再会
それはあまりに待ち望んだことだった。
通信の魔道具に魔力を注ぎこみ、今日も駄目だったかと諦める。
そんなとき、ふわりと返ってくることのなかった風魔法が舞い起こった。
加えて、長らく聞けなかった『……クレア?』との呼び声がある。
「お母、さん……?」
幻聴ではないかと、震える声で確かめた。
知らず、リュークを抱える。
「ええ、私。メリンダよ」
安心させるかように語りかける声に、うっかり涙が出てしまいそうになった。
昔と何ら変わらない、優しい母だ。
「あのね、いっぱい話したいことがあるの」
「ええ」
「楽しいこととか嬉しいこと、悲しいこともたくさん。お母さんがいない間にとっても頑張ったんだよ」
穏やかな声で相槌を打ってくれる。
ただそれだけだが、私を受け入れてくれているということを示していて、私は自分の罪を吐いた。
それほど許されたかった。
誰かに、母であっても私の罪を許してほしくて告白した。
「悪いことも、したの」
「……どんな?」
「大事な人を、殺させてしまった。他にも、悪人だけのつもりだけど、本当はしたくてやっていたんじゃない人ももしかしたら殺したかもしれない」
「―――そう。てっきり、私のところにまで来ようとしてることかと思ったわ」
「それは悪いことじゃないよ。だって私、お母さんに言っておいたでしょう?」
「あら、そうだったかしら?」
「そうだよ。惚けても無駄なんだからね」
母は一向に認めようとしなかった。
その為のやり取りで、軽い空気となる。
きっとわざとだ。
お母さんもハルノート達と同じなんだ、と暗い気持ちが広がる。
けれど、実際はそうじゃないことに直ぐに気がつくことになった。
「私は違うって言って、クレアはそうだと言う。これじゃあ証拠もないから、判断できないわね。だからクレアが言った悪いことも、事実なのかは私には分からないわ」
「……うん」
「だから、速く私のところにまで来なさい。そして判断できるかは分からないけれど、話はクレアの望み通りに飽きさせてしまうぐらい聞いてあげるわ」
「! うん!」
「本当は私が行きたいところだけど、クレアが決めて会いに来てくれたもの。大人しく待っていることにするわ」
そして落ち合う場所を決め、うずうずとしていたリュークを元気だっていうことを紹介する。
彼の溢れるぐらいの明るさは、森の中で住んでいた二人と一匹の頃を思い出させた。
それから私とリュークは旅のスピードを上げた。
会って直接話をしたいので、毎日使用していた通信の魔道具はガラクタと成り果て、それ用にとっておいた魔力も使って駆けていく。
立ち塞がるどんな魔物も、私達の敵うものではなかった。
母と話をしてからの圧倒的な全能感が、次々と撃破していく。
通り過がる人には風のように行く私達に驚かれるけれど、それは気が塞いでいた頃も少し劣るだけで中々のものだったので、今更気にすることはない。
道程は厳しいところもあり、魔法を使用したとしても多くの時間を必要とした。
私と、生まれた日にちが分からないリュークを一緒に祝っている十二歳の誕生日を迎え、季節はいくつも過ぎていく。
私とリュークだけの旅は、ハルノートやラャナン、狼人の兄妹の仲間がいた半年も満たないものよりもずっと長いものだ。
だが、それでも皆と過ごした日々は色褪せることのない。
母の元へと向かう旅は一生忘れることはないだろう。
辛いことも悲しいことも全部含めて、私は死ぬまで覚え続ける。
また一つ年をとり、十三歳となった。
この世界で成人の基準を満たした私は、母の目には別人のように映るだろう。
もう五年も会っていないのだ。
だが、母はちゃんと分かってくれた。
落ち合う場所の広場には、様々な種族で入り交じって人が多くいた。
前日に連絡はしてあり、時間の遅れもない。
どこにいるのかリュークと競争するように探し、私が先に発見することとなった。
魔道具越しで声を聞いたときも思ったが、記憶と変わっていない。
怪我を負っていることも、何もない。
私は不安になって変なところがないか自らをチェックした。
それでも不安はあったので、先に飛んでいこうとするリュークを押し留めながら、遠くから眺める。
そんな私に、母は気付いた。
目が合い、表情を緩ませる。
クレア、と動かす口の形でそう言ったのが分かった。
「お母さん!」
走ってきた私を、母は昔のように抱きしめてくれた。
暖かさを何度も確かめるようにぎゅうぎゅうとしていると、一匹の小龍も増える。
「大きくなっても甘えん坊なのね」というのが耳に入るが、内容なんて考えることもなく母に会えた喜びに浸る。
半魔というしがらみを受ける私だが、それでも必死に生きる。
色を隠しながらでも、新たに持ったもっと自由に生きたいという大きすぎる願いを胸に。
壊され、壊す前の仲間がいた頃の旅をする、それを半魔だと大々的に大手を振って。
いつかそんな未来が来たらいい、と儚い夢を長い旅を振り返りながら幻想する。
だがそれを振り払う。
今はただ母との再会を純粋に喜ぼう。
顔を上げれば、母との縮まった距離を感じた。
目線が近くなっている。
子どものような行動をしてしまった、と恥ずかしくなりながらも母と向き合い、お互い笑い合いながらも言葉を交わす。
こうして母の元へ向かう旅は、終わりを告げた。
三章終了です。
誤字報告をして下さった方はありがとうございます。とても感謝しています。
四章からは主人公以外の者達に焦点を当てていくことになります。
クレディアと別れた後の話となる予定で、裏話を色々書けたらなと思います。




