十字架
敵は何もテナイルだけではない。
振り下ろされたメイスを避け、続いて剣を杖で打ち払う。
身体強化はしているが、子どもの身で大人と真っ当にやり合うのは私が不利だ。
三人目の攻撃をそらし、足に魔力を込める。
「風よ!」
上へと飛び上がった私に、魔法に備えた敵は予想は外れたようだった。
ふわりとした浮遊感につつまれながらも、私は次の魔法を発動させる。
狙いはラャナンと剣を交える者にだ。
敵は空からの攻撃に驚いていたが身を守る動作に影響はなく、ステップを踏んで避けていた。
私はその隙に地面へと着地をする。
「もう話はいいのかい?」
「うん。これ以上は聞いても同じ内容しか返ってこなさそうだからね」
ラャナンに補助魔法をかける。
重たい大剣を振ってみて、確めた速さに満足のようだ。
体の動きが軽くなったことに、ニヤリと笑っている。
「さて、続きを始めようじゃないか」
一歩の踏み込みによって間合いを詰め、一人の敵が吹っ飛んでいった。
そんな仲間を心配する様子もなく無防備なラャナンの背中に剣を突き立とうとするが、くるりと体を回転させた勢いで横腹へと蹴りを入れた。
「聖職者のくせに、おっかないねえ」
「誉め言葉として受け取っておきましょう」
大剣とメイスがぶつかり合う。
力は拮抗していた。
そんな中で私は全ての敵に牽制で風魔法を放つ。
対処する者が大半の中、テナイルだけは一瞥しただけで魔法に対し何も行動を移しはしなかった。
やはりテナイルの服は防御に優れてるようだ。
攻撃力の低い魔法であれば、魔力を吸収する形で防いでしまうようで傷がない。
魔法防御だけに関していえば、私のローブより効能は高いようだった。
そこからは私達側に不利な戦況になっていった。
ラャナンはテナイルと、私はその他の者と争いを繰り広げているが、なにせ人数が二対五だ。
ラャナンにより骨が折られて動きが鈍くなっている者が二人いるので、私の方は四人いてもギリギリ魔法で渡り合えてはいる。
だが敵の人数が多いと、ラャナンに攻撃を許してしまうことがある。
ラャナンはテナイルだけに集中はしていないので攻撃が当たることはないが、それの殆どは援護のものだ。
なのでテナイルの助けとなり、それが積み重なっていった結果、相手に押されている。
それが今の私達の現状だった。
応援を期待したいが、目立つ場所で戦っている訳でもなく、地響きは続いていることから戦闘は終わっていない。
遠くにいても聞こえてくる、「いけ!」「あと少しだ!」という歓声があるので、不利な状態ではないのだろう。
だがゴーレムの戦闘後に駆けつける頃まで、この戦況を維持できるとは思わない。
私とラャナンでなんとかしなければならない。
特に私がこの状況を好転させるべきだろう。
テナイルだけであればラャナンとは五分五分の実力であり、私を殺そうとはしていない敵である。
私は微かな月光しかない、準備しただろう暗い環境に目をつける。
これを逆手にとれば、状況は変わるかもしれない。
私達からして、闇に紛れて攻撃をされるのと相手の方が夜目がきいているのが厄介な点だった。
地面はゴツゴツとしたものであるので、私はともかくラャナンには小さくない影響が出る。
それを暗視の闇魔法で解決する。
効果的であることは確かだろう。
だが、闇魔法をラャナンの前で使うのが躊躇われる。
闇魔法は人族には扱えない。
適性がないのだ。
その代わりとてつもなく希少ではあるが、光属性を扱える。
魔族はその反対だ。
そして半々の血が流れる私の性質は、闇属性をもっているので魔族寄りである。
半魔だけでなく魔族も人族からは嫌われている。
討伐すべき種族なのだ。
だから闇魔法はロイと王都を出たとき以来、使用してこなかった。
苦悩する。
戦闘中の迷いは判断を遅れさせ、敵の剣が体の一部に当たった。
峰打ちだった為に私はまだ戦える。
ラャナンはそうはいかない。
風を起こして追撃の剣筋をぶれされる。
そうすると敵は狙いを杖にし叩き落とそうとしたので、逆に私はした。
武器を失ったところを攻撃しようとし、その標準を斜め後ろに変える。
敵は仲間の命が失うことはなんとも思っていないが、最後の一撃を与えるときの好機は毎回狙ってくる。
そしてテナイルに援護しようとする者に私は接近し、意識を自分に向けさせた。
繰り返される剣と魔法、杖の授受。
何もしなければじり貧となるだろう戦況。
私は覚悟を決めた。
攻撃魔法に注ぐ魔力を増やし、敵を圧倒にはできないものの風を引き起こす分の時間を作って闇魔法の構築に使う。
「ラャナン!」
私が何かしようとすることは伝わり、大剣を大きく振り払ってテナイルから距離を開けた。
杖の先を彼女に向けて魔法を発動させる。
自分自身にも同時に行うと、暗かった視界は遠くまで見通すことができた。
ラャナンは驚いてはいた。
だが私が危惧するような、魔に属する者であるとは気付いていないようだ。
ただただ安心した。
ラャナンは魔法について詳しくないため、きっと無属性の魔法だと思っているのだろう。
安堵の息をつく暇もない敵の攻撃をいなす。
私はこれで快調となった視界で戦況を挽回する。
その第一の攻撃として氷を生成しようとして、テナイルの独り言を耳が拾った。
「……まさか。ですがこの熱は、確かに……」
気にかかって声の方を見ると、テナイルの首に下がる十字架が金色に発光していた。
手のひらで持って呟き俯いていたが、顔を上げて私を見る。
微笑みを浮かべる表情は消え、鋭い視線が私を射抜いた。
「貴方……魔族ですね?」




