復讐を任せた者 ※オルガ視点
「じゃあ、私は行くね」
最後の別れに、クレディアはそう言った。
いつもと変わらない、落ち着いた雰囲気であるように見えるが、剣呑な光を瞳に持っていた。
会うのはこれっきりかもしれない。
そんな少女に俺の分までの復讐を任せ、見送るしかできない。
きっと、成し遂げてしまうのだろう。
俺だけでは、復讐するのには力が足りない。
だが、幼き身に不釣り合いな力をもつクレディアならば違う。
その力が俺にあればと思うが、彼女は特別なのだろう。
圧倒的な才能があり、そのことに驕ることなく毎朝鍛練をしていることは、旅の道中で見てきていた。
そしてシャラード神教の者を殺した、奥の手であろう不思議で強力な魔法の痕跡もあるようだ。
性格は人から好かれるような善良で、だからこそクレディアはラャナンを失った悲しみで復讐に囚われてしまっている。
狼人の問題に、巻き込んでしまった結果だ。
安全に同胞と合流する為、少女のお人好しにつけこんだから起こった。
だが、それでも。
「俺はこれ以上、失いたくないんだ」
故郷の村の皆は殆ど死んだ。
同胞の村も、危険を知らせに来たはずが逆に危機に陥れさせてしまい、ラャナンと数人の狼人が死んだ。
俺は少女の復讐により、狼人に利益を出してくれることを期待している。
クレディアもきっと分かっていて、だからこそ余計に復讐に走り伯爵という敵を排除してくれるだろう。
「……俺も、俺のすべきことをしないとな」
同胞の狼人を守る。
これから先は、誰一人殺させやしない。
そのために俺は、ハルノートに俺がいない不自然さを誤魔化すのを任せたヒックの元に向かった。
「お前、クレディアがいねえの知ってただろ!」
それから時間が経ち、昼を大分過ぎた頃だった。
ヒックとホズと話をしていると、そこに駆け込んできたハルノートに胸ぐらを捕まれる。
近くにはオロオロとするリュークがいた。
「……離せ」
「否定はしないんだな。驚きもしねえしよ。あれか? テイマーの部下の情報吐き出させていたときか?」
ヒックには、俺の不在の理由に捕らえたテイマーの部下のところにいることにしておけと言っていた。
そいつからは既に情報は全部出し尽くしてある。
己の上司を殺し、その見張りをしていた狼人を魔物によって傷付けた奴だ。
魔物を使役できるだけで本人は肉体的にも精神的にも弱く、簡単なものだった。
そのことを律儀に教えてやると、ハルノートはようやっと俺を解放した。
「あいつ、リュークまで置いていくなんてな」
「は? クレディアは違うって言ってたぞ。確か、追いかけてくるって」
「ガウッ!? ゥー……ガウ!」
「オルガ、この子何て言ってるの?」
「いや、俺にも分からん」
ホズに聞かれるが、契約を結んでいるからどうとかのクレディアじゃないので分かるはずがない。
頭を悩ませていると、リュークはどこかに飛んでいき紙束を咥えて戻ってきた。
「ガウ!」
「ああ、これか。手紙のことって」
俺の分を見ると、丁寧な字で俺達狼人のことを応援していると書かれている。
妹だけでなくヒックとホズの分もあったので覗くと、ロイの『主』にはなれないけど慕ってそう呼んでくれるのは嬉しかったこと。俺とロイのことを気遣うことと体を大切にするようにと書かれてあった。
「そういえば、クレディアから伝言あるぞ」
ハルノートも今手紙を読んだようで、負のオーラを出しながらも無言でいるうちに伝える。
「……あのクソガキめ」
「追いかけるのか? お前、ただの冒険者なんだろ?」
ここの村の長にはそう言って、伯爵の手の者とは戦わないと言っていた。
自らの身を守る為にガーディアンという名らしいふざけた防御力をもつゴーレムの相手はしていたが、こいつはクレディアがする復讐をどうするつもりなのだろうか。
加勢ではないだろう。
なら止める気か。
「俺をなめやがったクレディアに、文句言ってやるだけだ。……見くびりやがって。あいつがどんな奴だって、俺は―――」
「……どういうことだ?」
独り言だったようで、俺の疑問には「ハッ」と一蹴して返答はなかった。
ハルノートはリュークを連れて、今から村へ出ていくようだった。
クレディアのときのようにあいつの見送りなどしないが、ホズに飯は持たせるように頼む。
「あのエルフのこと嫌いなのに、親切だな」
「あいつはどうだっていいが、リュークがいるからな」
「素直じゃないね」
「……」
助けになったから感謝しているが、性格の合わないあいつにそんな態度は見せたくない。
友人の二人には、そんな心情はお見通しだろう。
笑われるが、今はそんなことよりもクレディアからの手紙だ。
これを妹に見せたら、きっと泣いてしまうだろう。
俺は子どもの相手をよくしていたヒックに付いてきてもらい、手紙を見せ読ませると案の定泣いた。
どうすればいいのか分からない俺に「兄なんだから、慰めてやるんだよ」とヒックに叱咤されて、頭をぎこちなく撫でる。
それでも泣き止まなく、そのときの俺の困った顔を見た友人は必死に口元を押さえるものの、にやけた表情は隠しきれていなかった。




