お喋り好きな騎手
二つで一つの魔道具。
これは風魔法により対となるものの間で声を届ける機能をもつ。
私が製作し、母にその片方を贈ったものだ。
膨大である己の魔力を注げば、他国にまで届きえる。
私はそれを毎夜起動させる。
縋らないでいられないほどに、母の元へ向かう旅は長くつらい。
だが、応答はない。
予想できるものとしては魔道具がまだ母のところに到着していないか、距離が離れすぎているのか、通信を遮られているかだ。
可能性が高いのは一つ目に述べたこと。
片棒に魔力は届いている感覚はあるのだ。
後は手にとって声を発されるだけだが、それがない。
当然のことである。
配達を頼んだのはそれなりに前であるが、速達でないのにヘンリッタ王国から何ヵ国も挟んだ地に届いているはずがない。
資金繰りする以外のことを移動に専念している私なので、どちらが先に着くかはきっといい勝負となるだろう。
そう理解している。
だが、納得はしていない。
そんな訳で、商人ギルドにやってきた。
空いている時間で、私はまた新しく通信の魔道具をつくったのだ。
そしてその届け物を遠くの地までするには、各地を巡る彼らに頼むのが一般的である。
大きな商人ギルドを選んだだけあって、人数は多い。
結構な時間とリュークを不躾に見られるのを堪え、ようやく私の番が回ってきた。
「速達を―――竜種の騎手の方でお願いしたいのですが」
母の居場所は分からないので、手紙のやり取りを仲介してもらっていたスノエおばあちゃんが懇意とする、ウォーデン王国内を拠点とする商会までと告げる。
すると、ちょうど本日出立する者がいるらしい。
それを逃すと次は一ヶ月後以上となる。
私はその竜種を用いた速達のうわさを聞き、この商人ギルドにまで足を運んでいる。
透かさず申し込み、受付の者から営業スマイルをもらった。
竜種とは、世界で最強と言われる龍には劣るものの、その特徴を有した魔物のことである。
強靭な鱗や羽ばたいたら天まで届き得る翼、自在に操る尾など、龍よりは下位であるが能力は高い。
眼前の竜種は、速さの面に優れているのだろう。
すっきりと余分な肉はなく、飛ぶことに特化した形の魔物は騎手に首筋を撫でられている。
職員が「ズソウ」と呼ぶと、その騎手がやってきた。
彼は職員の他に私がいることに対して、首をかしげた。
「何の用? これから直ぐに仕事だから、そこの子どもに触れ合わせてやる時間はないよ」
「それはお前がいつも好きでやっていることじゃないか。この方は仕事の依頼に伺われている」
「なんだ、そういうことか。発つ前で、運が良かったなあ」
二人が話していたように、発つギリギリの時間であったから私は騎手にまで直接行くことになっていた。
私は鞄を漁り、運んで貰うものを取り出す。
危険なものではないかの点検は、既に受けている。
中身の精査はしないようで、間諜と疑われる魔道具のことについて追及されていない。
「お願いします」
「はい、どうも」
「あと一つ、無茶であることは承知なのですが」
これは荷物と判定し、運んでもらえるかは分からない。
「私を運ぶことは可能ですか?」
「えっ! それは無理だよ。速さに関係してくるから重量は限られているし、第一スゥ―――相棒の竜は僕以外に人を乗せないんだ」
やはり無理であった。
私は魔道具でなく自分自身を空路で運んでもらえば、陸路より一瞬だと期待していたのだ。
まあ駄目そうなのは理解しており、確認の為に聞いただけなので落胆はない。
それでも溜め息を吐いていると、リュークに「ガウガウ」と慰められる。
「おっ、その子も竜種!? 初めて見る種類だなあ」
「……竜種自体、珍しいものですからね」
「うん。僕はスゥを卵から育ててるんだけどね、小さくて可愛かった頃が懐かしいなあ。あ、昔と比べて凛々しくなっただけだって。だからこら、やめろっ。くすぐってえって」
スゥは己の噂をしていることに気付き、相棒の顔を舐める。
ズソウさんはそれに満更でもない様子だ。
「ガウ!」
「なんだ、お前もスゥ遊びたいのか? なら、ちょっとだけならいいぞ」
「リュークがすみません。仕事、大丈夫ですか?」
「まあ、なんとかなるだろう。それより、お客さんも遊んできてもいいよ」
リュークがせっかく己の立場に近しい魔物と仲良くしているので、遠慮した。
ズソウさんは結構なお喋りであるらしく、私にあれやこれやと話をふる。
ちなみに、この時点で職員は己の持ち場に帰っていった。
「それにしても、熱心なもんだね。人間を運べるかなんて聞かれたの、初めてだったよ。もしかして、この荷物の送り先、もしかして彼氏だったりする?」
「違いますよ。仲介者を挟みますけど、母にです」
「なあんだ。君もそうだと思ったんだけどね」
「私も、ですか?」
「うん。ほら、お客さんも知ってると思うけど、ウォーデン王国で戦争があっただろう。停戦してからはマシになったけど、物騒だったからね。心配して手紙送る依頼は多いんだよ。だから、少し前まで凄く仕事が大変だったんだよなあ。竜種の確保が難しいのは分かるけど、ほんと、人手が足りない」
げっそりとするズソウさんから、どれほど過酷だったかが伺える。
それから暫く、リュークとスゥを眺めながら世間話をした。
随分と呑気であるので、本当に仕事はいいのかと頭によぎる。
だがリュークがとても楽しそうに遊んでいるので、口には出さないでいた。
そうしてぼんやりとその光景を眺めていると、ズソウさんはこれまでと同じ調子で次のことを告げた。
「お客さん、ずっと暗い顔してるけど、安心していいよ。この時期に依頼してくれたんだ、送り先は生きているんだろう? なら、何も心配しないでいい。僕達がしっかりと届けておくからね」
ズソウさんは晴れやかな笑顔を向けてきた。
仕事に誇りを持っている彼は輝いているように見え、私にはそれがとても眩しかった。




