憎悪
ラャナンが死んだ。
私のせいで、死なせてしまった。
身の内で魔力が暴れることにより、まるで血が沸騰したかのように熱かった。
収めなければならないが、悲しみと自責と怒りと嫌悪と絶望の感情がぐちゃぐちゃで、やろうとしても方法を忘れてしまったようでできない。
これはきっと、私の報いをラャナンが代わりに受けることになったのだ。
半魔であるのに自由に世界を見たいと、母の帰りを待ちきれないと人族に化けて旅に出たものだからそうなってしまった。
私はひっそりと、世界の片隅で生活していれば良かったのだ。
それを人との関わり―――仲間をも願ったものだから、ラャナンの命は失った。
泣いて泣いて、泣きわめいた。
涙腺が壊れて止めどなく溢れ、元々高校生であった私であるけれど小さな子どものように声を上げる。
涙が枯れるなんてなかった。
永遠に泣き続けることができそうなぐらいだった。
だが体に強い打撃を受け、強制的に終了させられる。
何回も地面でバウンドし、倒れた先で見たのはラャナンの亡骸の側に立つテナイルだ。
心臓辺りを押さえており呼吸が荒く、口の端には血が流れている。
どうやら私は魔力で威圧していたらしい。
だからラャナンとの別れを邪魔されず、無防備な状態であっても直ぐに攻撃はされなかった。
テナイル以外の者は地面の上で寝そべった状態で沈黙しているのが二人と、痙攣しているのと立ち上がれるもののそれがやっとであるのが一人ずついた。
テナイルは口元の血を拭い、笑みを顔に張り付ける。
「半魔であるのに、身の程をわきまえないのがいけないのですよ。大人しく同行しておれば、結果は変わっていたかもしれないものを」
そうだ、その通りだ。
虚ろで無反応であることに気を良くし、テナイルはだんだんと調子をあげていく。
「そもそも、シャラード神教に背くこといけなかったのです。いくらその素晴らしさを知らなかったとはいえ、人族であるならばそのことに誇りをもたなければないないでしょう。ですのに下等な亜人共に触れあい、味方をするなど。数十年の奴隷禁止になるまでは正しいあり方でいましたのに、嘆かわしいことです。特にこの女、」
メイスの柄でラャナンをつつく。
死体に対し無礼なその行動は、虚ろであった私に感情を取り戻させた。
「容姿からして南方出身の者でしょうか。話には聞いていたものの、人族ではありますが野蛮なせいで狼人の味方だけでなく半魔まで庇うとは。まあ、そんな彼女の最期は相応しいものでしたね。死んで当然である女の、無様に息絶える姿は」
ラャナンが死んだのは私のせいだ。
そう思ってた。
だが、これは本当にそうなのだろうか。
私だけでなく、テナイルもそうではないのか。
その考えに至った瞬間、私の中で憎悪が膨らんだ。
「ラャナンを侮辱しないで!!!」
感情の高鳴りをそのまま魔力に通じさせると、一番の適性がある闇魔法に変換される。
その矛先がテナイルを含む敵五人全てに向かっていき、例外なく体の一部が闇に喰われて大きな穴を空けた。
「あなた達のせいだ……っ!」
彼女に負わせたように、何回も闇魔法をふるった。
敵はなす術がないので、抵抗らしきものさえできずにいる。
私の魔力がなくなったところで、攻撃は終わった。
テナイルだけはかろうじて生きている状態であった。
そのままでも勝手に死ぬだろうが、止めを刺しに向かう。
「……やはり人族以外は悪、ですね」
無言で手持ちの短剣を心臓に突き刺した。
私を悪だと言ったテナイルは、これで完全に死んだ。
「私のせいなの」
ゴーレムを倒し終え、リュークの導きにより駆けつけたハルノートやオルガ達に告げる。
一人生き残った私と骸のラャナン、闇魔法で損傷された敵の死体を見て、彼らはどのように思うのだろう。
「……そうか」
ハルノートがただそれだけを言い、いくつもの死体の片付けを始めた。
オルガ達も追随し、口を噤む。
誰も彼も私を責めなかった。
熱が冷めた私に毛布を被せられる。
そうしたロイは、涙を浮かべていた。
「まだ、足りない」
ラャナンが丁重に扱われ、運ばれていく様子を見ながら、小さく呟く。
憎悪は未だ膨らんだままだった。
敵はまだ残っている。
シャラード神教の者だけでない。
狼人を襲うことから、全てが始まったのだ。
根本の伯爵がまだいる。
私の激情に気付いている者は、契約を結んでいるリュークしかいなかった。




