗り越えるだろう。
安易な思考で、過去の自分をあいつで見たからであった。
そして、見た。
夜目であっても、揺らぐ色を認識するのは簡単だった。
薄鈍色が紫と混ざり、波打っている。
闇に半分ほど染まり、紫紺であるその色に魔力が働いたように一度目にしたら離せなくなった。
そうして俺は、シャラード神教の奴等の穴があいた傷の跡や憂いを浮かべる原因などに察しがついた。
「クレディアちゃんは随分苦労してたんだな」
俺の言葉を代弁するかのようにし、ニトが若干泣いていた。
涙脆く弱々しい奴だと思いながら、ずっと気になっていた、正直目障りなことを指摘する。
「さっきからこそこそしてる奴、誰だよ。隠れてねえで出てこればいいだろ」
ビクリと体を震わせ、その場全員の視線で居た堪れなくなったのか、一人の少女が恐る恐ると現れた。
「エリス!?」
「部屋で大人しくいるように言ったじゃないか!」
「……だって、気になったんだもん」
わあわあと騒ぎ、ネオサスが筆頭に部屋に戻るように言う。
「嫌っ。だってその人、クレアの知り合いでしょ? 私がずっと怪我とかしてないか、悶々としてたんだよ。手紙は来たけどそういうことは書いてくれないし。だから私、クレアのことを聞きたい。……それに、いざとなったらお父さんが守ってくれるでしょ?」
「エリス……」
「おい、話がどんどん迷走してってるが、どういうことだよ。説明しろ」
父と娘の関係であるらしく、穏やかとなった雰囲気を早々にぶち壊す。
抱擁を交わす寸前で、ネオサスにはジトリとした目で見られるが受け流した。
「確かお前、ニトだったか。うっとうしい奴等がいるんだろ? 騎士なんかが警護するぐらいだ。かなり厄介な相手なんだろ」
「……エルフだし、言ってもいいんじゃない?」
「信仰深くなさそうだしなあ」
俺でも崇めてるもんはあるが、そういった問題ではないのだろう。
定められるように見られ、「女神シャラードを主とし、崇めるか?」と問われる。
「エルフは精霊を崇める。俺もその類に外れねえ」
里から出るエルフは変わりもんだが、育ちの環境は同じだ。
崇拝するものは精霊と変わらない。
直接的に言ったものではないが、宣言したことから俺を信じることにしたようだった。
だが、こんなものを質問されれば、相手は想像がつく。
「シャラード神教の奴等か」
「当たりだ。必死になって探し求める人がいるようで、エリスがその人物じゃないかと付きまとわれているんだ」
「候補者でも国にまで連れていく方針らしいからな。エリスが拒否すると、荒事になった」
「だから、こうして私達が守っているわけ」
この町の領主は民思いなのだろう。
騎士に保護させることは厳重すぎるが、シャラード神教の者がこの国にいることが為政者は推奨していない。
そう考え、取り押さえることも目的とするならば、騎士がついているのも納得できた。
ただそれだけが理由ではなさそうだが。
「ハルノートさん、クレアも同じ人から狙われた?」
「そうだ。それがきっかけで、パーティー解散させられたからな」
忌々しい奴等だ。
今までパーティーを組んでは解散を繰り返して来た身としては、クレディアは狼人のガキを送り届けるような面倒なことをしてた以外は申し分のない者であった。
探し人の特徴からクレディアも候補者に値する者であることは予想がついてたのだろう。
だが、解散の原因の出来事の酷さはそうではなかったので、憤慨していた。
「あいつら許せない!」
「半魔だと知れば、殺そうとするなんてな」
騎士が憤り、エリスは血なまぐさい話がクレディアのことなので瞳を揺らして、ニトが労っていた。
クレディアには気にかけてもらえる者が多いようだ。
そのことが、似ていると思った過去の自分との決定的な差を直視させられているようだった。
「そう言えば、ハルノートはクレアちゃんの話を聞いてどうするつもりなんだ?」
その場の者の心が落ち着いた辺りだった。
今更なニトの質問で、応答するなら会って文句を言いにいく、だ。
詳しい話をしなかったクレディアに納得しなかったから、こうして過去を勝手に暴いた。
だがそれだけで終わるには内心の腹立だしさがはね除けている。
あのとき去っていくクレディアを最後には引き留めなかったのは、俺が過去を知らなすぎたからだ。
知った今、頭を下げてもう一度仲間にしてくれと言わさせてやりたい。
袖にされたことでの傷がついたプライドのせいかどうかは分からないが、そんな欲求はあった。
だがそんなことを語る必要性はないので「なんでもいいだろうが」と外方を向くが、ニトは「まあ、そうだな」とあまり気にした様子はなかった。
興味がそこまでなかったからかもしれない。




