彼女に贈るもの
気絶するように深く眠っていたようだ。
目が覚めると、朝が迎えていた。
野宿であり変な形で寝ていたものだから、体は鈍く痛い。
その反面前夜は徹宵であったので、睡眠をとった今は思考がはっきりしている。
私はリュークを待っていた。
契約のつながりで確認すると、あと一刻ほどで合流できる距離にいる。
だんだんと縮まっているので、今まさに向かって来てくれているのだろう。
雲がぷかぷかと浮かんでいるのを眺めながら、結局復讐は感情の捌け口以上に私にもたらしたものはなかった、と凪いだ心の状態で思った。
当然、復讐とはそういうものだろう。
だから、それは悪だと世間から認識されているのだ。
「ラャナンに何かしてあげたかったな……」
自分のことばかりで、あえて一つ上げるとするならば葬儀に参加したことぐらいか。
いつか遠い未来になるだろうが、花を供えに行こうと思った。
それが唯一私にできることだろう。
いや、もう一つあるか。
暑がりな彼女が国を出て、北に向かって来た理由のもの。
「雪を、贈ろう」
魔方陣を描くと、地面に大きく広がった。
広範囲にさせる陣を設置し終えたら、詠唱を唱える。
初めての行使する魔法であるが、失敗は考えなかった。
ただラャナンに見せてあげたい、そんな想いだけあった。
「玄冬よ来たれ。
触れれば消える幻相は、漂う氷の結晶。
切望の代償は飢寒の災禍。白銀の世界の公明なる慈しみ。
冒涜者なる者でも魅了する。非業の最期は、安らかなるものが齎される」
ふわり、と雪が舞った。
本来の吹雪となり地に果てるような結果は望んでいないが、結晶を保つ為に気温が大きく下がっている。
吐いた息は白いが、雪はもっと白かった。
地面にまで落ちてしまえば溶けて消えてしまう。
だが土の中で眠り、空から見ているのなら十分で満足してくれているだろう。
「そうだといいな」
雪景色の中、私は最後となるラャナンを想っての涙を流した。
「おい」
無愛想な声のかけ方。
誰かなんて、顔を見ずとも分かる。
「ハルノート。……来たんだね」
飛び込んできたリュークを抱きしめながら、困ったように私は笑った。
全く想定していなかったことだった。
だって彼は危険なこと、面倒なことは嫌う。
ブレンドゥヘヴン戦では生き残る自信があったからだろうが、私がロイを送り届けることに大手を振って賛成してはいなかった。
「お前、本当にガキだな」
「そうだね」
「見た目もそうだが、中身もそうだ」
「……うん」
「そんなんなのに、なんで一人でリュークだけ連れて行こうとすんだ」
狙われてるから、の言葉はハルノートは求めてないだろう。
彼は手紙を見て、この場所まで来た。
「ありがとう」
苛立つ彼を制止する。
言葉遣いが悪くあまりに婉曲な言い方だが、彼の想いは伝わってきた。
「ハルノートの気持ちは嬉しいけど、駄目。無理なの」
ラャナンのような被害者をもう出したくないのだ。
だから、好意に甘えられない。
ハルノートと旅を続けられない。
「……半魔、だからか?」
心臓がドクンと跳ねた。
「気付いていたの?」
「まあな」
「オルガとロイは?」
「知らねえ。多分、俺だけだ」
「そう……」
いつも通りの態度、半魔と知っていても何も変わらない。
エルフであるから、関係ないと思っているのだろうか。
私は、お伽噺と絵本で語られている半魔の仲間入りしたのだ。
憎しみに囚われ復讐をすることは、対象が違うだけで同じことをしている。
血は繋がっていない遠い地にいる半魔とは、種族的なものの本質はいっしょだった。
「ガゥ?」
「うん、またこれから私とリュークだけの旅になる。また寂しい思いをさせちゃうね。リュークは何も悪いことしてないのに」
「……お前は」
訪ねられたので答えていると、低い声を聞いた。
ああ、これは怒られる。
それも、とびっきりなものを。
「俺を何だって思ってんだ!」
睨みつける瞳は炎がこもっていた。
ハルノートは炎の精霊使いであるが、気性までその性質に似通っている。
「俺は心配されるほど弱くねえっ! 女神を崇めてる奴等なんかに負けるとでも思ってんのか!? あいつも、本当なら簡単に殺られたりしなかったはずだ!
覚悟がねえんだよ、テメエは。人の命に乗っかってまで、図々しくても汚くても生きようとしろよ! 俺を利用するぐらいして見せろ!」
私を燃やし尽くしてしまうほどに、彼の意思は強く熱い。
その根元としているものを、欲してしまうぐらいに。
けれどそれは彼だけのもので、私には合わない。
「やっぱり、無理だよ。あなたほどの強さを、私は持ってない」
ハルノートに背を向けた。
これ以上私の情けない姿を見せて、幻滅させたくない。
「っクレディア!」
返す言葉は何もない。
伝えることは、手紙で全部告げている。
ハルノートは、そんな私にもう追いかけることはしなかった。




