ごめん
「いえ、魔族ではなく半魔ですか。この熱の量からだと……ああ、この十字架はシャラード神教の象徴としてだけでなく、魔族に反応する機能があるのですよ。それが今となって機能するのは……先ほどの魔法が関係しているのでしょうね」
バレた。
バレたバレたバレたバレたバレた。
安堵した後のせいで余計に心臓が激しく鼓動してドクドクとして、頭が真っ白になって、立ち尽くして、何か言おうとして口が震えただけで終わって。
覚悟なんてしてなかった。したつもりだけだった。
ラャナンの顔が見えない。知りたくない。
どんな顔をしているのだろうか。恐い。
軽蔑しているのだろうか。嫌だ。
騙したのかと怒っているのだろうか。聞きたくない。
こんな形でバレるだなんて不意打ちだ。卑怯だ。
言い訳をしたって、こんな有り様の私じゃ嘘だって簡単に見破れる。
敵の言葉は真実だって、理解してしまう。
暗い視界が見えるようになったのは闇魔法で、魔に属する者であるからできて。
どうすればいい。
私は、何を、どうやって。
ラャナンに嫌われたくない。
けど私は半魔だから人族から嫌われ、恐れられてて。
これまで半魔でも受け入れてくれた人達は、それはお母さんがいたから、だからセスティームの町にいる知ってる人は親切にしてくれて。
反対に奴隷狩りのガムザなのは敵対して殺されそうになったりして、シャラード神教の者だって現に今剣を刃のある方で斬ろうとしていて。
私は何もできない。
魔法が上手く構築できない。
杖を持つ腕が上がらない。
未だにラャナンの顔を見ることだって。
死にたくない。
だから、こうしてなんの因果か記憶があるまま半魔に転生したのだろうし、強盗しにきた男達に襲われてから戦う力をつけて、お母さんに会いたいから旅をしているのに。
なのに、何もできないなんて。
こんなの嫌だ。
お母さん、リューク。
お願い、誰か…………助けて。
ドンッと体が押された。
私は受け身もとれずに地面に転がって、勢いがなくなったところで止まる。
「半魔を庇いましたか。……その女は殺してしまいなさい。半魔は一応は本国に連れ帰るとして、適当に痛め付けておきなさい。半殺し以上はしないように」
小さな悲鳴の声がした。
私ではない、けれど女の人のもの。
それは先程私がいた方向だった。
そろりと体をおこす。
戦闘と地面の上を転がったときと心の傷が痛くたって、見なくてはならないと使命感に駆られて、一人の女性に群がる光景を見た。
「……嘘」
ラャナンが倒れており、腹に剣が刺さっていた。
それは針山のように何本もで、敵は抜いては刺したりして血がだばだばと溢れ流れている。
暗視の魔法によって細部まで見えやすいその光景であるので、鮮血の闇に染まる色が目の前に広がって目に焼き付く。
信じられなかった。
だから、もっと近くで見てみようと私は思った。
きっとこれはタチの悪い冗談か、夢なのだ。
おぼつかない足で立って歩み寄る。
途中ですれ違う者がいたが、私が近づくにつれて体をガタガタと震わせて通りすぎると崩れ落ちた。
でもそんなのはどうでもいいので、寝転ぶ女性のところまで足に力を入れて真っ直ぐに向かった。
女性を取り囲む者は二人いたが、私を見るなりどこかに行ってしまった。
ちょうどいい。
これで落ち着いて見える。
「ラャナン」
声をかけるが反応がない。
別人であることはないだろう。
顔はラャナンと同じだ。
ただいつもより顔が青白くて、赤い滴がついてるだけ。
「ラャナン」
やはり反応がない。
もしかしたら寝ているのかもしれない。
ゆさゆさと体を揺らし「起きて」と言うが、腹の液体が流れただけで終わった。
腹に刺さっていた剣はもうなかったが、血だけでも見るのは痛ましい。
揺らすのは止めて、傷のない顔を再び覗きこむ。
ポタリと、今度は透明な液体がラャナンの顔を汚した。
いっぱいいっぱい汚した。
これは駄目だと思うけれど、止まらなかった。
だって本当はこれが冗談でも夢でもないことを分かっているから。
「私のせいだ」
私が半魔だったから、闇魔法を使ったから、状況を好転しようと焦っていたから、狼人の事情に本当は一人でやらないといけないのに巻き込んだから、パーティーを組んだから、仲良くしてしまったから。
全部全部、私のせいだ。
心が弱いせいで立ち尽くすしか何もできなくて、そんなんだからラャナンが私の代わりに敵の攻撃を受けた。
治癒の魔法は効果がなかった。
傷の治りを促進させるだけの無属性のものでは、どうしようもできなかった。
回復薬であっても、焼け石に水だった。
私なんて庇わなくても良かったのに。
半魔の何もできなかった私は、死ぬのがお似合いだった。
けれどラャナンは自分の命を代償に助けに来て。
「そ……れが、ほ……との色、かぃ」
「……ラャ、ナン?」
か細い声を絞り出していた。
生きていた彼女は手を宙に伸ばして、私の頬を髪と一緒に触れる。
髪は紫へと本来の色に戻っていて、瞳も同じようになっているだろう。
もうすぐ死んでしまう彼女の瞳にそんな自分が映るのが嫌だったが、そのままの私を晒した。
「……ごめん」
ラャナンはただ謝罪の一言だけを述べ、手から力が消えた。
何度も彼女の名前を呼んでも、もう返事はない。
どんな言葉でも受け入れるつもりだった。
糾弾されても恨むつもりはなかった。
だが、ラャナンはしなかった。
私が糾弾されるのを望んでいたのが、見通されていたかもしれない。
その方が楽だと思っていたのが分かってて、だから私が苦しくなる言葉にしたのだろうか。
ラャナンがどう思って最後にあの言葉を残した答えは、もう得られない。
ただ私が半魔だと、隠していた罪を裁くことを意図的にしないで彼女は逝ったのだと、それだけは分かっていた。




