壊してしまえばいい
「オルガ、私は……」
「止めに来た訳じゃない。そして、付いて行くこともしない」
気付かれていないと思っていた。
だだリュークだけが契約によって心が通じているから例外で、それ以外には誰も。
どうして分かったのかは、すぐに思い至った。
オルガも憎悪を持っているからだ。
親しい者を殺されているから、だから私がどうするかを予想できた。
同じ復讐心をもっている者同士だ。
だが、私がこの思いのまま行動するのに対し、オルガは村に残る。
この違いは、同胞の狼人の皆を守る為だろう。
復讐より仲間の方を、彼は選んだ。
「私が復讐を遂げるよ。オルガはそれでもいい?」
「……ああ」
自分の手で仇を打つことができないことは、きっとやるせなく、わだかまる思いとなるだろう。
でも私に任せてくれた。
激情のままに従う私と違い、彼は冷静に判断力があった。
「死ぬなよ」
「あいつらに殺されるつもりなんてないよ。……それに私、死にたくないから」
ラャナンを殺させてしまった私が生きたいと思うのは、それはとても罪深いことだろう。
でも、それでも死にたくない。
前世では最後の最後には諦めてしまったものだけど、暖かな幸せを知った今世はさらに生への執着が強くなっていた。
「ねえ、伝言お願いしていい?」
「ついさっき殺されないって言ったばっかなのに、遺言か?」
「ううん。もうお別れだから」
「……リュークもか?」
「あの子は後で追いかけて来てくれるから、違うよ」
置き手紙をしたが、人の口からのもあっていいだろう。
「ありがとう、勝手なことしてごめんね―――と皆に伝えておいて」
「他にはいいのか?」
「手紙にも書いてあるからね」
「俺の分は?」
「勿論あるよ。さっきの言葉も、オルガの分はちゃんと入ってる」
ちなみにヒックさんとホズさんの分もある。
私達と再会する前のことがあるので体調が良くなるまで無理はしないようにと、ロイとオルガのことを支えてあげてくださいと書いた。
自分の分を心配していたオルガにクスリとすると、オルガはほっとした表情となった。
私はオルガが心配するほど、復讐だけに心は囚われていない。
憎悪とこれ以上誰かを失いたくない気持ちが共生している状態なのだ。
「……世話になったな。クレディアがいたから、妹も俺も、同胞皆が救われた」
「そんな大層なことしてないよ」
「いいや。回服薬も提供してくれたか、お前がいたからハルノートとラャナンは手助けしてくれたからな。……ラャナンには済まないことだが、いてくれたから俺らの被害は最小限だった」
「……うん」
「少ないが、礼の金だ」
「いらない。これからもオルガ達は大変なんだから、そっちに使って」
「なら飯ぐらいは持っていけ。ホズがお前の為に作ったのだ」
そんな風に言われては断れなく、朝食はとっていなかったので素直に受け取る。
香ばしい匂いがして、ホズさんは料理が上手なんだと思った。
私は手をかければかけるほど、作った料理は不味いと言われるので簡単なものしか作れない。
だから羨ましいと思った。
そんな風に考えられるぐらいには、憎悪が落ち着いていた。
*
オルガと別れ、私は駆けた。
ここら一帯は魔物が少なく、出くわしても身体強化と風魔法をかけた私に敵うものはいなので、戦闘は一度も起こらなかった。
そんな移動であるので、無心で走り続けようとしてもどうしても死んだラャナンのことを考えてしまう。
短い付き合いだった。
けれどその時間は互いのことをよく知り、親睦を深めるには十分なものであった。
彼女と仲が一番良かったのは私だろう。
年は離れていたものの、話は合った。
ラャナンが生きていたら、今の私をどう思うのだろうか。
想像してみると馬鹿だね、と呆れていた。
貴族に歯向かう、しかも一人でだなんてと冗談にして笑われる。
実際のところは分かるはずもない。
想像は想像するだけで終わる。
最後の「ごめん」の意味だって、一生分からないままだ。
謝るべきなのは私であったのに。
半魔だと、打ち明ける機会はあった。
ゴーレムが来る異変を感じる前に一緒にいて、悩みを抱えていることを彼女は分かっていて、尋ねてくれた。
だが、言わなかった。
そこで言っておけば、何か違う未来だったろうに。
今さらあれこれと考えたって、全てが無意味だ。
過去は変えられることはない。
そんな力を私は持っていない。
だが憎悪を膨らますことはできる。
感情は力となる。
グツグツと沸騰した憎しみは冷静さを代償にし、魔力を消費する以上に滾らせた。
ティナンテルに正規の手続きを踏まずに到着した。
リュークが来る前に直ぐに終わらせたく急ぎたい気持ちはあったものの自分に有利な夜を待ち、魔法を使って潜入する。
領主の屋敷の位置は、家の屋根に上がって見れば一目瞭然だった。
「……結界」
関係ない者は殺すつもりはない為、警備兵を気絶させた後に裏門から入ろうとしたが、私のような者相手の対策はとってあるようだ。
この内側には認められた者以外、入ることはできない。
「なら、壊してしまえばいい」
力に任せて魔法を奮うと、あまりにそれは脆かった。
屋敷を覆っていた結界は目視できる形となって揺れ、消滅していく。
動揺する声が聴きながら、私は魔力探知を用いて望む人をどれかと考えながら歩く。
魔法により姿は闇に溶け込んでいる。
悠々としていても、すれ違う使用人や兵士は誰も私に気付かなかった。




